噂のいとこくん
「ごっめーん。携帯水ぽちゃするし、両足動けない上に電話番号とか覚えてなくてさー。まあ二、三日で退院だったし、それなら慎ちゃん迎えに来てくれるかなーって思って。」
「マジで調子乗んなよお前…」
「そうは言っても、慎一は行くけどね。」
「うっせ。」
結局あのとき私の体調もすぐ治り、とりあえず車を止めてきた桐谷さんも合流して由希の病室に。由希は二日前この病院に来る途中、階段で足を滑らせて片足骨折、片足は縫っているらしい。明日退院でしばらくは松葉杖で生活するんだとか。
そして、さっきの青年は立石さんで、見えると噂の人のようだ。私と声のする方を見ていたから、おそらくきっと、看護師さんが見えていたんだろう。
「織ちゃんまで心配かけてごめんね?」
「ううん。さすがに連絡ないから由希の家に行こうと思ってたけど、そこまで心配してなかった。」
「とかいってー!心配してたくせにー!織ちゃんってば、心配性なんだもんね!」
「うん、そんなこと言うくらいなら心配かけないように努力してくれない?」
「ごめんなさい。」
この野郎、努力しないということか。まあ由希の好奇心は本人で抑制できるレベルのものでもないし、もはや諦めているけれど。
「それより、織ちゃんも大丈夫?さっき、しゃがみこんでたけど…。」
心配そうに覗きこんでくる由希。霊感のことは由希には打ち明けるつもりはないし、なんと説明するべきか。
「織野さんの学部、そろそろ学年合同プレゼンがあるから、寝不足だったんじゃね?」
そう言ったのは、見えるはずの立石さん。というか、立石さんはなぜ私の学部も、他にも私のことをこんなに知っていたんだろうか。帰りに少し聞いてみようか。
「あー、そっかー!織ちゃん、今年も代表なんだよね!」
「そうだね…。」
なんとも悲しいことに私は教授に気に入られているようで、去年に引き続き今年もプレゼン担当になってしまった。私の学部は文学部の古典文学。なかでもこの大学のこの学科は研究職に就く人が多いため、学会の予行練習のようなものでそれに関することをまとめ発表するイベントがある。一年生はわりかし割り当てられないのだが、授業で出した「入試古典について」という、受験時代に研究した入試に出やすい、そして出題しやすい問題傾向などをまとめたレポートが評価され、去年、そして今年も抜擢されてしまった。
確かに大変だけど、私日付変わる前には絶対眠っちゃう体質だから寝不足はないんだよな…。今は空気を読んで言わないけど。
「そうか、慎一もおりっちと同じ学部だっけ!」
「まあ。結構去年も話題になってましたからね。つーか桐谷先輩、早速あだ名っすか。」
「だって、オカ研メンツはあだ名いやがるだろー!おりっち特に文句言わないでくれるし、俺うれしー。」
にこにこ笑う桐谷さんはやっぱりかわいい。てか、文句いったらそのあだ名なかったの?じゃあいまから文句いうとかあり?
でも、少し納得した。なるほど、同じ学部の人なら私のことを知っていてもおかしくないし、それにプラスして由希からも話を聞いていたとかだろう。
「あ、もう面会時間終わるわねー。」
「えー!?もういっちゃうの!?」
「橘、明日俺迎えに来てやるよ!午後授業ねーしさ!」
「わー、さすが桐谷センパーイ!でも残念ながら、この病院なーんにもおかしいことありませんでしたよ!」
「えー?なんだよつまんねーなー。あ、でも今夜なにか起こるかもだろ!?明日楽しみにしてんな!」
由希にはなにも起こらないと思いますよ。だって、ここ、絶対ヤバイのいるのに。由希がきた瞬間にいなくなったし。
「ま、由希は大丈夫だろ。あと、おばさんにも連絡しといてやったからな。」
「ありがとう、慎ちゃん!雁沢先輩も、牧野先輩も、織ちゃんもわざわざありがとう!」
にっこり笑う由希はやっぱりのんきだと思うし、それに何より安心する。まるでさっきのことが夢だったかのように。
「さー、俺の車でみんな送ってくぞー。みんな大学近いけど、おりっちもその辺?」
「あ、はい。由希がすんでるアパートと、同じです。」
「え、まじか。」
桐谷さんに答えると、立石さんが驚いたように返した。というか私この人に色々聞きたいことがあるんだけども。
「あー、俺も由希とアパート一緒なんだわ。」
「え?」
知らなかった。比較的に壁もあつめで部屋数もそれなりにあるアパートで、ほとんどが独り暮らし用の1Kアパート。学生さんは多いけれど、噂の由希のいとこが同じだったとは。由希から聞いたこともなかったな。
「つっても、あいつが行方不明になりすぎるから今年引っ越したんだけどな。」
「あぁ…お疲れ様です。」
思わず労りの言葉をかける。あの子のお守りは大変だろうな。
ふと、おとなしい雁沢さんと牧野さんに気が付く。二人は何となく黙ったまま。病室でもあまり話していなかった。
「雁沢さん、牧野さん。どうかしました?」
もしかして、彼らもあの気にあてられたんだろうか。私は慣れているけれど、慣れない人は辛いかもしれない。
「……夕美ちゃん、本当にごめんなさい!」
「おれも、ごめん…!」
え、なにが。
「あんなに真っ青で、…私たちが夕美ちゃんに話さなければ….、つれてこなければ…。」
「あー…。」
なるほど、この人たちは気にしていたわけか。
「え、なに?病院で何かあったの?」
すべて終わってから合流した桐谷さんは、深刻そうな雰囲気に首をかしげる。
といってもあれは私があてられてしまっただけだし、そもそも連絡とれなくなった由希が悪いと思うし、気にすることないのに。
でも、結局誰だったんだろう、あの声は。
「なんもないですよ、桐谷先輩。ちょっと美人の看護師さんと出会っただけです。」
「やっぱ、看護師さんだったんだ。」
桐谷さんに説明する立石さんに小さく呟くと、今度は立石さんが驚いた顔をした。
「え?あれ、みえてたんじゃないの?」
「あ。私、見たことないですよ、一度も。声を聞いたり、捕まれたりとか、当てられやすいだけで。」
彼は恐らく見えるのだろうか。この話ぶり、反応から察するに、やはり私は見えていないらしい。姿を現していないというわけではなく、単純に、見えていない。
今までは誰かに自分の体質を話すこともなかったし、何より同じように霊感がある人と話したのは初めてだったから、確認のしようがなかった。
「たぶん、聞いたり感じたりはできるんですけど。全く見たことはないんです。」
私がそう言えば、立石さんは少し驚いたように目を見開いたあと、納得したように、そして同情するように目を細めた。
「そうか、なるほど…。だからあんなに群がられても具合が悪そうなだけで、文句いったりしてないのか。」
「えっ、群がってるんですか…?」
「うん。俺も由希ほどではないけど、割りと寄り付かない体質だから俺がすれ違ったり近くで見かけるとそうでもないけどね。遠目に見るとすごいよ。」
なんということだ。知らなくていい事実を知ってしまった気がする。
「というかやっぱり由希、よっぽどなんですね。」
「あぁ、あいつはうちの家族の中でも特にだな。元々昔陰陽師とか霊媒師とかが多かった家系らしいから、もしかしたら由希はその血が濃いのかもしれない。だから寄せ付けないのかも。」
「…あんなに求めてるのに。」
「桐谷さん、送っていただいてありがとうございました。」
「いいよいいよー!おりっちまたあそぼうなー!」
桐谷さんの車から降り、立石さんと一緒に車を見送る。
同じマンションでしかも、私のちょうど下の部屋に住んでいるらしい。私は3階。彼は2階。そして由希は私のお隣。ここ数日、由希がいなくても家で変なことが起こるの減ってたけど、彼のおかげなんだろうか。
「それじゃあ織野さん、俺もこれで。」
「待ってください、立石さん。」
先にロビーまで行って階段を先に登ろうとする彼の腕をつかむ。
「ちょっと私の家でお茶でも飲んでいきませんか。まだなら夕飯でも作りますから。」
「えっ?」
私は有無を言わさずやってきたエレベーターに乗り、彼の腕を掴んだまま3階に上がった。




