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カレーは煮込むと美味しい

「えっとっ、え?」


立石さんはとても戸惑った様子で行儀よく部屋の真ん中のテーブルに座っている。緊張しているのか、ガチガチに固まっている。

そんなに女の子らしい可愛い部屋、というわけでもないし、そんなに緊張することもないと思うけれど。ああでも、さすがにまずかった?まあいっか。


ちょうど数日前に作り置いていたカレーとかんたんなコンソメスープとサラダを出して、私も彼の前に座る。


「あ、カレーです。」

「え、はい、ありがとうございます。」


二人で頂きます、と手を合わせて食事。うん、今日も美味しく出来てる。やっぱりカレーは煮込めば煮込むだけ美味しいね。


しばらくはおいしいと呟きながらも黙々と食事をすすめていた。美味しいなら良かった。立石さんはじゃがいもが好きらしい。じゃがいも食べるとき目がちょっと輝いた。

と、我に返った立石さんがハッとして身を乗り出した。


「いやいやいや。え、どうしたの?食事しに来たの俺?初対面だよね一応!?」

「ああ、そう。忘れるところでした。お話があって呼び止めたんです。」

「え、うん。そう?」


慌てる彼に対してのんびりと答えると、彼は少しうろたえまた座り直した。どうやら彼は私のペース呑まれているようだ。そんなんでよく由希のお守りをできたなと思う。あの子とうまく付き合うにはこっちも自分のペースを保たなければ疲れて仕方がないだろうに。


「あの、私織野夕美です。由希とは生まれた頃からずっと一緒の幼馴染でしたがはじめましてですね。文学部古典学科の2年です。よろしくお願いします。」

「あーそうか、自己紹介ちゃんとしてなかったなそういえば。

俺は立石 慎一。由希の幼馴染で、他県の出身。じいさんの家に俺はいたから、俺が由希のとこに行くっていうよりも由希が親の実家帰るときに会ってたから知らなかったのかもな。文学部古典学科の3年で、織野さんが気に入られてる教授のゼミに入ってます。」

「あっ・・・」

「やめよう、その察しって感じの間。わかるよ。わかるよ、すごい丸投げ教授で有名だからね。」


思わず同情の声が漏れてしまった。あの教授のゼミはとても有名ではあるが、教授が気に入らないと入れない。いや、一応自由だ、入るのは。でも、彼が気に入った人たち以外はみんな彼の奔放さや無茶振りに耐えられずにやめていく。だが、この大学の中でも最も功績を残した人で、古典界でも有名な学者先生だ。彼についていけた人たちは研究者として大成しているとも言われている。

ちなみに私はもうすでに目をつけられている。ゼミに参加するのは3年からだが、もう決まっているようなものだ。


「教授からも話し聞いてたよ。あの子は言ったら全部やってくれるんだよーって。」

「要するにパシリってことですかね。」

「あーいやいや、でもほらあの人がこき使うってことは相当有能ってことだからね!」


立石さんもこれは相当こき使われているんだな。そうして、それを耐えるためにそう言い聞かせてるんだろうな。私と一緒だ。わかる。とてもわかる。


「それで、話ってやっぱり」

「そうですね。立石さんが見える人だということは、皆さんから聞きました。」

「やっぱそのことだよね」


立石さんは少し落ち着くようにふっと息を吐いた。普通の女の子ならポッと赤くするほどの色気だった。

そういえば、随分色気のある人だ。小さな顔にバランス良くついた顔のパーツ。切れ長の目は鋭いのに、穏やかさを持っている。モテるんだろうな、この人。


「それでさっき少しおっしゃってましたが、立石さんは由希ほどじゃないにしてもあまり寄せ付けない体質なんですね?」

「え?ああまあ、そうだね。少なくとも手が届きそうな距離で見たことはないしね。」


やっぱり。由希が隣にいない日にカレーを作ろうものならかれーをお皿に移しているときに背中を押されてこぼしたし、服にかけたりするはずなんだ。スープを作れば何故かすぐに吹きこぼれてなくなってしまうはずなんだ。


「今日私が料理中にスープひっくり返したりカレー飛び散らせて服をだめにしなかったのは立石さんのおかげなんじゃないかと思っています。ありがとうございます。」

「え、なにどういうこと?そんなに日常的なの織野さんの周りの異常事態。」

「はい。カレーは数日前に作ったものなんですが、由希が返ってくるまでは無理だろうと思っていました。もう少しでだめにするところだったかもしれません。由希がいない時はこぼしてもシミになりにくいものとか、由希がいるうちに作り置いて冷凍を温めるだけにしておくとか。そういう対策をしています。」

「なんか、思った以上にその、大変そうだね。」

「はい。生きているのが不思議なくらいに。あ、でも最近夜寝るときの家鳴りが聞こえなくなりました。立石さんが引っ越してきたからですかね?」


そう言って少し首を傾げる。立石さんはとても可哀想なものを見るような目で見てくる。同情するならなんとかしてほしい。


「まあでも確かに、年を経るに連れて減っていくものだと思っていたんですけど。なんなら増えている気がします。もしかしたら由希と一緒にいるようになっていたから、怒らせているのかも。」

「ええ・・・でもそれ、由希には言わないの?あいつがいたら解決するんだよな?」


立石さんの言葉に、フルフルと首を横に振った。


「言わなくてもあの子は今、私中心の生活をしてくれています。何か感じるものがあるのかもしれませんね。陰陽師とか霊媒師の血が濃いっていうなら、私の周りが危険であることも察知しているのかもしれません。」


由希、野生の勘とかすごそうだし。


「あーなるほど。あいつ、野生の勘とか本能とかで動くタイプだしな。」


一応身内の前だから言わなかったのに言われてしまった。

小さい頃からなにかあるたびに由希は私を誘ってくれていたし、高校になって私から声をかけることが増えるとすごくニマニマして・・・あれ、あの子もしかして私のことが単純に大好きとかそういうことかもしれない。


「まーでもあいつ、織ちゃん織ちゃんってずっと言ってるからな。」

「はい。それに、言ったら言ったで心配して、なんかその・・・鬱陶しくなりそうで。」

「たしかに。」


立石さんはおそらく想像したのだろう。とても苦い顔をしている。


「それで、立石さん。相談はここからで。」

「あれ、体質の話じゃなかったの?」

「はい、もう諦めてます。」


もう20年近く付き合い続けてきた体質だ。もう諦めの境地。それに就職よりも研究職として有利なこの大学を目指したのもそういうこういった怪異のことを調べたかったということもあるが、もう無理だと察した。無理だ。


「じゃあなに?」

「あの、さっきの病院についてです。」


立石さんの表情が変わった。由希のことは呆れたように、穏やかに会話していたのに対し、ピリッとしびれるような緊張感。もうこれだけで、あの病院がただ事じゃないということだけは理解が出来た。


「私の前にいた看護師さんのことです。」

「織野さんはもう行かないほうがいいよ。」


私が聞こうとしたのも遮り、彼は真剣な目でまっすぐと私の目を見た。まるで射抜かれるかと思う程の強い視線だ。それでも、私も負けじとその瞳を見返す。


「できません」

「なんで?」

「私だって最初は逃げたくなりました。足が勝手に進んでいくのに恐怖すらした」

「じゃあ」

「でもあんな悲痛な声を聞いてしまったら無理です。」


私の言葉には彼は首を傾げた。

この様子を見るに、彼はあの声を聞いていないのかもしれない。いや逆に、私は声しか聞こえないからこそ、敏感なのかもしれない。


「あの看護師さんの声を聞きましたか?』

「え、いや・・・俺は一瞬だったし。でも、俺が近づいても消える様子はなかった。由希に関してはさすがとしか言いようがないが、影響力も残留力も強い霊だよ。しかも引き寄せ影響されやすい織野さんは耐えられない。」


諭すように、心配そうにそう言ってくれる立石さんはとても親切だ。

でも、あの時は恐怖でいっぱいで、動揺していたからはっきりとわかったわけではないけれど。


「・・・彼女、私に看護師さんとして心配してくれました。患者さんたちの霊も、彼女を普通の看護師さんとして会話していました。」

「ああ、おそらく彼らは死んだ自覚がないんだな。だから彼女と一緒に、今までとおんなじ生活を繰り返している。でも、その生活の中に生きている人間をひきこもうとしたんだぞ?」

「でも彼女、助けてって言ってたんです。言葉にしたわけじゃないけれど、確実に私に助けてって。」


私の言葉に立石さんは目を丸くした。

私の言っていることは意味がわからないと思う。だって彼女は助けてだなんて言っていない。なんなら、自分が死んでしまったこと、助けてほしい状況に陥っている自覚さえないはずだ。だって、今までと変わらない日常を魂だけになってまで繰り返しているのだ。

それでも、私は外から呼ばれ、助けてと言われた。


「今までいろんな例の声を聞きました。公園で痛いよって子供が泣き叫ぶ声。病院でここどこ?って迷い続けている男の子の不安げな声。私にむかってこっちだよ、こっちをみて、と何度も呼びかけてくる声。この中のどれも、私は彼らの真意が見えていました。

泣き叫んでいた子は、公園の前で交通事故にあって、それで死んだことも自覚できず、痛かったその時の魂だけが残留していた。だからたとえ私が声をかけても聞こえなかったでしょう。

ここどこ?って迷っていた彼は、私が声をかけてくるのを待っていました。私が案内してあげること、そして彼はそこから私を誘導して”自分と同じ”にしてしまおうと思っていること。そこまで分かって私は振り返ることすら拒みました。

私を呼ぶ声は、逆で、私のおじいちゃんが、私のことをひと目見たいって、幸せになりなさいって伝えにきてくれて、それは私が生まれた瞬間の記憶です。」


こんなことを人に話すのは初めてだ。今まで感じること、聞こえることすら誰にも話さなかったのだから当然だが。

私はいつの間にか視線がテーブルの上に向いているのがわかった。立石さんの目を見て話していたはずなのに。

その時、私自身がなにか温かいものに包まれるのを感じた。


「・・・ごめんな、怖い記憶とか、辛い記憶とか、いっぱいだよな。ごめんな。」


立石さんはそう言って、私をあやすように私の頭を自分の胸に当て、頭をポンポンとなでてくれていた。

そこで私は自分が泣いていることに初めて気がついた。


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