12.入り婿と予期せぬ来訪者来る!?(1)
「え、お客さん、ですか…?」
ユクシャは困惑と不信を表情にも声にも露わにしてしまった。冬の空を思わせる、淡い空の色の、彼の瞳には隠しきれない不安が揺ぐ。
それはそうだろう。ロンドルフ公爵邸を訪ねてきた客人がユクシャに会いに来た、と言っている、らしい。全くもって心当たりがない。
まあ、おかげで纏わり付いていた眠気がどこかに吹き飛んでしまったのだが。
当人ですらこの調子なので、知らせを持ってきた使用人もどのようにすればいいのか分からない、そんな様子でおずおずと続きを口にする。
「はい。ヒュッセラインの方だと仰っているですが」
ユクシャの家族だと言われても。
まず、幼い弟妹は考えるまでもなく外す。両親も有り得ない。気軽に何日も留守に出来る程の暇はない、はず。それは兄家族達にも言えるが、――あ。
ユクシャは天井を見上げるような仕草をしてから立ち上がった。
このままソファーに座っていても埒があかないし、名指しされている以上行かなければならない。それに心当たりにも至った。
「行きます。いいですよね?」
今は、朝食後で勉強の時間までの空いた時間だった。
居間で姿勢良く背筋を伸ばして、襲い来る欠伸を噛み殺しているだけのユクシャだったが、念の為に控える侍女にも確認を取ってみる。
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」
案の定、快く若夫婦の居間から見送られたけど。
ロンドルフ公爵邸は広いだけあって、部屋数も当然のように多い。ユクシャには、まだまだ把握し切れない部屋だらけである。
◇◆◇◆◇◆
何処の、何の、応接間なのか分からないので、使用人に案内してお願いして向かった。
使用人を顎で使う日なんて来るのかと言いたくなる腰の低さで道すがら、客人の事を聞いた。
客人は、若い男女の二人組。
心当たりが益々確信を深めて、多分そうなんだろう、くらいになる。
使用人の後ろを歩いていたユクシャは足を止めた。この時は分からなかったが、応接間まで後少しのところだった。 角を曲がった先。向こうまで続く、扉が並ぶ長い廊下の途中。ロベルトとニフリートが居た。
客人の一報を聞いて、様子を見に来たのだろう。ユクシャは考えもしなかったが、好奇心をくすぐられた故の行動で、有り体に言えば、盗み見だったりする。
尊い身分にはあるまじき行動をするロンドルフ公爵夫婦はユクシャがやって来たのに直ぐに気付いて、さっと廊下の片側を開けた。
どうぞ、どうぞ、と通り抜けるように目だけで示される。
頭を下げる使用人に釣られてユクシャも会釈をしてから、通り過ぎた。
そこから五歩も進まない扉の前で立ち止まった。ここが応接間であるようだ。
「こちらでお待ちになってます」
案内を終えた使用人が後ろに下がり、自然とユクシャだけが扉の前に立った。
ユクシャは周囲の視線を感じながら、ノックをし、ノブを回す。
「失礼します。お待たせし――」
最後までは言い切れなかった。
応接間に一歩足を踏み入れた瞬間、誰かに、抱き付かれる。
勢い良く来られたものだから、ユクシャはたたらを踏んでよろけそうになってしまい、言い掛けた言葉を呑み込んで踏ん張るしかなかった。
驚きで固まった――のは僅かな間。
胸元に抱き付く誰かの白菫色のくるくるした髪の毛が目に入る。
途端、ユクシャは表情が嬉しそうな笑顔に様変わり。微笑みや困ったような笑みとは違う、ロンドルフ公爵邸では見た事がない喜びよう。
「やっぱり!」
思った通りと言う声すら弾んでいる。
対して、客人の一人はユクシャの胸元から顔を上げないまま。
「心配しちゃったんだからね」
湿っぽい声。抱き付かれているユクシャにしか分からないが、その身体も、微かに、本当に触れ合っているから分かるくらい震えている。
どう反応を返すものか、悩むユクシャの背中に回っていた女性の手が徐に動く。
「そんなユクシャは――」
背中をゆっくりじっくり這う指にユクシャは身を固くする。なんか嫌な予感。
見上げてくる女性は涙の跡など無い顔でにっこりと笑う。
「擽りの刑よ!覚悟っ!!」
女性の手がわしゃわしゃと巧みに動いて、脇腹を擽り出す。
「ぎゃっ、止め!止めて…!」
ユクシャは蛙の潰れたような声を皮切りに強制的なゲラゲラ笑いを引き出される。
唯、擽るだけと思うなかれ。知り尽くしたユクシャの弱い所を的確に突いてくるのだ。やられる側にはそれこそたまったものではない。
「ちょっ…そこ、駄目だっ、て…!無理無理、ギブ!ギブ!ギブアップ!」
脇腹、脇の下、二の腕の裏側を擽られ、ユクシャは身体を捻る。
捻りこそはするものの女性から離れような動きではない。
「まだまだー!」
「うわっ」
まんま幼い子供の戯れ。
閉める事を忘れられた扉の向こうで顔を見合わせるロベルトとニフリート。
あら、カナリーが見たら修羅場になりそうだったのに。
今は――。でもまあ、仲良しさんらしいし。いいんじゃないかな。
なんて思ってるかは知らないが、この場から離れ難いのは確かなようだ。
不思議そうな二人の前で応接間の遣り取りはユクシャが笑い疲れる前に強制的に終わった。
「――そろそろ許してあげなよ」
咳払いとともに、べりっと女性が引き剥がされる。
肩で息を繰り返すユクシャは笑い地獄から助けてくれた、もう一人の客人の男性と自然と向き合う形に。
そんなユクシャが辛そうに見えたのか、男性は宥めるようにユクシャの頭を撫でる。
頭を撫でられる行為は子供の頃ならともかく成長した今では子供扱いされてるようなもの。だというのに、ユクシャは目を細めている甘受している。
骨張った大きい手が離れる際には、物足りなさそうですらあった。
瞬き一つで消えたそれにしっかり気付いた男性は戻し掛けた手でもう一度ユクシャの髪をぐしゃりと混ぜた。
「久しぶり。良い子とは言い難いみたいだけど」
ユクシャは不満げに口を尖らせる。
「良い子ってそんなに年、違わないし子供扱いは反対ー」
直後の行動とは正反対の言葉。
次に動いたのはユクシャであった。
女性の時とは違って、今後はユクシャの方から男性に抱き付いた。
抱き付く、なんて真似をするから子供扱いされるのだと分かる。分かってはいるのだが。
「本当に久しぶり!」
久しぶりに会うのだし、これくらいは目を瞑ってほしい。
何しろ男性に至っては彼が故郷を出た時以来なのだし。
「来てくれて嬉しいよ、兄さん」
ユクシャは男性の肩に顔を埋めながら、歓迎の言葉を口にした。
という訳で――本日ロンドルフ公爵邸にユクシャの兄と兄嫁が来訪。




