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14.入り婿と予期せぬ来訪者来る!?(3)

 カナリーは仕事第一の仕事人間である。

 これは彼だけの個人的見解ではなく、カナリーの人となりを理解している者なら皆が頷くだろう。

 付き合いの浅い彼でも、休日ですら暇さえあれば執務室に籠もっているし、仕事を勝手に休みにさせられた、と不機嫌になっている等の話を――身を持って知っている。


 そのカナリーがソファーに、ユクシャの隣に、腰掛けているではないか。

 確かに今朝仕事に出掛けるのを見送ったのに、昼食前で仕事中の時間のはずなのに。

 服装は出掛けと一緒に見えるけど。


 いやいや何より、それ以前に。


 ――誰この人。


 間抜け面を晒すとはこの事か。ユクシャはぽかんと口を開けて、カナリーを見続けていた。


「ユクシャも幸せ者だね。こんなに綺麗なお嫁さんを貰えて」

「まあ。お義兄にい様ったら、口がお上手なんだから」

「お世辞じゃないんだから。同性でも見惚れちゃう」

「ふふっ。嬉しいですわ」


 兄夫婦と朗らかに会話を楽しむカナリーの顔に浮かぶのは、天使も斯くやの、麗しい笑顔。


 ユクシャは見た瞬間から言葉を失ってしまった。

 見た事がない表情で、これまた聞いた事がない饒舌を惜しげも無く披露しているカナリーは目を疑いたくなる程の変貌ぶりだった。

 それは他にも気になる事柄――仕事の件とか、何時にない饒舌の件とか、何だか兄夫婦と仲良くなってる件とか――はあるが、全てカナリーの笑顔に意識が集中してしまう。

 細やかな微笑みを一度か二度見ただけのユクシャからしたら、色々諸々頭から吹き飛ばすくらい衝撃であった。

 こんな表情もできるのだ、と。

 だというのに、周り――当然のように応接間に控える若夫婦付きの侍女には驚くものでも何でも無いらしい。ただ、マルタも、ドニーも、笑いを堪えているような、そんな変な顔をしている。

 非常に失礼であるが、ユクシャにはよく似た別人と言われても納得出来るのかもしれない。

 授業中もそわそわと上の空で、兄夫婦と話す時間が待ち遠しいかったユクシャであったが、カナリーばかりに目がいってしまい、会話には参加せずに偶に相槌を打つくらい。


「お義兄様達は王都にお出でなんですよね。どちらにお住まいで?」

「城からそう離れていません。城からそう離れてない借家に住んでます。商業区のすぐ傍って言った方が早いかな」

「それなら存じ上げてますわ。あの辺りなのですね」

「そうそう。だから買い物が結構、便利なのよー」


 ユクシャ抜きでもカナリーの話術で会話は盛り上がっている。

 内容が内容なだけにユクシャでは話について行けない。

 話を聞くユクシャの視界が応接間を音もなく出て行くマルタを捉えた。

 お茶か茶菓子の追加――では無さそうだ。よく見ていなかったが、マルタは手ぶらだったような。

 案の定、予想は当たった。瞬きを数回する内に戻ってきたマルタは澄ました顔で近付いて来る。


「申し訳ございません。ユクシャ様。少々お時間をよろしいでしょうか。昼餐の件で料理長がお訊ねしたい事があると申しております」


 部屋を出て行ったのは、料理長が来たのを察したからだったのだ。

 マルタの行動の意味は分かったが、料理長の質問とやらには皆目見当が付かない。


「ちょっと行ってきます」


 キーフェルとプラテーン、そしてカナリーに言い置いてから、ユクシャは料理長、若しくは料理長の使い――大方、こちらだろう――が待つ廊下に向かう。

 何故だか、こうするのは至極当然、そんな自然な動作で後に続くカナリー。


「へ?」


 扉が閉める寸前。ユクシャが上げた、素っ頓狂な声は応接間に居る兄夫婦にも聞こえただろう。


 廊下には誰一人待ってなどいなかった。

 辺りを見渡すユクシャを余所にカナリーはパタリと扉を閉める。


「これはいった――」


 問い掛けを遮るのは、カナリーの鋭い眼差しと口の前に立てた人差し指の、静かにしての仕種。

 反射的に口を噤めば、今度はもう片方の手でちょいちょい、と手招きされる。

 不可解さにユクシャは首を傾げるものの導かれるまま、応接間から少し離れた廊下の端に移動。


「あのー、一体どういう事何ですか?」


 そこで繰り返すのは先ほど言い掛けた問い掛け。

 肩と肩を寄せ合って小声で囁いているのは、応接間には聞かせたくないという意図だけは汲み取れたからだ。


「それはこっちの台詞だわ。どこか様子が変だった気がするのだけど。貴方こそ、どうしたのかしら?」


 カナリーは問いに問いで返す。その表情は応接間での、あの見事な麗しい笑みが消え失せていた。影も形もない。

 まあ、こちらの方がユクシャには見慣れている。


「…そう、ですか?」

「ええ。なんか違う」


 ぼんやりしているのを見咎められたらしい。が、ユクシャは返事に窮してしまう。

 素直に言えば、カナリーが気を悪くするのが分かり切っているのだ。


「いえ、あの。お仕事…。そう、そうです。仕事はどうされたのかなって考えてました」


 嘘ではない。気になっていた事なので誤魔化しでもない、はず。真実でもないけど、嘘じゃない。


「あら。貴方は、私が折角会いに来て下さったユクシャの身内に挨拶もしない非常識な人間だと言うわけ?」


 カナリーは目を眇め、実に不愉快げだ。どちらにしても気分を害させてしまった。

 慌ててユクシャは弁明を言い繕う。


「そう言う事を言おうとしたのでは、なくて…」


 何と言えばいいのか。


「えーと、あの、ですね…。仕事の邪魔をしてしまったのが申し訳ない、と」


 カナリーは何かを言おうと口を開き掛けたが、ユクシャが、でも、と続けたので口を噤む。


「でも、家族の事を気に掛けて下さったのは、嬉しいです。ありがとうございます」

「私が勝手にしてるんだから、気にしないでちょうだい」


 ぷいっと顔を背けるカナリーにユクシャは微笑みを苦笑に変えた。

 さて、もう一つくらい聞いてもいいだろうか。


「それで、ですね。料理長云々ってのは…?」


 首を巡らして辺りを確認しても廊下の向こうからも誰かが出て来る様子はない。

 マルタの言っていた料理長、若しくはその使いの姿はやっぱりなくて。


「ああ、あれ。嘘だから」


 顔を向き直したカナリーはあっさりと言い切った。

 そうかもしれないと思っていたが。


「貴方の様子が違ったからマルタに言ってもらったのよ」


 簡単に頷くが、応接間で隣に座っていたユクシャは知っている。カナリーは兄夫婦と話していて、マルタを呼び寄せるような事は一度もしていなかった。

 目配せだけで指示を出したというのか。ユクシャには到底出来そうにない。


「…凄いですねー」


 思わず漏れたユクシャの感嘆にも反応してくれるカナリー。


「何それ」


 律儀だが、これまでの会話とは脈絡のないものに感じたのだろう、意味不明だと言わんばかりにカナリーの目が険しくなる。

 さらに別の記憶を呼び覚ますきっかけにでもなったらしく、見る見る内に目元が険しさを増していく。


「――そういえば」


 発した声も固く、不穏な響きすら感じ取れる。

 ユクシャにとって良くないものなのは確かなようだ。


「ねえ、どういう事かしらね。さっきカナリー様、って呼ばなかったかしら?」


 いつ呼んだのだろう、記憶にない。意図して呼んだわけではないから。

 未だにカナリーさんと呼ぶの慣れておらず、意識しないとすぐに前のカナリー様になってしまう。


 わざとじゃありません。でも、ごめんなさい。


 そんなユクシャの言い訳なんぞ聞く耳持たず――否、端から聞く気などなかったのだろう、既にカナリーは身体を別の方角に向けている。

 次の瞬間には横顔に麗しい笑顔を浮かべて、応接間に戻ってしまった。


「プラテーン様!本日の昼食は我が家自慢の鳥料理だそうですの。是非、ご賞味くださいませ」


 何処で仕入れたのか謎だが、多分合っているであろう台詞を口にしてながら。


「わぁ。ホント!鳥料理好きーっ」

「ええ、とっても美味しいんですのよ」

「もう、楽しみ」


 きゃあきゃあとはしゃぐカナリーとプラテーンの声が扉越しでも、よく聞こえる。宥めているようなキーフェルの声はボソボソにしか聞き取れないのに。


「…言い訳くらいさせて下さいよー。ってか、プラテと仲良くなり過ぎなんですけど」


 独り取り残されたユクシャは疲れにがっくりと肩を落とした。

 家族と仲が悪いより仲が良くなってくれた方が断然嬉しいのだが。内心の何とも言えないもやもやがあるのだった。


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