突然の展開 ①
初めての外出許可に望実ははしゃいでいた。
コルセットもヒールもコラーダの特訓のおかげで半日ぐらいは持つようになったし、最近ではサーシャにダンスも習っている。流行のダンスを誰よりも上手に踊るサーシャを見て望実は無理っと久しぶりに心の中で十回ほど唱えたが。
ネビルとサーシャのダンスは物語で見た理想のワルツでとても美しかった。サーシャは「殿方が上手にリードしてくだされば、女性はあわせるだけで踊れるものですよ」なんて言いつつ笑顔をネビルに向けていたけれど。思えばネビルは騎士の中でも優秀な男なのだ。日本で言うなら運動神経抜群、プロアスリート的な存在だ。
そんな男性が何人もいるかなと首をかしげていると「ティエラ様も素晴らしいリードをなさいますよ」とサーシャが言う。かくかくとロボットのように踊るグルナードなら想像できるんだけど、望実がそういうとネビルもサーシャも目を反らした。
そんな毎日が続いていたある日。
「神殿から許可が出ました」
突然そんなこと言われて「はい」以外の何が言えるのだろう。お披露目の前に成果をもっと少人数の方にお見せしたいのでどこか良い場所を、とコラーダが打診してくれたようだ。コラーダに抱きついて感謝するとグルナードにもコラーダにも叱られてしまった。
ネビルがいるときはこっそり抜けさせてもらっているのだが、最近、夜魘されることがオランジュも少なくなっている。サーシャにも聞いたが、一人でも寝れているようで望実も安心できていた。
良く寝れているのなら次は外に出ることだ。
実質初めてのお出掛けにオランジュも喜んで何を着ればいいのかとしきりに尋ねてはサーシャに選んでもらっていた。
「姫様は礼服がございますので」
「……はい」
シンプルな白いドレスにあちらこちらに蔓に絡まれた鍵が金の糸で描かれている。
「コラーダ、この服重い」
「本物の金の糸で刺繍してありますので」
いつもの倍の息苦しさに望実が唸っているとコラーダがため息をついて少しだけコルセットを緩めてくれる。髪は真っ直ぐに下ろし、ドレスに合わせたカチューシャのようなものを頭に付けられる。
「王族の証です。ティアラは夜会でのみ使いますので、普段公式のお出掛けの際はか代わりにこちらを」
王族として恥ずかしいことをするんじゃないぞと念を押されている気がして望実はそっと目をそらす。たぶん大丈夫なはず。たぶん。
「では、いって参ります」
今回はネビルとミリヤが望実に、ネビルの同僚の金髪さんことマートとサーシャがオランジュに同行している。王宮から一番近い神殿なので馬車に乗っても十分ほどでつく上に、例の鍵を納めているので警備も厳しいらしいのでお付きは少ないとネビルが説明してくれた。
道中マートがサーシャを気になっているのかチラチラ見ているので望実はオランジュを膝にのせて外の景色を一緒に眺めていることにした。隣に寄せさせたけどわざとらしかったかなとネビルを見るとミリヤと苦笑いしている。どうやら相手にされていないようだ。
やがて白の荘厳な建築物が見えてくる。大きな博物館のような建物の前に馬車が止まる。
白い布を纏った女性が出迎えてくれた。なんだか気になる瞳をしている。望実はオランジュと共に馬車を降り、挨拶をする。じっと自分を見つめていた瞳が急に潤んだ。
「第111代ザンザール神殿、大司祭イル・ザール・メディックです。お二方のお父上達には大変お世話になりました。ではどうぞご案内致します」
イルと名乗った女性は大司祭で、この神殿で一番偉い方なのだとネビルがこっそり教えてくれる。お二人の父上に戴冠したのも彼女だと言うことでオランジュが嬉しそうに見つめているのがわかる。
なんとなく複雑な気分になるのは、仕事関係の上司が家に来たとき母親目当てなんだろうなとわかる素振りをしていた時ににているかもしれない。自分を見ているようで違う何かを強く求めている視線。寂しくて子供がいなくなった隙にあの人と再婚とかしたらどうしようと望実はため息をつく。
隣のおばあちゃん阻止してくれるといいのだけど。
望実は視界に突然入ってきた大きな扉に目を奪われる。黒の衣装を纏った女性達が礼をしたままじっとしているが、彼女達が巫女なのだろう。日本にいる巫女さん達より映画で見たシスターに近い格好だ。
『おかえり』
「だれ?」
誰かの声が耳の奥に響く。辺りを見回すが自分に語りかけている人はいない。いや、人ではない。扉の向こうの何かがじっとこちらを伺っている気がする。
心臓がバクバクと音をたてる。視界がぐらついてひどく気持ち悪い。何かが抜けていくような感覚と共に立っていられなくなる。
だれか……そう呟く声は宙に消えた。
もう大丈夫だと思ったのに。望実は誰かにもたれ掛かりながら目を閉じた。
「……は!? またやらかした。すいません。すいま……だ、大司祭様っ。申し訳ありません。最近はすっかり無くなっていたので」
油断してました。望実が続けようとした言葉は大司祭の言葉によって途切れる。
「ポメロ様ではございませんね」
どうしてわかったのかと望実は得たいのしれないものを見つめるように目の前の女性を見た。あるのは恐怖だった。
司祭は聖力、他の国では魔力と呼ばれる力を持っていて大司祭は非常に聖力が優れている女性がなる。昨日グルナードが教えてくれた事だ。魔法はなくてもこの女性には神憑り的な何か力があるのかもしれない。
今、大事なのは慌てることではない。
彼女が敵か味方か見定めることだ。
望実はシーツをぐっと握り締めるとイルを見つめゆっくりと口を開いた。
「嘘は付けませんね」
虚を突かれたように彼女は固まってしまった。そして瞬く間に一歩下がり両手を広げ、最大級の礼を見せてくれる。騎士たちとは少しだけ違っていて片足を地面につけ、片足を曲げるスタイルだ。
そして彼女は瞳一杯に歓喜を宿して「ようこそ我が国にお越しくださいました。贈り人様。お会いできて光栄でございます」と言った。
「敬語とかやめてください」
自分より年上で、しかも国教のトップの人間に跪かれるなんて居たたまれず、望実はかけよって手を引く。彼女は立ち上がると目を細めてまたじっと望実を見つめた。
「すいません。失礼しました」
「いえ」
「なぜ、私がこの世界の者でないと分かったのですか?司祭だけは魔法、特別な力が使えるのですか?」
「いえ、この国では等しく魔力は使えません。ザンザールの名の元に。ただ、私は人の聖力がわかります。力は魂の源。その人の本質です。外見ではなく貴女の力そのものがこの世界に生まれたものとあまりにも違っているのです」
つまり力の量や質が彼女には見分けることができ、その形が望実とオランジュのようにこの世界で暮らす人では違うと言うことだろう。
「どんな色なんですか?」
イルはビックリしたように瞬きすると口を押さえて笑い出した。
「私、変なこと言いましたか?」
「いいえ。あの方と全く同じ言葉をおっしゃるから……そうですね。色は淡い金です。そこに淡い桃色が混じっている感じでしょうか?」
「うーん」
「感覚的なものですので」
「汚い色でなくてよかったです」
先程と全く同じような態度を取るイルに望実は、なんだかなとため息をつく。
「すいません。ここまで全く同じ会話をすると思わなくて」
「誰とですか?」
「王とですわ。妃殿下。貴女の父君、先代のリヤンです」
時間が止まったような気がする。ポメロと望実は似ていて、先代と望実も似ている。
なぜ今までその事に気づかなかったんだろう。理由はわかる。望実にとって父親とは希薄な存在だったから、違う世界に居るかもしれないなんて思い付きもしなかった。ポメロの出生は気になっても、自分の事と繋げようとは思わなかった。
望実はずっと知りたかったこと情報を得るために懸命に頭を回転させる。
さあ、何から尋ねよう?




