只今修行中 ①
ゆさゆさと誰かが何かを揺さぶっている気がする。むしろ世界が揺れている。いや、これは。
「地震?」
はっとベットから飛び起きるとオランジュが両手で望実の腕を揺らしているのが見える。
「あら、おはよう。オランジュ、早いのね」
「おはようございます。その、ははうえ。あの、へやに」
「ありがとう。ごめんね。サーシャは寝れたかしら?そんなこといいわ。顔色が良さそうでよかった」
「はい。ははうえがいてくれたのでいやなゆめを見ないですみました」
昨日よりは顔色がいい気がする。オランジュの頬を撫でて、優しくつまむと望実は素早く着替え始めた。まだ眠いけれどなんとか身体を動かしていかないと。
「またあとで」
「はい」
なんだかオランジュがモジモジしているのでトイレかなと望実が屈むと首に抱きつかれる。背中をポンポンとすると頬にキスされた。
「ありがとう。ははうえ」
王様、オランジュの母上様。貴方の息子はなんて愛らしいんでしょう。このままだとはまっていたアイドルを越えて押しになりそうです。
望実はぎゅっとオランジュを抱き締めると部屋のドアを開ける。帽子を被り次の扉へ進み護衛に一礼し、隣の部屋にはいる。
「おはようございます」
「おはようございます。妃殿下はまだ起床されておりませんが何用でしょうか?」
声が昨日の護衛と違う。ちらっと目線をあげると寝不足の目に眩しい赤が映る。
なぜネビルがと頭に手を置きたくなったが、なにも言わずにいると不審者になるだろう。
「オランジュ様が姫様にお借りした本を返すようにと」
「畏まりました」
望実がそういうと一礼してネビルは扉を開けた。ほっとして扉を通ろうとすると腕を捕まれる。そのまま扉が閉まった。
「どこへいってらしたのですか?まさかソリトン嬢は?」
「オランジュが悪夢を見て魘されていたの。貴方だって弟が寝れなかったら手ぐらい握ってあげるでしょう?」
そこまで言ってオランジュの末の弟がどの兄弟からも冷遇されたいたのを思い出す。この気のいいネビルが? と思うが家庭の事情はそれぞれあるのだろう。
「ごめんなさい」
「いえ、確かに俺は弟が悪夢を見てもウェルテクス家の男なら泣かずに立ち向かえと突き放すでしょう」
「私はそれはできない。オランジュはあんな暗い塔に閉じ込められてたのよ。その上ずっと一緒にいた侍女が亡くなったのも見てしまった。母親が苦しんでいた時の様子も知っていたようだし、そんな子を一人で寝なさいなんて言えない」
「それでも、王になるならそうやって乗り越えていかないといけないものもある」
ネビルの手を払って「まだ王じゃないのよ」と望実は叫ぶ。
「それを分かっているなら依存させるな」
厳しいネビルの言葉に望実は拳を握りしめる。何度もグルナードに言われたのだ。内外どちらも最も困るのはオランジュとポメロが婚姻すること。それはないと分かっているので望実は笑い飛ばしたが「逆に王妃派は貴方が産む子に期待するでしょうね。正当などちらの血も引く子供です。無理にでも押し通そうとするかもしれません」とグルナードが真面目な顔で言った。
四歳の少年と結婚どころか子供まで考えられているのはどうも気分が悪い。けれどグルナードは望実がそう宣言したようなものだ、我々は安泰だと考えている貴族は何人もいると真剣な眼差しで告げた。
「ネビルがもし私を心配していってくれているなら感謝する。けれどもしオランジュとの婚姻が中立派として困ると言っているならはっきり言っておくわ。オランジュと結婚する気は一切ないし、前にもいった通り私がなりたいのは姑であって嫁じゃないの」
「貴女が何を言っても勝てない相手もいる。まだ怖いもの知らずで知らないだけだ」
「そうね。私は無力よ。でもね。負けない。勝たなくてもいい。逃げてでも引き分けでもいい。負けないから、だからネビル。今は何も言わないで」
暗闇を怖がり、母親を探す幼児を一人で置いておけなんて残酷なことを言わないで。そんな思いを込めて望実はネビルの腕を掴む。
「いつも、おまえだけが損じゃないか」
「あら?そうかしら?」
「そうだ。だから、王族のお守りなんて嫌だったけれど俺は…」
随分と密着しているような気がする。夜勤明けの朝だからか髭がうっすらと見えてどくんと酷く心臓が高鳴った。こんな時に意識してどうすると胸を押して望実は一歩引く。
「いつもありがとう。オランジュは必ず良き王になるよう見守り続けるから。貴方がこの国を愛しているのと同じぐらいあの子がこの国を愛せるように」
少しだけ悲しげな表情を見せたネビルのマントを咄嗟に望実は掴んでしまう。
「そこまで言われたら騎士の俺は何も言えません。妃殿下の言われる通りになりますように」
胸を軽く叩き両手を広げてネビルはマントを翻して出ていく。
ポメロがもし主人公ならネビルを選ぶんだろうか?
「…いや、それでもオランジュは選ばないと思うけどね」
何せ四歳だ。望実は四歳の時の記憶なんてほぼない。迷子になりかけたような記憶があるのと真っ暗な部屋で怯えていた記憶ぐらいだ。
部屋にはいるとサーシャがスヤスヤと寝ていて思わず笑ってしまう。結構図太いのだなと思うとゆるふわさんなんて繊細なあだ名をこっそりつけたのを撤回しそうだ。
「サーシャ、朝よ」
「…は、はい。今起きま…ひ、姫様っすいません。あまりにも気持ちよく」
「いいベッドだものね。分かるわ」
「すぐに出ます。お着替えも、きゃあああああ、そう言えば私、お化粧っ」
「あんまり白粉しない方が健康的で綺麗なのに」
照れたように笑うサーシャに服を脱いで渡し、自分でブラウスとスカートを着る。
「洗面台で顔を洗ったらすぐ部屋に戻ってお化粧すれば間に合うわよ。なるべく早くオランジュの部屋に行ってあげてお腹すかせてるみたいだから」
「何から何まで申し訳ありません。すぐに殿下の部屋に行きますので失礼します」
バタバタと出ていくサーシャを見送って、大人っぽさもある可愛い人なんだけど確か4歳上なのよねなんて呟きながら望実は椅子に座る。
テーブルに置いてある大きな歴史書はグルナードが持ってきてくれたものだ。固い文章の羅列で眠くなるが一番知りたいものが書いてある。歴代の王の名とその治世そして家系図など。
冒頭のほとんどは神話だ。
創造神ザンザールは一人でいることを嘆き十二の女神をこの世界で一番美しい宝石から創造した。女神たちは父であるザンザールに忠誠を誓い、移ろう季節を管理し、十二の時と365の眷属を束ね支配している。彼女たちから力を与えられたのが十二の王。初代はどこの王も国を繁栄させ、民を幸福に導いた。
しかし、何代か立つと王達は次第に争い始め大きな戦争が起こった。戦の女神はそれをよしとし、大いに力を振るったが門の女神に阻まれる。門の女神は父神ザンザールに願いすべての国を門で閉ざし、一つの国に管理させた。それがリヤンの始まりである。
「はあ、それじゃあこの世界で国を行き来するには必ずこの国を通って門を開けてもらわないといけないのか…パスポート審査みたいな」
リヤンの王はザンザールから鍵を授かり、その鍵によって十二の門が開く。一月に一つ。王がいる限り門は開くが王がいないときは門は開かない。
「な、ななんですと?じゃあ今世界中の物も人も行き来できてないの?なんて不便なんだ。その上責任重大すぎる」
お披露目が終わったらオランジュと鍵を持って儀式をすると言っていたが、きっとこれだろう。
そして戦が起こりそうになった時もまたすべての門が閉まる。
望実はドーナツのような円を描いて真ん中にリヤンを丸く描く。イメージとしてはこんな風な気がする。そして門が開くとそれぞれの国と繋がる。
ノックが聞こえてきてコラーダが入ってきた。
「久しぶりな気がするわ。おはようコラーダ」
「まあ、姫様。数日見ない間に随分成長された気がしますわ」
朝食を食べながらポケットのモノクルを弄る。魔法はないのに、このモノクルは魔法みたいだ。こう言う時は先生がいてくれると尋ねやすいのだけれど陣営が違うのであまり公式に会わない方がいいのだろう。グルナードはなんでも知っていそうだが、言ったらモノクルを取り上げられそうだし。なんせ言ってみればずるなので。それでも文字はあれから何度も練習しているし徐々に覚え始めてもいる。
「ディオール先生はいつ来られるか知ってるかしら?」
「近日中にとおっしゃっておられましたが、特にはっきりとは」
メガネをあげてミリヤが言う。
「先生がいらしたらオランジュの事で聞きたいことがあると伝えていただいてよろしいかしら?」
「かしこまりました」
ミリヤとのやり取りはまだ少しばかり緊張するのだ。マナーの先生モードのミリヤは本気で怖かったので。望実はハンカチで口元を拭って食事を終える。
「しばらくまた本を読むのでグルナードが来るまでは一人にしてくださる?」
「「かしこまりました」」
礼をする二人に望実は「はあ」とため息をつく。
「今日の食事は何点?」
「言葉遣いは良かったですがナイフの使い方がなってません。まだまだ夕食会に出れるレベルではないかと」
「…はい」
そんなこと言われても箸の国に育ったからすぐにどうこうできませんと胸の中で叫んで部屋に戻る。
女神達の話だけで一日が終わってしまいそうだった。




