声が聞こえる
「・・・失礼しました。」
「・・・いや、なんか俺もごめん。」
二人きりの部屋で泣いているのを抱きしめられるという羞恥。誰に話せよう、いや、話せない。
気を取り直そうと、ひとまずお皿を下げて食後の紅茶を出す。ついでに冷蔵庫に常においてある私の大好物のいちごのムースも出してあげた。もちろん由希用は常備してあるので、それを渡す。
至福。
「・・・そんな幸せそうな空気を漂わせた織野さん始めてみた。」
「そうですね。でも表情筋は死んでますよ。」
基本的にはおとなしくしているので、そんなに笑ったり騒いだりということはしないから。
というより、彼は以外に私の事を視界に入れていたらしい。大学で学部も同じ、同じ教授にも気に入られているというのに、私は全く知らなかった。話したこともないと思う。
話したことある人のほうが少ないからちゃんと覚えている。や、別に友だちが少ないとかそういうわけじゃ。狭く深くですから。
「それでですね。」
「ああ。」
さっきまでは随分と否定的なと言うか、なんとしてでも私の言葉に反対しようという意思が彼には見られたが、今はちゃんと聞く体制に入っている。女の涙とはやはり強いものらしい。
「まあそんな感じで、私はおそらく霊が見えない代わりに、声からその子の状況や心情を見抜く能力というか、そういう才能を開花させてしまったようなんです。」
「生きた人も?」
「ある程度はわかりますが面倒くさいので知らん振りしてます。」
「なるほど。」
単純な興味だったのだろうか、しかし彼はどこか少しホッとしたように息をついた。
そんなに心配だったんだろうか?もしかしてこの人、私のことすっごい嫌いで、だから話は聞いてても決して関わりにならないようにしてたとか?それなら感情見破られたく
「なんか変なこと考えてない?」
「え?」
「いやさ、声でなんとなく相手の感情が読めちゃうって、多少空気読めるやつだったらあることだけどさ。見えないが故の敏感さだったら、相当性格に受け取れちゃうだろうからさ。まーその・・・霊だけじゃなくて、人の悪い感情とかにも当てられんじゃないかと思っただけ。」
あらいい人。単純にそう思った。
まあ昔は多少そういうこともあったかもしれない。あ、そうだ。
「でも私の周り、由希とか由希のお姉ちゃんとか。機微じゃなくてもわかりやすい人が多くて。」
あ、また可哀想な人を見る目をしている。
直情型の姉妹なので、とてもわかり易く、単純でかついい人たちだから。小さい頃は自分がそういう声に敏感な人間だとは思わなかった。
「私がめんどくさって思って無視するようになったの、小学4年生のときなんですけど。今思うと多分、好きな子ほどいじめたい男の子だったと思うんです。でもその子、私を罵るくせに、言葉は好意にまみれてて。こいつ何言ってんだ、めんどくさって思ってしまったんですよね。」
「言わんとする事はわかるが、それがきっかけってそいつかわいそうだな。」
今考えれば、もっと傷つけられたり、逆に上辺だけの言葉に気づいたりで傷つきそうなものだけど。真逆のときに気づいて私の心は守られてきたのかもしれない。
「それで、助けてってのは?」
「ああ。」
少し思い出すだけでも寒気が走る。やはりただの病院ではないことは確かだ。
寒さを隠すように、紅茶を入れたカップを両手で持つ。
「病院について、私すぐに引き込まれたんです。呼ばれるというのか、体が勝手に病院内に動いていきました。牧野さんや雁沢さんが止めようとしてくれましたが、止まるはずもなく、私はあそこに。」
また、紅茶を一口。これ、あのときのことを思い出せば思い出すほど、トイレが近くなりそう。なんて少し気を紛らわす。
「最初は、患者さんもいました。いえ、人は誰一人としていなかったんです、私の視界にも。でも、たしかに患者さんの声と、あの看護師さんが戻りましょうねって優しく声をかけている、普通の病院の会話がそこにはありました。慈悲に満ちた優しくてきれいなその女性に、悪意なんてものはなかったんです。彼女だけではありません。その病院の会話に、悪意は一つもありませんでした。少なくともそこで、声を発していた人たちには。」
優しい言葉に、優しい空気。病院でしかも霊なのだということはきっと病状も良くなく、結果、治ることのなかった人なのだろう。それでも、彼らは幸せそうだった。不安の中でも怯えずに過ごしてほしいという、看護師の願いも込められた、そんな空間だった。
でも、それ自体も異常なのだ。
「でも、あんなに淀んだ気が充満してる病院ないと思うぞ。」
「うん。普通に霊感がある人ならきっと近づかない。でもね、立石さん。あの看護師に、異常な執着心が見えたの。彼女のものなのかそれとも、彼女の周りの人のものなのかわからないけれど。だから、あの異常な光景は彼女を巡ったものだと思う。そして、私はきっと”見つかった”。」
おかしいのだ。
死んだことに自覚のない霊は、生きている者の声が届かない。もちろん、姿すらも。以前見た公園の男の子がわかり易い霊だろう。彼は、死んだことを知らず、ただ痛い、助けて、と求めた。しかし彼自身が自分が”周りと違う”ことを自覚しない限りは、彼は何も認識することができない。痛み以外のことを。
「あの人はね、きっと自覚していない魂だと思うんです。あの光景は、あの患者たちも含めて、誰かに”作られた”光景なんじゃないかって思っています。」
「作られた?」
「そう。あの看護師さんがあの病院に居続けるため、看護師としての彼女の姿を残すために、死んだ患者たちにも患者のままでいさせている。」
その方法だとか、そういうのはひとまずおいておく。
もし彼らが単純に死んでしまった自覚がないだけなのであれば、きっと私がこうして考えることはなかったはずだ。だって彼らは私たちに影響をおよぼすことは決してないから。ただただ、同じ場所で別の世界が平行しているだけ。そして私は、その2つが聞こえているだけ。
でも彼女は、私に話しかけてきたから。
「うーん、俺は霊と会話したこともないし、そいつに死んだ自覚があるのかないのかなんてことはわからないけど・・・あーでも確かに、俺に近づいてくる霊たちは俺と一切視線は合わない、か?」
「そんなに避けられるんですか?」
「ああ。目あったらビクッてされるくらいには怖がられてるらしい。・・・由希ほどじゃないけどな。」
二人して今わたしたちは可哀想なものを見る目をしている。今ここにいない、由希に向けて。
でも、目あっただけでビビられるような人がいても消えなかったあの看護師さん。
彼女はきっと確固たる意思があって私のところに来た。それは彼女のものか、彼女をとどまらせてるものの意思なのかはわからないけれど。おそらくあそこに現れていた霊である彼女は死んだ自覚のない意識。だから、その意識自体は助けを求めていない。けれど彼女の中の何処かに、自分の死を受け入れた彼女がいて、その彼女は私に助けを求めていたんじゃないだろうか。
「それで、織野さんはどうするの?彼女のヘルプに、どうやって答えるの?」
「・・・それなんですけど。私、彼らに声を求められても、それを返したことって一度もないんです。だから、見えないのに会話できるかもわかりません。でも、あんなに強くて悲しい悲痛な叫びはなくて。なんとかしたいし、彼女はきっと何かを知っていると思うんです。」
「でも彼女は自覚がない霊だよ。会話ができたとしても、知ってることを話せるような状況ではないのでは?」
「立石さん、私は彼女の言外の心が分かるんです。」
「・・・まあそうだなー。由希がいたら彼女が消えるのはわかっているし、俺がいれば彼女以外の霊は少なくとも姿を現さないだろうことも前回のを見ていればわかる。」
「はい。理解がとても早くてとても嬉しいです。」
私はそこで、久々にニッコリと人好きの思想な笑顔を見せた。表情筋固まってるんじゃないかなって思ってたから、動いてよかった。
「立石さん、私に協力してください。」
こうやって笑うと、大抵の人はお願いを聞いてくれるんです。
「・・・私思うんですけど。」
「うん」
「霊たちが恐れるような人がいても、それでも彼女の意思なのか別の意思なのか彼女はあそこにとどまったのに、声を発しただけで打ち消した由希って本当に何者なんですかね。」
「怖いよな、あいつ。」
静かに頷く。
私の霊や怪異たちに好かれやすい体質も異常だと思うけれど、それ以上にあの子異常なんじゃないだろうか。決して彼女が自覚することは永遠にないと思うけれど。




