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姑ですもの!  作者: K
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幕間 二番目の日

 

 大理石の広間に溶けそうなほど純白の衣装を纏った人物が厳かに祈りを捧げている。この数分の間に心を落ち着け、日々の仕事への準備をする。

 数年間破られたことのない清浄なる沈黙は一人の祭司により破られる。

 そうあの男が現れた日もそうだった。

 心が乱れるのを感じてこの神殿のトップであるイル・ザール・メディックは持っていた聖杯をいつもの場所に置き、振り返った。


「大司祭様」

「何事ですか?そのように慌てて」

「それが…我々では…」


 急くように大股で歩く司祭はいつものような冷静さは欠片もなく一体何が起こったのかと焦燥感にイルはかられる。こんな気持ちはそうそれこそあの男が自分をだまし、鍵を奪ってその目的を告げた以来だ。

 怒りは判断を曇らせる。扉の前に巫女達が並び両手を広げ身を屈めているのを見ていつもと変わらないその様子に心を落ち着ける。


「扉を」


 鍵の保管庫である扉は頑丈な鉄を鉱山の国から持ち帰り職人の国で魔法で作り上げた世に二つとない品だ。どんな人間でも持ち去ることができないようあらゆる罠で満ちている部屋を堂々と突き進むイルを扉から司祭が見守る。

 鍵に触れてよいのは今は大司祭と王のみ。例外はこの部屋に選ばれたもの。選ばれたものは王になるのでやはり王と大司祭だけだ。

 イルは数年ぶりに足を踏み入れた場所で顔を歪めそうになる。

 あの時辞退していれば良かったのだ。魔法のないこの国で魔力はいくら強かろうと意味がない。だから力を得るものは国を移る。もしくは神殿で司祭になる。誰よりも聖力と呼ばれる魔力が高かったイルは鍵の守人として、あの時。

 顔をあげるとイルは一歩鍵から離れた。振り返ると司祭がその通りですと頷く。

 この日を待っていた。

 首を長くして、いつか帰るといったその言葉を信じてきた。


「鍵が…」


 黄金に鍵が輝いていた。圧倒的な目映い輝きはあの瞬間、目に焼き付いた光。


「これは吉でしょうか?凶でしょうか?」

「吉でしょう」


 マントを翻すと足早で扉の前にたつ司祭のところまで戻る。手を叩くと扉が閉まり、巫女達は頭を下げ廊下には二人を残して誰もいなくなった。


「王家にはなんと伝えましょう?今、殿下は例の病にかかり、それを妃殿下が看ているようですが」

「貴族達は混乱するかしら?」

「王子派閥の貴族は大混乱するのでは?彼らの結び付きはあのお方の破天荒のせいですから」


 司祭が非常に厳しい顔つきになったので、イルの方が微笑みながら宥める余裕が持てた。


「破天荒ではありましたが、国は穏やかになったのですよ。そう悪く言わないように」

「神をも恐れぬ所業をあなた様がお認めになっては皆が心を乱します」

「そうね」


 少しだけ目を細め思い出に浸る。まだ修行中だった頃、手を引いて見たこともない世界を見せてくれたこと。思い出だからこそ美しく苦々しい。


「建国以来我が国に贈り人が現れたことはありません。選ばれたこともありません。あの方曰くちゅーとりあるだからなと言うことでしたが。仮場と呼ばれだからこそ争いは起きず平和が続いている国です」

「…おっしゃる通りです」

「神々にもっとも祝福された平和な土地というのは見かけだけで本当は最も見放された土地なのではと私は思うときがあります。何かを願うときこうしてほしいという希望がないと人はどこへもいけなくなるとも」


 しかし何ができるわけでもない。この国を選んでほしいとも言えないし、欠けている神に帰還を望むこともできない。イルのできることは心穏やかでいること。そして心苦しい人の心が穏やかになるように寄り添い願うことだけだ。


「希望は時に毒ともなります。あの方はその毒でした。今でも毒に侵食させている。それは罪ではないですか?」

「あの方は王になってくださいました。私達を導いて民の願いを叶えてくださったではないですか?忌々しいとは言え希望でした」


 イルが脳裏に浮かぶのは馬に乗り剣を振るう王者の姿だ。王とはああいう方がなるのだろうと思った。神に感謝した。


「それはどうでしょう?あのお方が残した種は混乱や災いにしかならないのでは?王は生前ずっと苦しみ続け、愛する女性を妻にもできず、子を正式な後継者に指名もできなかった。これは災いではないのでしょうか?」

「まあ、では貴方は贈り人様に逆らうの?随分と饒舌ですね。今日は」

「逆らうわけがありません。この国のためにもなりませんから」


 きっぱりと言う男は愚直といえるほど忠実だ。この国にも、偉大なるザンザールにも疚しいところはないのだろう。大司祭といわれる自分は疚しいところだらけなのに、なぜ自分が選ばれたのだろう。選ばれるなら神より人にと願った自分が。

 イルよりもきっとこの男なら人々にしっかりと告げられただろう。王は必ず現れると。


「あの方は国を納め安寧がほしいだけのつまらない男ではなかった。いつも違うものを見ていた人でした。ええ、そうね。今を生きる我々には所詮心残りの残滓にすぎません」


 すべてのゲートが開いたとき突然現れた王は光の中に愛馬と共に姿を消し、戻っては来なかった。

 最も悲しんだのは彼の親友だった王だとイルは知っている。その頭に冠を乗せたとき『おまえではないと思っていらっしゃるのでしょうね』と言われた。首を振ったイルに『それでも勤めを果たします。叡知と勇の創造神が与えてくださった冠に誓って』と告げた。

 最後まで義務的な言葉以外交わさなかった王ともっと今では話せばよかったと思う。自分から近づかなかった癖に。


「では、これはどうされるのですか?」


 一枚の手紙は神殿への訪問を伝える物だった。

 イルがこの世界で最も会いたくて会いたくない二人。


「会わないわけにはいかないでしょうね」

「イル」

「なんですか?」


 珍しいと男を振り返ると彼は「扉は繋がったのでしょうか?」と尋ねた。


「私には分かりません。ですがあの方ならきっと」


 腰の紐を引っ張られそのまま馬にのせられた。幼い頃から力が強かったため、この神殿内部しか知らず、外を出る度に当時の大司祭と大喧嘩していた彼。

 何十年たっても忘れられない思いは痛みに近い。



 それから数日後、王家の馬車がザンザール神殿の前に止まった。


「イル……いえ、大司祭様。あれは、あの方々は」

「答えを、ありがとうございます。偉大なるザンザール。今日この日、私はあの日を間違いではないとようやく思えました」

「そうですね」


 あの男の瞳を持った少女が先を行き、背筋を伸ばして一礼した。それに習うように背後の琥珀の瞳を持つ子供が一礼する。


「ポメロ・リヤン。偉大なる父である主神ザンザールの前に拝謁したく参りました」

「オランジュ・リヤン同じく」


 黒い瞳と琥珀の瞳がぶつかる。あの時のように、きっと世界はよくなるはずだ。

 最強の吉の目を読み、涙がこぼれそうになる。


「第111代ザンザール神殿、大司祭イル・ザール・メディックです。お二方のお父上達には大変お世話になりました。ではどうぞご案内致します」


 前を行くイルに二人とそれぞれの護衛と侍女が一人ずつ付いてくる。派閥間の争いは王がなくなったときから緊張状態と言うが、二人の仲は良好のようで、姉と弟のように手を繋いで歩いている。

 鍵の前を通ったとき、一際目映く光が輝いた。

イルが振り返ると目眩だろうか?

 妃殿下が苦しそうに呼吸を繰り返し大きな柱に寄りかかって崩れ落ちる。


「私の部屋を急いで開けるのです。妃殿下をお連れして。妃殿下。妃殿下こちらをご覧ください。息をゆっくりすって。いけない。大分弱っておられるご様子。ウェルテクス。妃殿下を」



 赤い髪の将軍の若い頃に良く似た青年が膝を折り、妃殿下を抱き上げる。


「ははうえ、ははうえはごびょうきなのですか?」

「殿下。あれは病気ではありません。言うなればこの世界の空気が合わないのです。妃殿下は何度かお倒れになっているのでは?」

「はい。以前はそのような事はなかったのですが、王がおなくなりになった後からは…気鬱かとおっしゃられるかたも」

「ご安心ください。殿下、しばらく動かずにいればすぐに良くなります。部下に案内させますので一周したらお迎えにいらしてください」


 王子は泣きそうになりながら、こちらもウェルテクスの長男に抱きあげられ反対方向に向かった。


「サラサ、コット。侍女方にお手伝い頂き軽食の用意を。食べれないものなどあればうかがってください。私の部屋に持ってくるように」


 巫女達に二人を任せ、ウェルテクスの次男を追って自室に戻る。


「ウェルテクス。そなたは外で待機していてくれ。この神殿の中だけは城以上に安全だ。そなたも知っているはず」

「かしこまりました」


 扉が閉まったのを確認し、イルは王妃の胸元と頭に手をおく、不自然なほど早まっていた鼓動がゆっくりと落ち着いていく。


「……は!? またやらかした。すいません。すいま……だ、大司祭様っ。申し訳ありません。最近はすっかり無くなっていたので」

「ポメロ様ではございませんね」


 少女は戸惑ったように辺りを見回す。しかし、なにかを決めたのかぐっと黒い瞳に力をいれ「嘘は付けませんね」と笑った。

 くしゃと顔全体が笑みの形になる。少しだけおどけていて、少しだけ緊張している。


「大司祭、さま?」

「申し訳ありません」


 一歩下がり両手を広げ、最大級の礼をする。あの方、あの男、彼にしかしたことのない礼を。

 本来全ての神殿の総本山であるザンザールの神殿の大司祭は王族にでも腰を折らなくてもよい身分だ。

 しかし、彼らは違う。


「ようこそ我が国にお越しくださいました。贈り人様。お会いできて光栄でございます」



 涙を顔をあげる前に拭う。

 イルがみた少女は彼と同じ顔で「敬語とかやめてください」と同じようなことをいって同じように頬をかいた。

 これを笑わずに何を笑えばいいのだろう。

 今日はきっと二番目にいい日だ。

 二度と会えないと思っていた貴方に会えたのだから。


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