王子様と私
携帯があればよかったのに思う。暗い部屋でランプをつけっぱなしにして物を読むのは気が引けたが、今は勉強のためと朝から晩まで詰め込んでいる。
望実は教室で使うのは禁止されているしせっかく買ってもらったばかりの携帯を壊しても、と家に置きっぱなしになっていた携帯が無性に恋しくなる。漫画や小説も読みたいし、母親とのツーショットもおいておきたい。動画も見たいし、音楽も聞きたい。前の王様の物が何かが残っていないか調べたい。
「ただ、ドアも窓も打ち付けはもうないけどしっかり鍵をかけられてるし」
寒い季節ではないし外で星をみながら屋根で寝転がるみたいなのもやりたいのになと窓から暗闇に宝石箱を散らばしたように輝く星を見上げる。
「そこそこ田舎ではあったけど、こんなに満点の星をみるのははじめて」
心が落ち着かないと星を眺める余裕もないのだなと望実は本をおいてランプを消す。
さあ、寝ようと布団をかけるとノックの音が聞こえた。
「はい」
なにか緊急の知らせかとガウンを引っ張って羽織る。
「どうぞ」
「夜中に失礼します。姫様、その…申し訳ありません。殿下が」
「熱でも出たの?」
大変だと望実が身を乗り出すと入ってきたゆるふわさんことサーシャが床に突っ伏す勢いで頭を下げ更に泣き出してしまった。
「どうしたの?具合が悪いの?」
「申し訳ありません…至らない私が悪いのです」
今は望実の部屋は侍女は下がっている。昨日からコラーダが二日の休日をもらって久しぶりに家に帰っているので昨日はミリヤが今日はサーシャがオランジュの担当をするのだと聞いていた。
せめてメガネさんの方だったらと思わないでもないが、サーシャも明るくて素敵なお姉さんだ。よほどのことがあったのだろう。落ち着くようにと椅子に座らせて水を渡す。
「ひ、姫様、自ら…もうしわけ」
「頭を下げなくていいから、ポメロでいいわよ。えっと、もしかして、サーシャが眠れなかったとか、失恋したとかそういう」
「さすがに私も私情で夜中に姫様の部屋には来ません…その、ように思われて、いたのですね」
「違う。女子のベタな悩みってそれぐらいしかわからなくて」
「殿下の事です」
「……おねしょでもしたの?」
小さい子の言いにくいことで望実が浮かべたのは布団を干しながら、見るなよ! と叫んでいたところぐらいだ。そんなに叫んだらアパート中にばれるよと思っていた望実だけど、次の日には全員知っていておまえのせいだと言われたのは、もう懐かしい思い出である。
「違います。殿下は、殿下は酷く魘されてみているこちらが苦しくなるぐらい耐えるように泣かれるのです。見ていられず、姫様ならどうにか」
「もっと早く言いなさい」
つい、きつい命令口調になってしまう。侍女と仲を深めるのはいいですが主従関係はけっして崩さないようにといい聞かせられているのもある。けれど、オランジュのことだと思うと望実はいてもたってもいられなくなるのだ。
「申し訳ありません。ずっとあの泣き声が耳から離れなくて」
「帽子を貸して…身長は同じぐらいだし、なんとかなると思う。サーシャはここで寝ていて」
「お待ちください」
「…本気で寝てもいいから、お願い」
ぎゅっと手を握ってだめ押しのお願いをしてみる。
「ばれたときはコラーダに一人で怒られるから。服を借りていい?」
躊躇っていたサーシャは、何かを決めたのか服を脱いで望実に渡してくれる。
「ありがとう、行ってきます」
「殿下をお願いします」
護衛に顔を見られないように、俯きながら扉を出る。ネビルでなくてよかったとほっとしながら、今度はオランジュの部屋の護衛に本を見せながら顔を隠して部屋にいれてもらう。
「すいません。妃殿下から本を借りて来ました」
「どうぞ」
「夜中にご苦労様です」
とびきりの笑顔を見せる護衛二人に礼をしてサーシャってやっぱりもてるなと実感した望実だった。寝室の扉を開けるとベットでぼんやりと天井を見ているオランジュがいる。
「オランジュ」
「…かあさま」
どれだけ泣いたのだろう。夜に一人で部屋に置いておけば、塔を思い出して苦しくなることぐらい分かっていたはずなのにと望実は歯をくいしばる。どうすれば怖がる子供をなだめられるか何て望実にはわからない。
だから怖かったことを思い出す。真っ暗な部屋も時折聞こえる人の声も、みしっという階段を上る音も、風が打ち付ける音も全てが怖いと思うと怖くて仕方なくなった。母親がようやく帰ってきて抱き締めて、布団で一緒に寝てくれるまで怯えていた。
「貴方のお母さんがいるならきっとそれはオランジュが心配で仕方ないの。泣いていないか、怖がっていないか、いたい思いをしていないか。じっと見守っていてくれてるんだと思う」
「…ははうえのかあさまは?」
「そうね。ママも私を思い出して探してるかもしれない。私はここにいるって伝えられればいいのだけど」
「できないの?」
「ええ、できないの。できない事だらけよ。オランジュも自分の力が足りないと思ってるかもしれないけど、それは私も一緒」
手を繋いで窓を開ける。望実の部屋はダメでオランジュの部屋は大丈夫とはいったいどういう事だと思ったが、色々邪推もできるので一先ず考えるのをやめる。囮にしていたら許せないが、それも一緒にいれば防げるだろう。王妃派は望実を殺せないし王子派はオランジュを殺せない。
「星がきれいね。いつか手に届くと思う?」
オランジュは首を振る。
「そうよね。でも、もしかしたら届くかもしれない。明日だってわからないんだから、だから一緒に泣いて笑って、強くなろう?オランジュ」
望実の言葉に涙を拭って小さくオランジュは笑った。




