16.入り婿と予期せぬ来訪者来る!?(終)
馬の背に揺られ、頭上で瞬く星を眺めていたら、速度が心持ちゆっくりなった。
見てみれば、前方に街の明かりが見えていた。
二人乗りで馬に跨がるプラテーンは後ろで手綱を持つキーフェルを意識してくすくすと笑みを漏らす。
「ユクシャが元気そうで安心した、お兄さん?」
裏のありそうな言い方にキーフェルの弾けた笑い声が耳朶を掠める。
「うん」
出発する日が近付くにつれ、ロンドルフ領に近付くにつれ、弟を心配するあまり表情が別のように強ばっていた。
兄としての矜持からか、ユクシャの前では普段通りを装っていたんだけど。
懸念が粗方消えた今は騎士としてはやや頼りないもののプラテーンが大好きな表情をしているはず。それくらい見なくても分かる。
「ロンドルフ公爵様方も良い人みたいで良かった」
「確かに。特に彼女、綺麗だし、良い子だよねぇ~」
彼女がカナリーを示すのだと気付いたキーフェルは眉間に皺を寄せた渋い顔になってしまった。
「あのね、プラテ。分かってる?相手は公爵令嬢なんだよ?」
本来なら関わる筈がない雲の上の人間なのだ。そんな親しげな口を聞いていい訳ない。
「言われなくても分かってるから。今は二人っきりで他に誰も聞いてないじゃない」
何を分かり切った事を聞くのかといった様子のプラテーンは憤慨した目を後ろに向ける。
そうは言われても、身分を理解しているのかと問いたくなる砕けた態度だった。何度、ヒヤヒヤハラハラしたか分からない。
キーフェルはあれこれ言いたいのをぐっと堪えてすべてを飲み込んでおいた。
「そっか…」
それにしても、本当にロンドルフ公爵の方々は優しく良い人達だった。
ロンドルフ公爵夫婦や令嬢は勿論。使用人の人達も婿の家族だとはいえ、貴族の末席に辛うじてぶら下がるヒュッセライン男爵家なのに蔑む事無く、礼節を持って接し、客人として持て成されてしまった。
これも安心材料の一つであるが、最もたるは屈託がない見知ったユクシャの表情だろう。
苛められているかもしれない、と陳腐な想像をしていたが、杞憂であったようだ。
勝手が違って苦労はあるだろうが、ユクシャは取り繕った様子も普段通りを装った空元気といった感じはなかった。
「父さん達に知らせなきゃ、ユクシャは元気に過ごしてるって」
鼻歌まで出てきそうな上機嫌なキーフェルだが、プラテーンはそこには同意出来かねる。
何故なら――。
「ええー、そうかな?ちょっと、ちょっぴりだけだけどいつもと違ったよ?」
「え?違ってた?」
気付かなかったと目を見開いたキーフェルを視界は端で見て、天を仰いでしまった。
「もう、どうしてそうなの。男ってホント鈍感!」
お仕置き、とプラテーンはキーフェルの胸に凭れて体重を掛ける。
「そうは言われても」
キーフェルは手綱から片手を離し、頬を掻く。
よく見てたな、と感心しかない。
「もう、大事な弟なんでしょ」
今の中にキーフェルにとって聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「大事?」
「うん。大事ってキーフェルにとってだから、ね。そりゃ、私にも大事な存在だけど」
仕方がないな、といった口調の調子であったが、斜め前に顔を向けるプラテーンの口が孤を描いている。
始めたのは言葉遊びのようなもの。
「――でも、もっともっと大事なのはキーフェルだから」
「うん、知ってる」
「ユクシャを大事に思うのも旦那様の家族だからだし」
「うん。こっちも同じ考えだよ」
確認した後、二人して笑い合った。キーフェルの捨てられた子犬か子猫のような寂しげな顔はどこへやら。含み笑いから次第に口を開けて。
本当なら抱き寄せるなり、せめて手だけでも握り合わせたい所だが、馬上では叶わないので諦めるしかないだろう。
「安心したら小腹空いたんじゃない?」
宿に入る前に何か食べようと提案してくるプラテーン。
「あ、食べる」
公爵の身分を意識したり、会話に夢中になっていたりでキーフェルが普段の半分くらいしか食べていないのにもしっかり気付いていたようだ。
「今朝のパンも良いけど、肉とか魚も捨てがたいな」
一度考え出したら、もう止まらない。
近付く街の入り口を前にキーフェルの頭の間食の事でいっぱいになっている。身体まで食物を欲するように腹までが催促の音を鳴らした。
この中で畏るべしはプラテーンの言葉。自覚のあるものないものの事実を言い合っていた。
げに恐ろしき女の勘。
これにて兄夫婦来訪編(別名カナリーの猫被り編)は終了。
予想では三話のはずが気付けば、計六話になってしまいました。




