宰相と私
頭がずきずきする。望実は酷い顔だなと鏡の前で突っ立って重いため息をついた。窓の外の暗い雲が余計に気分を下げる。憂鬱だ。
どう考えても一方的な八つ当たりをしてしまったと望実は落ち込みながら顔を洗う。その間にも何度かノックされたドアを顔を隠しながらあげる。昨日は大声で叫んだし壁も叩いたので護衛にもあの騒ぎは聞かれているだろう。ネビルにもミリヤにも気まずくて今日は会えそうにない。
「まあ、姫様なんて酷いお顔ですこと」
「コラーダ」
入ってきたのがコラーダだったことがわかり望実はほっとした。
「本日は宰相様が久しぶりにお見えになります。姫様にも挨拶に来られるかと…これはなんとかせなばなりませんね」
「……そうね」
宰相と言うとグルナードの兄上で、攻略対象の父親だったはず。会わないわけにはいかないけれどやっぱり今日は会いたくないなと望実は壁に寄りかかる。
「今の時期姫様が仮病をなさるのは非常に不味いのですが」
「わかってる」
「それでもお会いになりたくないのなら、グルナード様がなんとかしてくださると思いますよ」
望実は昨日イルに言われたグルナードが前王に執着しているような感じの話をふと思い出す。
「グルナードはその……ち、前王のファンみたいな感じなのかしら?」
ファンが通じなかったらどうしようと思ったがコラーダには伝わったようで彼女は大きな声で笑いながら「ファンと言いますか、雛鳥が親鳥を見つけたような…もうそれはそれは慕っておられましたよ。彼と同じ年代の女性達は国一番の美少年をとられたとそれはそれは大騒ぎで」と言う。どこの世界の女子もあんまり変わらないんだなと思うと望実も少しだけ笑うことができた。
「一部の大人は熱狂的すぎると心配しておりましたが、あの方は性格が冷静沈着なので」
「そうね。確かにグルナードが誰かにキャーキャー言っているのは想像できないもの」
「それでも、王が何かを言う度に目を輝かせて聞いておられましたよ。そんな微笑ましい光景が目に焼き付いております」
イルもグルナードもポメロを通してずっと前王を見ていたんだろうか?
それはとても切ないと思う。ポメロがこの世界にもしいるのなら色々な話を聞いてみたい。
どんな風に父親と会ったのだろう?
自分と似ているのはなぜなんだろう?
「さあ、姫様。こういった腫れた時の対処はミリヤが得意なのですよ。呼んでもよろしいですね」
既に気まずくなったのがばれているなと望実はため息をつきながらこくっと頷いた。もし謝るなら早い方がいい。
「申し訳ございません。妃殿下のお気持ちも考えず、差し出がましいことをしました」
入ってすぐにミリヤは頭を深く下げ望実に謝罪した。こんな頭もよくない喚き散らすだけの子供に良く大人な対応ができるなと望実は俯く。冷静なミリヤの態度に余計に自分の小ささを知った気がして望実は奥歯を噛み締める。
「もし……あの時、どなたか一人でもポメロ様のように行動し、叫んでいればあの子も死ななくてすんだのかもしれません。ポメロ様は命がけでオランジュ様を救いだしたのです。それぐらい強い思いと意思で戦ったお二人を離そうとするなんて愚かなことです」
普段はあっちこっちふらふらしていて問題児っぽいポメロが行動力があって、なおかつ王の遺児を大切にしている姿は王子派以上に王妃派閥を奮い立たせるものだったらしい。グルナードが言っていた。
派閥の垣根で助けられない人がいるという事実が望実にはただ悲しい。ミリヤにはミリヤの思いがある。私があの日見つけた遺体はミリヤの友人だったかもしれない。たった一人で長子として男性と肩を並べて生きてきたミリヤにだからこそ権力の恐ろしさをよくわかっているのだろう。
何より図星だから糸が切れるように怒ってしまったのだ。両親ともう会えないオランジュに自分を重ねて、自分より可哀想だから自分は我慢しないとと納得する理由にしていた。
だから、父親がいると、生きているかもしれないと、知ってパニックになった。最悪だなと望実は項垂れる。
「いいえ、顔をあげて。ミリヤの言うことは正しいし、そんな風に謝ることないから。周りにどう思われてるかとかもっと考えないとダメだもの。だからそのつどああやって言ってほしいな。そうでないと、わすれてしまうから」
「妃殿下」
「姫様、ご立派になって」
ミリヤより先にコラーダの方が泣き出してしまった。いつも通りと言えばそうだなと思って望実は笑う。
一緒に頑張ると口では簡単に言えても本当に足並みを揃えて一緒に歩くのは本当に難しい。人生経験だって皆よりすくないしこの世界の知識に関してはオランジュの方がずっとある。
「ミリヤ、だからありがとう。昨日は私もごめんなさい」
「いいえ、いいえ。ポメロ様」
少しずつ皆ことも知っていけば出来ることも増えるかもしれない。落ち込み続けられないのが自分の良いところだ。
「じゃあ、さっそくだけどミリヤの腕を振るってもらうから。頼むわね」
「もちろんです」
冷やして温めてなんとか望実の顔は人前に出ても大丈夫な状態に回復した。ミリヤの腕はコラーダが言う通り素晴らしかった。負担にならないような化粧まで手早くしてくれた。
クリーム色のドレスはいつもより少しだけ大人っぽく見える気がする。こんな綺麗なドレスなんて間違いなく日本にいたら着ることはなかっただろう。宰相に会うなんてこともなかったんだろうけれど。
前向きになれなくても後向き過ぎずにいればいい。ここで踏ん張ればきっとまた前を向ける。ドレスをゆっくりと撫で付けて望実は歩き出す。
「ティエラ卿も病み上がりなのに大変ね」
「ベッドの上からずっと指示は出しておられたようですから、あの方の頭脳は国の宝です」
そんな頭の良い相手と対面したらダメっぷりが即座にばれそうだなと望実はため息をつく。
「グルナード様とご歓談できる姫様なら大丈夫ですよ。分け隔てなく厳しい方なだけですし」
そう言うことを言われると引き返したくなる。後ろを振り向くとサーシャがミリヤに叱られていた。少しだけ年上のミリヤは色んな侍女から姉にように慕われているんだろうとその様子を見ても分かる。
公平で冷静な目を持つ人間は貴重だ。経験も何もない自分だからこそ苛立ってもちゃんと言われた言葉を聞ける人にならないと。そう決心して望実は応接間に足を進めた。
「エスクード・ティエラ。長きにわたって休養を頂いてしまったことお詫びを申し上げます」
エスクードの隣にはグルナードが立っていて一糸乱れぬ最上礼を疲労してくれる。美しいのだが、冷鬼とあだ名がつくのが分かるぐらいクールな弟によくにた、いや一層鋭さを増したような美貌が望実を射抜いてくる。咄嗟に頭を下げてごめんなさいと叫びたくなったが椅子の前に立ち一礼する。
「ティエラ宰相。大変なご病気だったにもかかわらず、国の宰務を続けてくださり感謝します。また、こうしてお姿を見ることができ大変嬉しく思います」
二人の視線を浴びながら優雅に椅子に腰を掛ける。望実座ったのを見届けて彼らもそれぞれ椅子につく。
「まだ顔色が良くはないようですが、城に上がって大丈夫なのですか?」
「医師の許可は得ております」
「無理はしないでくださいね」
「今、無理しませんと無能にすぐに足を引っ張られ倍の痛みを負うことになりますから」
至極真面目に返してくるエスクードの棘しかない反応にかちんときそうになる。しかしいなくなれば国が滅ぶかもと言われるぐらいの切れ者なのだ。望実とは違う視点で物事を見ているのだろう。
「妃殿下ところで見舞いにとグルナードに持たせたこの不思議な粉はどこで手に入れられたのですか?」
「えっ!?」
そんなもの渡したかなと思い返す。確かにグルナードが隔離期間を迎える前に何とかしたくてできることをと持っていたものを渡した。
「何も喉が通らない状態でしたが、これだけは飲むことができました。次第に少しずつですが食欲も出てきて」
もっとほしいとか言われるのだろうかと望実はどうしようと背中に汗をかきながら必死で考える。
「この世界の文字はほとんど見たことがあるはずなのですがこの文字は見覚えがありません」
スポーツドリンクと英語で書いてあるパッケージを指差す宰相にピンチピンチと赤信号が脳内で点滅する。
「王に、前の王様に貰ったのよ。どこで手にいれたかは聞いてないわ」
「なるほどそれでは読めないのも致し方ないですね」
これで納得するのかと望実が脳内でずっこけそうになった。その上グルナードは「この袋は頂いてもよろしいのですか?」と尋ねてきた。
「捨てないの?」
「王から頂いたものですよ」
責めるように言われて望実は、いやでもゴミだから。と心の中で突っ込む。グルナードは大事なものを扱うようにハンカチに包んでスポーツドリンクの袋をポケットに仕舞う。全く理解できないが、イルの言っていた言葉を思い出してしまい、望実は絶対にグルナードにだけは実父だとばれないようにせねばと改めて決意した。
「そのような貴重な品を惜しげもなく私にありがとうございます」
「いえ、少しでも早く治るためには何かを口にしないといけませんから」
「妃殿下はおかわりになられたのですね」
エスクードはゆっくりと頷くとグルナードにはできない穏やかな笑顔を一瞬だけ作る。
「よく学び、また殿下を助けていると聞きました。重ねてお礼申し上げます。まさか塔によじ登って殿下を連れ出したとグルナードから聞いたときには王家ももう終わりだなと思ったものですが、行動力があり信念がある王族は宝です。お二人の力になれるようにザンザールの名に誓います」
「エスクード宰相にもザンザールの加護がありますよう」
穏やかに、しかし盛り上がることもなく、今の国の状況を淡々と聞き、その後二人とは別れる。
今日はもう手一杯だと伝えるとベットを用意してくれたので望実は昼寝をすることにした。




