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 その日も僕は花子ちゃんと一緒に帰ろうと目論んでいた。ホームルームが終わり、皆で帰りの挨拶し、さあ帰ろうという段になった。その時である。隣の花子ちゃんの方にふと目をやると、花子ちゃんの姿が消えていたのだ。少なくとも僕には消えたように思えた。この時、僕は自分の荷物をまとめるべく少しもたもたしていたかもしれない。あるいは、席の近い友人の誰かと少し言葉を交わしたりしていたのかもしれない。だが、僕にはほんの一瞬の出来事に思えた。実際、その直後、思わずざわざわ騒がしくなった教室を見回したりもしたことも思い出されるのだが、まだほとんど誰も教室を出ていなかったし、花子ちゃんの親友の遠藤さんの姿もあったように思う。まさに、花子ちゃんだけが忽然と姿を消したという印象だったのだ。僕はすぐさま走って教室を飛び出し、校門に向かった。校門を出て、そのまま花子ちゃんの住いであるマンションまで駆けて行ったのだが、きょろきょろ周りを見渡しても、花子ちゃんの姿は見当たらなかった。もしかしたら、まだ学校のどこかに居るのかもしれないと思い、すぐに学校に引き返し、学校中見て回ったりもしたのだが、やはり花子ちゃんの姿は無かった。僕はそれこそ狐につまされたような面持ちで、そのまま一人でとぼとぼ帰宅するしかなかった。

「あのねー、さっきねー、帰るときにねー、となりの花子ちゃんが消えちゃった」

 家に着くなり、やや興奮気味に、早速この不思議な出来事を母に報告したことも覚えている。

「消えちゃった?」

「消えちゃったの。帰ろうと思ったら、いなくなっちゃった」

「あら、そうなの……」

 母が慌ただしく洗濯物を畳みながら、いかにも気のない返事をしたことも思い出される。何のことはないかもしれないが、これが、当時僕が花子ちゃんは魔法使いなのではないかと疑った出来事なのである。


 僕は、花子ちゃんとの事をここまで思い出したところで、大げさながら神の啓示でも授かったかの如くはっとした。この時、初めて三十年前のこの不思議な出来事の真相が分かった気がしたからだ。勿論、今の僕は花子ちゃんが魔法使いだったなんて思っていない。僕はこう結論付けた。花子ちゃんは僕から全力で逃げていたのだと。今の僕にははっきり見えるのだ。帰りの挨拶が終わるや否や、こそこそ教室から抜け出し、全速力で駆けて行く花子ちゃんの姿が……。いや、もしかしたら、花子ちゃんは教室のどこかに隠れていたのかもしれない。勿論、実際はどうだったのかはもう確かめようがないが、僕から逃げたというのが事の真相なのは確かな気がするのだ。

 今、改めて考えてみると、いろいろ思い当たるところもある。おそらく僕はかなりしつこかったのではないだろうか。毎日ではなかったが、隙あらば花子ちゃんと一緒に帰ろうとしていた。それは、花子ちゃんにとってはしつこく付きまとわれるような感じだったのかもしれない。

 考えてみると、当時の僕にはそんな自分の行動が、花子ちゃんにとってどれほど迷惑かなど思いも及ばなかった。僕は、ただ一緒に帰りたい、一緒に帰れたら嬉しい、それだけだったのだ。花子ちゃんも決して僕と一緒に帰ることが嫌なことでなかったのかもしれないが(よっぽどそうであってほしいが)、花子ちゃんにも、その日によっていろいろ都合もあっただろう。友達付き合いだってあっただろうし、花子ちゃんだって、あまり友達やクラス中に僕と一緒に帰っていることを知られたくない気持ちもあっただろう。まだ偶になら良かったのかもしれないが、僕に隙あらば自分と一緒に帰ろうと付いてこられるのは、甚だ迷惑だったのかもしれない。もしかしたら、花子ちゃんは僕に自分の気持ちを面と向かって言えず、少し悩んだこともあったのかもしれない。そのことを親友の遠藤さん辺りに相談したこともあったのかもしれない。

「ねえ、いっつも帰るときに笹原君が付いてくるんだけど、どうしたらいいのかなあ……」

「もう、気づかれないように逃げちゃったら」

 ああ、今の僕にはそんな二人のやり取りも、はっきりと目に浮かんでくるのだ。僕は、クラスの悪ガキどもにどう見られるかは気にしていた割には、そんな花子ちゃんへの気持ちへの配慮は、全くといってよい程していなかったのは確かだ。まあ、当時の僕の年齢や置かれた状況を考えれば、それも無理のない話だと言える。僕は見るからにひ弱で、それまでしばしばいじめの標的にもなりがちだったから、クラスの悪ガキどもに目をつけられる事に対してはかなり敏感にはなっていた。そのことに比べ、花子ちゃんが迷惑だと思っているかどうかなど、それ程切実な重大事項には思えなかったのかもしれない。そもそも、小学一年生くらいの男の子に、異性の気持ちへの細やかな配慮や、恋愛感情の微妙な駆け引きなど全く期待出来ないだろう。無論、実際の事の真相は花子ちゃん本人にしかわからないだろうし、その当人ですら三十年経った今となっては、おそらく忘れていることだろう。僕のことすら覚えていないかもしれない。とまあ、依然として真相は藪の中ではあるのだが、僕のこの解釈もそう見当違いではないと思うのだ。

 やれやれ、そういうことだったのか。何が魔法使いだ……。僕は一人車の中でため息をついていた。 

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