13.入り婿と予期せぬ来訪者来る!?(2)
仕事の都合が付かずユクシャとカナリーの結婚式に参列出来なかったのでヒュッセラインの三男夫婦とロンドルフ公爵夫婦は初対面であった。
折角の機会なので、と挨拶を交わす運びとなり、応接間で向かい合う両者。
間に立って紹介するのはユクシャだ。それはもう物凄く嬉しい、そう言っているような顔で。
「すぐ上の兄、キーフェル・ヒュッセラインです」
職業柄と言うべきか、兄は折り目正しく頭を下げる。
ユクシャとキーフェルは兄弟というだけあり、同じ茶系統の髪の毛に同じ青系統の瞳をしている。
血縁だと示すのはそれだけで容貌はそれ程似ていないのをユクシャは知っている。
似ていると言われるのはお世辞なのだと決め付けていたりする。
ヒュッセラインの三男キーフェルは家族の誰よりも凛々しい顔立ちをしているのだ。
騎手に相応しいと言えば、それまでだが。凛々しさとか男らしさとかが皆無だと自覚しているユクシャからしたら、何とも羨ましい限り。
「お初にお目にかかります。弟がお世話になっております」
ユクシャの手が次に示すのはキーフェルの隣。
「こちらがキーフェル兄さんの奥さん、プラテーンです」
さっきまでの威勢はどこへやら、兄嫁はやや緊張の面持ちでぺこりと頭を下げる。
ふわふわ、くるくるのミディアムパーマの髪に、どこか浮き世離れした可憐な容姿。
浮き世離れ容姿なら、カナリーもそうだと言えるが。カナリーはお姫様のようで、プラテーンは妖精だろうか、――見た目だけは。
「初めまして。突然の訪問ですいません」
今度はユクシャの手がキーフェルとプラテーンの向かいに動く。
「で、お世話になってるロンドルフ公爵のロベルトさんと夫人のニフリートさん」
ゆったりと腰掛けるロベルトとニフリートは優雅に頭を下げる。
実はこの時、義父義母と呼んでくれなかった事に一抹の寂しさを覚えていたが、おくびにも出しはしなかった。
「こちらこそよろしく。会えて嬉しいよ」
「本当に。良ければ、自分の家だと思って寛いでちょうだいませ」
にこやかに言われて、キーフェルからも、プラテーンからも肩の力が多少抜けたようだ。
ロンドルフ公爵の名に気後れして、完全には無理であるのがよく分かる。
「結婚式に参列出来ずに申し訳ありません。折角の祝いの席でしたのに」
そういえば、と思い出したようにキーフェルはまた頭を下げる。今度は謝罪の意味を込めて。
「いやいや。急だったからね。申請しても休めなかったのだろう」
かつては城勤めをしていた身のロベルトは騎士の仕事についても承知しているので、変わらない優しい顔で首を横に振る。
「そう言って頂けたら、幸いです」
キーフェルは幾分か澄ました顔を緩めて、詰めていた息を吐き出した。
それからの会話は他愛のない世間話になっていく。
「連休を貰えたので、今更ながら訪ねさせてもらいました」
「今更でも、やっぱり大事な義弟に会いたくて」
「家族ですもの、当然ですわ。それに私共からしてもユクシャさんは素晴らしい方で」
「彼がお婿さんに来てくれて、喜んでいるんだよ」
「そうなの。ロンドルフ家は安泰だって」
ロンドルフ公爵邸でユクシャが役に立っている事は家庭菜園の手伝いくらい。後は頼りっきりなのに。
褒め言葉だと理解しているが、こうも目の前で言われるとこそばゆい。
心配は晴れないのかプラテーンは尚も言い募る。
「本当の本当に、ですか?ユクシャは迷惑とか掛けてないのですか?」
「…弟は基本的に良い子なのに時折、吃驚する事をしでかすから。ねえ?」
「うん。考えも付かない事をするの」
キーフェルも頷いては口添えする。心配よりも、妙に大きな声で身内からしたら演技臭い。
何故だろうか。会話の端々がユクシャには突き刺さるように感じる。
どことなく、居心地の悪い顔合わせ――感じたのはユクシャだけかもしれない――はその後しばらくしてお開きとなった。
ロベルトとニフリートが「用があるから」と立ち上がったからだ。
「すまないが、失礼するよ。だが、ゆっくりしていきなさい」
「もし良ければ、またお話してちょうだい。時間はあるかしら?」
「はい。夕方過ぎにはお暇しようか、と考えています」
「そう。なら、昼食や夕食もご一緒しましょうね」
身内だけでゆっくり話せるようと配慮してくれたのだろう。
連れ立って応接間を出て行く二人を見送ったユクシャはお礼はまた後でにして、今は気遣いに甘える事にする。
「キーフェ兄さん、プラテ――」
ユクシャの呼び掛けは途中で立ち消えた。
だって、気付いてしまったのだ。
僅かな間にキーフェルも、プラテーンも、表情が一変しているのに。
笑っているのは今も、ちょっと前も、変わらない。しかし、その笑顔が違うのだ。怖いのだ。迫力がある笑みともいうのか。よく見れば、目が笑っていない。
「げっ…」
考えるより先にユクシャの身体が逃げを打って、ソファーから立ち上がる。
今までの培った経験から、この後は碌でもない事が起こるのが分かったのだ。
最早、反射に近い行動。だからといって、ユクシャの行動を知り尽くした兄からは逃げられるはずもなく。
「駄目だよ。座ってようね」
横合いから伸びてきたキーフェルにユクシャの腕は取られ、ぐいっと引っ張られてソファーに座らされてしまった。
しかも、ひとり掛けのソファーではなく、キーフェルとプラテーンの間に。
間髪入れずに、プラテーンはユクシャの襟元を掴んで、動けなくしてしまった。
流石は夫婦。見事な連携。
正面から向き合う事となったプラテーンは目が笑っていない笑みを益々深くする。しかも、浮かぶ青筋まで発見。
「さぁて、ユクシャ。じっくり聞かせてもらおうかな~?」
「…何を?」
しらばくれようとしたが無駄だった。
また横合いからキーフェルの手が伸びてきて、ユクシャの一通の手紙を出してきた。
読み込んだのだろう、しわしわよれよれになった手紙には、見覚えのあり過ぎる筆跡。
どこから、どう見ても、キーフェルにユクシャが送った手紙。
多分、内容はロンドルフ公爵令嬢と結婚する事になったというもの。
「この手紙に書かれてる事をっ!ううん、書いてない事だろうと洗いざらい、説明して!」
襟元を掴むプラテーンの手にさらに力が入る。
言わなければ、確実に首を絞めるくらいしそう。
前にプラテーン、後ろにキーフェル。ユクシャは観念して、ぼそぼそと話し出した。
「声が小さいっ!もっと大きな声で!!」
「…はぁい」
◇◆◇◆◇◆
ユクシャはカナリーと結婚する旨をキーフェル兄夫婦には手紙に記して伝えてあった。
別に好き好んで、直接伝えなかった訳ではない。現在、キーフェルが住む王都までは、ヒュッセライン領から馬車で五日のロンドルフ領よりもさらに遠いのだ。準備期間の二カ月では行く時間も暇も無かったからであって。
だから、仕方無く、渋々、手紙という手段を取らざるおえなかった。
まあ、そうした事を頭の片隅では気に掛けていたので、こうした直接話せる機会が設けられたのは良かった――と思っておこう。
ユクシャは手紙にも書いた事を話す。
ロンドルフ公爵ロベルトが結婚の話を持ってきた事。
令嬢カナリーの将来に頭を痛めている事。
結婚に伴い、多額の金がヒュッセラインに渡った事。
話は進み、手紙は書かれていない事まで。
近況。此処ロンドルフ公爵邸での暮らしについて。
兎に角思い付く限りを話した。
「――という感じです。はい」
ユクシャはふかふかなソファーの上で正座をして悄然としていた。
キーフェルもプラテーンもそれはそれは怒っている――心配掛けた事を起因とした怒り――ので、反省する様子を見せていないとさらに怒りを買ってしまい兼ねない。
なんでこんなに割の良い話を家族みんなで反対するのか。ユクシャの内心は不平不満たらたら。ああ、でも。
キーフェル達にまで反対されるのは何となく嫌だな、と思ってしまう。
ユクシャは恐々――振りだけど――顔を上げてキーフェルとプラテーンの顔を交互に見る。
「父さん達みたいに反対する?」
聞けば、二人は顔を見合わせ、揃って溜め息。
「そりゃするさ。結婚前なら、ね。でも、今更になって、反対もないだろ?」
結婚前に会いに来れなかった時点で反対云々も言える資格はない、とキーフェルは肩を竦める。
つまり、反対しないと解釈していいのか。
「ありがとう」
ユクシャの顔がぱっと明るくなった。
訳ありの結婚だろうと何だろうと結婚は祝福してほしいものである。
「――但し、心配はするよ」
釘をさされたユクシャは真剣な表情を作り、何度も頷いた。
大事な話が終わったと判断して、ユクシャは正座を解いて向かいのソファーに移動する。
こちらの方が話がしやすいだろうから。
すると、部外者でもないのに兄弟を見守る様子を見せていたプラテーンは身を乗り出す。
「で、で、ユクシャ。結婚生活はどうなの?楽しい?」
期待の眼差しを送られても困るのだが。
「楽しいとか、感じないかな。カナリーさ…ん、とは顔見知りって間柄だし」
前後撤回して、結婚について反対したくなった。
結婚したばかり――新婚なのに、楽しくないとか有り得ない。
思わず、プラテーンのみならず、キーフェルも難しい顔をしたが、続くユクシャの言葉で一気に弛んでしまった。
「キーフェル兄さん達みたいなラブラブじゃないよ」
途端、結婚して一年ちょっとの二人は頬を上気させる。
「ラブラブってやだ。もう」
プラテーンは薔薇色に、キーフェルもほんのりと頬を染めた。互いに目を見つめ合わせて、照れたように笑う。
甘酸っぱい雰囲気。これぞ、正しい新婚さんの様子が目の前で繰り広げられる。
ユクシャとカナリーでは絶対に醸し出せない光景。
「まあ。そこん所は置いといて」
キーフェルは話題の転換を謀ろうと咳払いをする。
「そんな結婚生活の事聞いちゃったら、やっぱり心配だよ」
話は戻って、ラブラブの件の前から、らしい。
「何かあったら、直ぐに兄さんも頼るんだよ。それに――」
キーフェルはまた懐を手紙をユクシャの前に、ユクシャが送った手紙の隣に並べる。
今度は複数の手紙にユクシャは首を傾げる。これが何なのか。
「父さん達からもくれぐれも宜しく頼むってお願いされてるし。こっち、父さんからの手紙」
確かに見覚えのあり過ぎる、それは父の字。
心配するあまり、キーフェルに往復十日以上は掛かる手紙を二通も送っていたようだ。
因みにユクシャには今の所、結婚後の家に無事着いた、との知らせが一通のみ。ロンドルフ公爵に遠慮してるのかもしれない。
「勿論、父さんから宜しくされなくても、同じ事を言ったから、ね」
キーフェルは茶目っ気たっぷりに目配せを送ってくる。うん、うん、と頷いては同意を示すプラテーン。
まあ、多分。それこそ要らぬ心配であろうが、家族の気遣いにユクシャの胸がほっこりと暖かくなった。
近日中に手紙を出して、ヒュッセライン領の家族を安心させようと決める。
そんな考えを巡らすユクシャの斜め前で、話の途中から、どことなく悩むような仕種を見せていたプラテーンが口を開く。
「困ったら真っ先に頼れってさ。それってつまりは――」
悩んでいるような顔でもあり、面白がっているような顔でもあり、何とも形容し難い表情で。
「実家に帰らせていただきます、って奴とも言わない?」
実家に帰らせていただきます、それはあれか。嫁が家出する時の常套句で必殺技の事か。
ユクシャに用いるのら用法からして間違って――いないのかもしれない。
ヒュッセラインの家は実家と言えば、実家だ。それにロンドルフ公爵家の婿でもある。普通の嫁と同じ立場だ。
しかし、これは。
「あべこべだよね」
「うん、あべこべだね」
キーフェルと言い合うユクシャはこれでもかと不満を露わにした。
家族としては些細な事でも、兎に角何かあったら頼ってほしいのだろう。が、ユクシャの性格からして、家族を頼るのは最後の最後になる、はずだから、ある意味では正しい。
それがどんな場面なのか、よく分からないし、想像すら出来ないけど。
理解出来ても納得いかない、と眉間に寄った皺が消えない。
「ね、そうでしょ?これってさ、逆さで可笑しくない?」
プラテーンは吹き出したと思ったら、大きく笑い出した。
何がそんなにも笑いのつぼだったのか、お腹を抱えて爆笑している。
彼女の、さっきの形容し難い表情は可笑しさを堪えて、神妙な表情を作ろうとして失敗していた、という訳だったのだ。
そんなに可笑しくも大笑いするものでもない、と思う端からユクシャにも笑いがこみ上げてくる。
プラテーンの背中を摩って笑いの発作を治めようとしているキーフェルも笑い出しそうに顔が歪んでいるではないか。
結局気付けば、三人して、声を上げて笑ってしまっていた。
ロンドルフ公爵邸にユクシャの明るい笑い声が響いたのは、これが初めてだった。
◇◆◇◆◇◆
キーフェル兄夫婦の訪問中でも、ユクシャは午前の授業は恙無く、しっかりと受けた。
知識不足を認識している身として、勉強の重要性を理解していた。
何処となく上の空だったのは目を瞑ってもらいたい。
授業をこなしたユクシャは今日ばかりは、その日の内に終わらせる宿題を後回しにした。
やっぱりキーフェルとプラテーンと少しでも長く過ごしておきたかったから。
広い屋敷の移動をもどかしく思いながら、ユクシャは走る手前ギリギリの早歩きで応接間に戻って来た。
「入るよー」
ノックもそこそこに、中からの応対も待たず、扉を開ける。
相手が身内なので肩の力が抜けきった行動になってしまう。
だというのに、部屋に入ったユクシャはぽかんと口を開けて間抜けな顔になってしまった。
有り得ない光景を見たような。
「あ、お帰りー」
「勉強、終わったんだ?」
楽しそうな笑顔で手まで降って出迎えてくれるキーフェルとプラテーンは問題無い。
目を疑ったのは、その向かい――ユクシャが座っていた場所だ。
「…なんで」
何で、此処に居るはずのない人物がいるのか。
ユクシャは思わず、素っ頓狂な大声を上げる。
「何で、カナリー様が居るんですかー!?」
ソファーに座っていたカナリーからは不愉快そうな目を向けられた。
驚きのあまり、ついつい様付けで呼んでしまったからなのだろうが、ユクシャはそこには気が回らなかった。
だって、仕事に行っていたはずのカナリーが、昼前の時刻で、しかも、この場に居る訳がないのだ。
なのに、なんで普通にソファーに座って、キーフェル達の相手をしてたみたいな感じなのか。
もう訳が分からない。
他者視点の兄さんと、ユクシャ視点の兄さんを書きたかったので(序)を入れました、実は。
今頃、ぼそりと呟きます。




