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11.入り婿と予期せぬ来訪者来る!?(序)


 一番鶏が鳴く頃。


 ロンドルフ領の都市ワイアードでパン屋を営む店主は起床する。

 隣で同じく上半身を起こした妻と軽く口づけを――朝の挨拶を交わして、身支度を整えた。

 朝食の前に夫婦で連れたって向かうのは表の店舗の厨房で。言うまでもなく、パンの仕込みである。


 先ずは竈に火を入れて。

 数時間、若しくは数十分前に産みたてほやほやの卵――わざわざ郊外の養鶏場から届けて貰っている――のと、こちらも厳選した小麦粉、水、そして酵母菌、諸々をこね合わる。

発酵の工程を経て、当店自慢のパン生地が完成。これを分割、それぞれ成形して、竈の中へ。

 この作業を店主夫婦は黙々とこなし、店頭に並べるパンを次々と作っていく。


 一通りのパンが竈で焼き作業に入った所で夫婦は店頭の準備に取り掛かる。

店頭内を丁寧に掃除をして、籠に並べたパンを陳列する。

美味しそうな香ばしい匂いが充満する。今日も良い出来である。

 開店準備がある程度済んだここで妻が一旦家に戻る時間になった。


「じゃ、ちょっと」

「ああ。行ってくるといい」


 きっと、まだ夢の中の子供達を起こして、朝食を食べさせなければならないのだ。

 夫婦二人っきりの店と同時に家事までも行う妻を快く送り出すのは当然の事。

 奥に消えていく妻の姿を見送り、半端なパンで朝食を簡単に済ませた店主がエプロンを外して次に行ったのは店先の掃除。

 石畳を箒で掃きながら、同じ様に店先の掃除をする両隣さん達と挨拶を交わして、そのまま世間話になる。

 せっせっと口と手を動かしつつ、頭の片隅にあるのは奥の住居部分。


 店主の我が子達は非常に寝坊助で、声を掛けられようが、身体を揺さぶられようが、そんなちょっとやそっとでは起きやしない。

 最終的には痺れを切らした妻により、掛け布をひっぺ剥がされて、寝台から落ちる羽目になるのだ。

 その際の妻の大声が響く事、響く事。商店街中に聞こえるのもまた常。


 考え事をしている間に元々綺麗であった店先の掃除は直ぐに終わってしまう。ゴミらしいゴミは花弁と枯れ葉くらいのもの。

 両隣さんは店に入って行ったが、店主だけは残って空に登る太陽の位置で時間を確認するが、開店時間と定めている朝の鐘の音まで未だあるようだった。

 勤勉な店主は時間までゆっくり一休憩、なんて出来ないので、残りの時間はは花壇の世話に費やす事にした。

 掃除同様、せっせっと手入れに精を出す、この花壇であるが、実はパン屋が所有していて草花を植えた訳ではない。

 では、誰の物なのか。敢えて、それを言うならば、ワイアード全ての町民の物であろう。種を蒔くのは役人でも、世話をするのは町民なのだから。

 ワイアードのあちらこちらで綺麗に咲く花々は、こうして維持されていくのである。


――と、ここまではいつもと変わらない朝。


 水おけで花に水を遣る店主の背中に声が掛けられたのは、このすぐ後であった。


「すいませーん。ちょっと聞きたいんですが」


 その前にしていた軽い足音と声から、若い女性のようだ。


「はい?」


 振り返れば、店主の予想通りの若い女性が立っていた。

 くるくるとした白い菫色の髪に、黄緑色の瞳。

 可憐な容姿はここら辺では見た事が無い顔。が、少しも不思議に感じない。

 王都から程近いロンドルフ領には、手頃な景勝地としての一面もある。観光客の一人や二人くらい歩いているのが普通なのだ。


 当たりを付けた店主はにこやかに応じる。

 たとえ、パン屋の客で無かろうと、観光客なら大事にしなくては。

観光客はロンドルフ領の客、が商店街の総意である。


「何ですか?」

「あの、領主様のお屋敷ってどこにありますか?」


 領主館はワイアードで一番立派な建物であるが、観光には適さない、と思うが。

 店主の未だ知らない、最近の流行りなのだろうか。


「大通りを真っ直ぐですよ」


 道を指し示した店主に、女性は申し訳無さそうに頭を降って否定した。


「いいえ。そこじゃなくて、領主様の住んでるお屋敷の方で」


 わざわざロンドルフ公爵邸を訪ねる人間がかなり少ないのは誰だって知っている。

 店主が顔を顰めたのが分かったのか、女性は慌てて理由を話した。


「あ、おかしな意味じゃないですよ。この人」


 この人、と女性が自身の背後の男性を指で差した。

 そこで初めて男性が居て、店主は目を丸くする。全く気付かなかったのだ。

 女性のすぐ後ろに居たはずなのに、何でこうも目を向けなかったのか。

 飴色の短髪に勿忘草と同じ色の瞳の男性はよく、本当によく見れば、整っていた顔立ちをしている。が、どうにも優しそうな印象の方が先に立つ。


「おはようございます」

「どうも」


 爽やかに男性の会釈をされて、会釈を返す店主は下を向いてみて、顔には出さずに驚いた。

男性は帯剣していたのだ。

 ローゼダゼン国で堂々と帯剣を許されているのは、騎士だけである。

陛下より剣を授けられ、いついかなる時も民を守る、と誓った、騎士のみだ。

 なんと、まあ。頼りなさそう騎士様。


 そんな騎士の男性が理由の続きを口にする。


「弟がロンドルフのお屋敷にお世話になってるので会いに来たもので」


 騎士なら信頼は出来る、と少し安心。理由も納得出来る。

 同時に弟さんとは何年も会っていないのだろう、なんて勝手な推測までしちゃう。


「そうだったのか。なら、ロンドルフ公爵様がいらっしゃるのは丘を超えた向こうだよ」


 ロンドルフ公爵邸の場所を教えるだけでなく、二人の心配までし始める店主。


「足はあるのか?歩いても行けるが、広場からなら馬車があるが」


 店主の気遣いに、男女は顔を見合わせ、同じように笑う。

少し困ったような笑みで。


「平気です。馬を預けてますから」

「はい。心配ありません」


 ね、と男女は首を傾げる。鏡に写ったかのように左右対称で同じ角度だった。


「ありがとうございました」


 お礼を言った男女は、その後パン屋の客になって、幾つかのパンを買い求めていった。

 その中には新作のパン――特産の果実を生地に練り込んだ――があって、喜ばしい限り。


「では、お邪魔しました」


 指を絡めて、手を繋いだ男女が店から出て行くと、花の世話の途中で応対していた店主はしみじみと呟く。


「不思議な人だった」


 不思議と言うか奇妙と言うか。

 女性の可憐さはどこか浮き世離れした感じで、姫とか令嬢とかがしっくり来る。

まあ、ややくたびれた外套等から察するに、男女はどちらも一般庶民なのだろうが。

 男性はどうしても騎士には見えない。

 並んだ姿は姫と騎士、ではなくて、姫と従者、だった。


 考えに耽る店主。そこへ――。


「いい加減にしなさーい!!」


 妻の怒鳴り声。

 ああ、今日もまた寝坊助共は起きれなかったようだ。


 毎度の事に苦笑していた店主ははっと急にせかせかと動き出した。

 のんびりしている暇等はなかったのだ。急がなければ、時間はあっという間に過ぎてしまう。



 ◇◆◇◆◇



「もう直ぐね…」


 少しばかり緊張を含んだ女性に、男性は気もそぞろで応える。


「うん。我が弟ながら、とんでもない事をしでかしてくれたよ」


 男性は外套の上から、懐に入れた手紙に手を当てる。

 それはそれこそ、何度も読み返した、目玉が飛び出るくらいに仰天した内容の手紙。

 やっと手紙の送り主に問い詰める事が出来る。



 後もう少しで――。


題にある通り、これは続きます。

そして、すいません。ユクシャもカナリーも出てきません。今回はお休み、です。


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