第21話 雷鎧
――あの砦を襲撃してから、三日が経った。
結果だけを言えば、砦の襲撃そのものは上手くいった。
オークロードとオークジェネラルを討伐し、残っていたオークたちもほとんど片付けることができた。
……ただし。
あまり大した情報は得られなかった。
砦そのものも、オークたちが森の中に作った簡素な拠点という以上のものではなかった。
何か特別な道具があるわけでもない。
人間の文字が書かれた資料が残っているわけでもない。
そもそも、なぜあそこに砦を築いたのかすら分からない。
調査隊が持ち帰れた情報は、思っていたよりずっと少なかった。
そして、その報告を冒険者ギルドへ持ち帰った結果――。
「オークロードの件は……まぁ、突然変異だろう」
フリークさんは、そう結論づけたらしい。
オークロードが魔法を使ったこと自体は不可解。
だが、現時点ではそれ以上の情報がない。
ならば、突然変異によって通常とは異なる能力を得た個体だった、と考えるしかないということだった。
そして、もう一つ。
スタンピードの可能性についても話し合われたらしい。
オークの集落。
多数のオーク。
そして、通常とは異なる能力を持ったオークロード。
確かに気になる要素はある。
だからといって、今すぐスタンピードが起こると断定できるほどの証拠もない。
そのため、冒険者ギルドとしては警戒を続けながら、しばらく様子を見ることになったそうだ。
これ以上、大規模な対策をする予定はないらしい。
(まぁ、そんなものか)
俺としても、それならそれでいいと思った。
今のところ、何かが起こっているという確証はない。
なら、必要以上に騒ぐ理由もないだろう。
――それよりも。
俺には、この三日間で気になることが一つあった。
「雷鎧」
最近、冒険者たちが俺をそう呼んでいる。
最初に聞いた時は、正直よく分からなかった。
誰かが勝手に呼び始めたのだろうと思っていたのだが――。
「どうして俺が『雷鎧』なんですか?」
そう聞いたところ、ラウさんが少し苦笑しながら教えてくれた。
「サルドさんたちが広めたみたいですよ」
「サルドさんたちが?」
「はい。ヴァルゼル様が雷の鎧を纏って戦い、オークロードを倒したって」
「ああ……」
俺は納得した。
確かに、あの時の俺は雷装を使っていた。
身体の周囲を雷が走っていたから、外から見れば雷の鎧を纏っているようにも見えるだろう。
「しかも、そのオークロードは突然変異と見られる個体だったんですよね?」
「そうらしいですね」
「それで『雷鎧』ですか」
「はい。いつの間にか、そう呼ばれるようになったみたいです」
どうやらサルドさんたちが、他の冒険者たちに話したことがきっかけらしい。
それが酒場やギルド内で噂になり、気づけば俺の名前のように使われ始めた。
「ちなみに、サルドさんにも二つ名があるんですよ」
「へぇ」
「『剛力』です」
「……なんか、そのまんまですね」
「本人も気に入ってるみたいですよ」
確かに、サルドさんには似合っている。
大盾を構えたあの巨体。
あれだけの力で戦うなら、『剛力』という二つ名が付くのも分かる。
「そもそも、二つ名ってそんなに簡単につくものなんですか?」
「いえ。普通はそうでもないですよ」
ラウさんはそう言って説明してくれた。
この世界で、二つ名というのは強者の証のようなものらしい。
特に冒険者の場合、長く活動して実績を積み重ねたり、何か大きな功績を残したりすると、いつの間にか周囲から呼ばれるようになることがある。
そして、その呼び名が広く定着すると――正式な二つ名として冒険者ギルドに認められることもあるらしい。
「正式に認められれば、ギルドカードにも刻印されます」
「ギルドカードに?」
「はい」
俺は自分の冒険者カードを見る。
今のところ、そこには俺の名前やランク、職業などが記載されているだけだ。
「じゃあ、『雷鎧』って正式な二つ名なんですか?」
「いえ、まだですね」
「まだ?」
「今は、この街の冒険者たちがそう呼んでいるだけですから」
ラウさんによると、正式な二つ名として認められるには、それなりに広く知られている必要があるらしい。
今の俺の場合、『雷鎧』と呼んでいるのは主にブレートの冒険者たち。
そのため、現状ではこの街で通用する呼び名、といった程度らしい。
「なるほど」
俺はカードを眺めながら頷いた。
正式な二つ名ではない。
けれど――。
「まぁ、それでも二つ名で呼ばれるのは嬉しいですね」
「そうでしょうね」
ラウさんが笑う。
「冒険者にとっては、二つ名を持つこと自体が一つの目標になる人もいますから」
「へぇ……」
俺は改めて『雷鎧』という言葉を頭の中で転がした。
雷鎧。
悪くない。
むしろ、結構気に入った。
正式に認められたら、ギルドカードに刻印してもらうのも面白そうだ。
――そんな話をしていた時だった。
「そういえば、ヴァルゼル様」
「はい?」
「半年後に、王都で闘技大会が開催されるんですが……参加してみませんか?」
「闘技大会?」
思わず聞き返す。
「はい。この国の首都にあるコロシアムで開催される大会です」
ラウさんによると、半年後に王都のコロシアムで大規模な闘技大会が行われるらしい。
この国だけではなく、近隣の国からも腕自慢の冒険者や戦士が参加するという。
「へぇ……」
俺の中で、何かが引っかかった。
近隣の国。
腕自慢。
そして――戦い。
「面白そうですね」
「出てみます?」
「出ます」
即答だった。
「決めるの早くないですか?」
「楽しそうなので」
ラウさんが苦笑する。
「ちなみに、優勝者には賞金が出ます。それと、実績によっては騎士爵を授けられることもあります」
「騎士爵……」
それはそれで興味深い。
この世界の爵位については、まだ詳しく知らない部分も多い。
だが、冒険者として活動する以上、実績になるなら悪くない。
何より――。
「近隣の国からも参加するんですよね?」
「はい」
「じゃあ、いろんな強い人と戦えるってことですか?」
「そういうことになりますね」
「それは楽しみです」
半年後。
それまでの間、何をしようか。
俺は少し考える。
そして、一つの目標を決めた。
「とりあえず、それまでにBランクまで上げようかな」
「Bランクですか?」
「はい」
今の俺はDランク。
闘技大会に出るなら、せっかくだから冒険者としてのランクも上げておきたい。
それに――。
Bランクになれば、受けられる依頼も増える。
いろいろな魔物とも戦えるだろう。
「それじゃあ、まずはCランクを目指しましょうか」
「頑張ってください」
こうして、俺は半年後の闘技大会に向けて、Bランク昇格を目標にすることにした。
◆
――そんなことを考えていたら、いつの間にか朝になっていた。
「……朝か」
俺は窓の外を見る。
空が少しずつ明るくなっている。
どうやら考え事をしているうちに、時間がかなり経っていたらしい。
俺は身支度を整える。
魔槍を腰に携え、宿を出た。
向かう先は、いつもの冒険者ギルドだ。
◆
冒険者ギルドに到着し、扉を開く。
「おはようございます」
中へ入った瞬間――。
「……あ、雷鎧だ」
「昨日の話、本当なのか?」
「オークロードを一人で倒したって聞いたぞ」
「Aランクパーティと一緒だったんだろ?」
そんな声が聞こえてきた。
「……まだ話してるのか」
俺は少しだけ呆れた。
あの砦を襲撃してから三日。
未だに話題にされているらしい。
飽きないな、この人たち。
まぁ、悪い気分ではないけど。
俺はそのまま受付へ向かった。
「ラウさん!」
「あ、ヴァルゼル様。おはようございます」
「おはようございます」
俺は受付の前に立つ。
「何か良い依頼ってないですか?」
「良い依頼ですか?」
ラウさんは依頼書を確認する。
「今のところ、ヴァルゼル様にちょうどいい依頼は……」
そこで何かを思い出したように顔を上げた。
「……そういえば、ヴァルゼル様って商隊の護衛をしたことはありませんよね?」
「ないですけど……」
「なら、ちょうどいいですね」
ラウさんが一枚の依頼書を取り出した。
「ちょうど募集している商隊の護衛依頼が残っているんです」
「商隊の護衛ですか」
「はい」
俺は依頼書を受け取って内容を見る。
どうやらブレートから別の街まで商隊に同行し、魔物や盗賊などから商人たちを守る依頼らしい。
「これ、受けられますか?」
「もちろんです。ヴァルゼル様なら問題ないと思います」
ラウさんが依頼書を受け取る。
「では、こちらで受注しておきますね」
「お願いします」
「明日の依頼になりますので、明日の朝、北門にある商隊の集合場所へ向かってください」
「分かりました」
「集合時間には遅れないようにしてくださいね」
「あと、その護衛依頼は隣町まで、半日あれば着くところなので、飲み物と武器を持参するだけでいいですよ」
「はい、分かりました!」
俺は頷く。
これまで魔物討伐ばかりだった。
商隊の護衛というのも、少し違った経験ができそうだ。
「では、また明日」
「はい。お気をつけて」
俺はラウさんに手を振り、冒険者ギルドを出た。
◆
さて。
今日はどうしようか。
明日の朝までは特に予定がない。
なら――。
「魔物でも倒しに行くか」
向かう先は決まっている。
魔の森だ。
ただし、今日はいつもの場所ではない。
もっと奥へ行ってみることにした。
これまで魔の森では、街からそれほど離れていない場所で活動していた。
だが、今回は違う。
あの砦を見つけた場所よりも、さらに奥。
そこにはどんな魔物がいるのか。
どれほど強い魔物がいるのか。
少し興味があった。
「せっかくだし、Bランク昇格に使えそうな魔物がいるといいな」
そんなことを考えながら、南門へ向かう。
南門を出る。
周囲を見渡す。
近くに人の姿がないことを確認する。
「よし」
俺は地面を蹴った。
身体が一気に宙へ浮かぶ。
翼を広げる必要すらない。
魔力を足元へ集中させ、そのまま空へ駆け上がる。
眼下にブレートの街が広がる。
そして、その向こうには――。
どこまでも広がる魔の森。
「今日は結構奥まで行ってみるか」
俺は速度を上げた。
風が身体を通り抜けていく。
木々が次々と後方へ流れていく。
街から離れ、森の奥へ。
さらに奥へ。
まだ見たことのない場所を目指して、俺は空を飛び続けた。
――魔の森の、さらに深い場所へと。




