第20話 ロード
――今日は、砦を襲撃する日だ。
朝。
俺はいつものように支度を済ませ、テントを出た。
今日の目的は明確だ。
昨日発見した、オークたちが築いたと思われる砦。
そこにいる可能性が高いオークロードを討伐し、砦を制圧する。
その後、研究者たちが調査できるように、必要な物を持ち帰る。
それが今回の調査に与えられた役割だった。
「おはようございます」
俺が声を掛けると、サルドさんが振り返った。
「おう、おはよう」
「今日もよろしくお願いします」
「ああ。今日は昨日までより危険になる可能性が高い。気を抜くなよ」
「分かりました」
サルドさんのパーティのメンバーにも挨拶をする。
ラースさん。
ミリアさん。
ロイドさん。
全員がすでに戦闘の準備を整えていた。
サルドさんは大盾を背負い、ラースさんは剣を腰に差している。
ミリアさんも杖を手にしていた。
ロイドさんはいつものように周囲を警戒している。
俺も背中に魔槍を携える。
「……よし」
準備は整った。
そして、出発の時間になる。
「行くぞ」
サルドさんを先頭に、俺たちは設営地を出発した。
───
森の中を進んでいく。
昨日までよりも慎重に進んでいるからか、移動速度はそれほど速くない。
周囲を警戒しながら進み、魔物の気配があれば一度止まる。
ロイドさんが先行して安全を確認し、その後を俺たちが進む。
そんなことを繰り返しているうちに、昨日見つけた場所が近づいてきた。
そして――
木々の向こう側に、あの砦が見えた。
「……あったな」
サルドさんが小さく呟く。
俺も砦を見る。
昨日と変わらない。
歪な石壁。
木材で作られた足場。
そして、その周囲を歩くオークたち。
数はかなり多い。
「……結構いるな」
ラースさんが呟く。
「昨日見た時より多く感じる」
「砦の中にもいるだろうな」
サルドさんが盾を構え直した。
俺は魔槍へ手を伸ばす。
(さて……)
昨日の話では、あの砦にはオークロードがいる可能性がある。
だったら――
(最初は援護でもして、ロードが出てきたら割って入って倒せばいいかな)
俺はそんなことを考えていた。
我ながら、かなり呑気な考えだ。
だが、オークロードがどれほど強いのか、実際に戦ってみなければ分からない。
少なくとも、俺にとってはそれほど心配する相手ではないだろう。
「全員、集まってくれ」
サルドさんが小声で言った。
俺たちはその場に集まる。
「これから砦を襲撃する」
サルドさんが地面に簡単な図を描いた。
「正面から全員で突っ込むのは危険だ。まず、遠距離から魔法を撃つ」
そして砦を指差す。
「できるだけ大規模な魔法を叩き込んで、ロード以外のオークを可能な限り減らす」
「その後、生き残ったオークを俺たちが倒す」
ラースさんが続ける。
「ロードが出てきたら、俺たちで対応する」
「それでいいと思います」
ミリアさんも頷いた。
俺も頷く。
「分かりました」
「よし」
サルドさんが立ち上がった。
「――作戦開始だ」
───
俺とミリアさんが前へ出る。
ミリアさんは杖を構え、魔力を集中させ始めた。
周囲の魔力が少しずつ集まっていく。
詠唱も始まった。
「我が求めるは灼熱の炎……」
俺はその隣で魔槍を握った。
俺も魔法を使う。
だが――
ミリアさんに合わせることにした。
俺だけ先に撃てば、作戦の意味が薄くなる。
それに、せっかくだ。
この人がどれくらいの魔法を使うのかも見てみたい。
詠唱が続く。
炎の魔力がどんどん膨れ上がっていく。
そして――
「――いきます!」
ミリアさんの詠唱が完成した。
「炎獄!」
巨大な炎の塊が、砦へ向かって飛んでいく。
その瞬間。
俺も魔力を解放した。
「――万雷」
空が暗くなる。
ゴロゴロゴロゴロ――。
黒い雷雲が、一瞬にして砦の上空へ広がった。
「……え?」
ミリアさんが空を見上げる。
次の瞬間。
――バァンッ!!
雷が落ちた。
一条。
二条。
三条。
それどころではない。
次々と雷が砦へ降り注ぐ。
轟音が森全体に響き渡った。
――ドォン!!
――バァン!!
――ゴロゴロゴロッ!!
砦の周囲にいたオークたちが混乱して逃げ惑う。
そこへミリアさんの炎魔法が突っ込んだ。
炎が砦の一部を包み込み、さらに雷が追い打ちをかける。
「…………」
俺たちの後ろにいたサルドさんたちが、完全に固まっていた。
「おいおい……」
サルドさんが引き気味に呟く。
「これ、本当にDランク冒険者が使う魔法か?」
ラースさんも唖然としている。
「……俺、人生であんな魔法見たことないぞ」
俺はそんな二人を気にすることなく、砦を見ていた。
「……結構残ってるな」
煙の向こう。
まだ動いている影がある。
オークロード。
そして――
「オークジェネラルもいるな」
黒い身体をしたオークが、瓦礫の向こうから姿を現した。
どうやら、あの攻撃を耐えたらしい。
「なるほど」
俺は魔槍を構えた。
いよいよ戦闘開始だ。
───
「来るぞ!」
サルドさんが叫ぶ。
生き残ったオークたちが一斉にこちらへ向かってきた。
オークナイト。
オークアーチャー。
そして、オークジェネラル。
その後方には、さらに巨大なオークがいる。
あれが――
「オークロードか!」
ラースさんが叫んだ。
「俺たちはロードをやる!」
サルドさんが盾を構える。
「ミリア、援護を頼む!」
「分かった!」
ロイドさんも武器を構えた。
「俺はジェネラルを……」
「いや」
俺が口を挟む。
「ジェネラルは俺がやります」
「……ヴァルゼルが?」
「はい」
サルドさんは一瞬迷った。
だが、すぐに頷く。
「分かった。頼む!」
俺は前へ出た。
その瞬間――
「――雷装」
身体の周囲に青白い雷が走る。
バチッ。
バチバチッ。
身体が軽くなる。
視界が一気に鮮明になる。
「…………」
その姿を見たサルドさんが、思わず目を見開いた。
全身を覆うように走る雷。
それはまるで、身体そのものを守る鎧のようだった。
「……まるで、雷の鎧のようだ……」
サルドさんが、誰に聞かせるでもなく小さく囁く。
だが、俺はそれを気にすることなく、オークジェネラルへ視線を向けた。
オークジェネラルが斧を振り下ろした。
俺は横へ飛んで避ける。
――ドォン!
地面が大きく抉れた。
「おお」
前に戦った個体より強い。
少なくとも、そう感じる。
ジェネラルが咆哮し、再び斧を振るう。
俺は魔槍で受け流した。
金属音が森に響く。
――ガキィン!
そのまま横薙ぎ。
ジェネラルは身体を捻って避ける。
「……なるほど」
思ったより動ける。
俺は速度を少し上げる。
雷装によって強化された身体が、一気に前へ出る。
ジェネラルが斧を振る。
避ける。
魔槍を振る。
防がれる。
距離を取る。
また突っ込む。
そんな攻防が続く。
「……」
俺は少し楽しくなってきていた。
前に倒したオークジェネラルより、明らかにしぶとい。
こちらが手加減しているとはいえ――
「二十分近く戦えてるのは、普通に凄いな」
俺は思わず感心した。
その一方で――
「…………」
ロイドさんが少し離れた場所からこちらを見ていた。
俺が雷装を発動した瞬間から、なぜか距離を取っている。
「ロイドさん?」
「……いや」
ロイドさんは苦笑した。
「ちょっと、近くにいると巻き込まれそうだからな」
そう言って、さらに距離を取った。
まぁ、いいか。
俺は再びジェネラルへ向き直った。
「そろそろ終わらせるか」
俺は魔槍を構える。
ジェネラルが斧を振り上げる。
俺はその懐へ入り込み――
一閃。
ジェネラルの動きが止まった。
そのまま巨体が地面へ倒れる。
「……終わり」
俺は魔槍を軽く振って、付着したものを払う。
そして、サルドさんたちの方を見る。
「…………」
そこで俺は気づいた。
「……あれ?」
サルドさんたちの戦況がおかしい。
───
「――くっ!」
ミリアさんが後ろへ下がった。
腕には傷がある。
「ミリア!」
サルドさんが叫ぶ。
「大丈夫!」
ミリアさんが答えるが、明らかに苦しそうだ。
サルドさんもラースさんも、押されている。
「……なんで?」
俺はロイドさんを見る。
「何があったんですか?」
「……あいつだ」
ロイドさんがロードを見る。
「オークロードが、魔法を使っている」
「魔法?」
「そうだ」
ロイドさんの表情が険しい。
「オークロードが魔法を使うなんて、俺は聞いたことがない」
俺もロードを見る。
確かに、オークロードの周囲には魔力が集まっている。
そして――
「……あれは」
ロードが腕を振る。
次の瞬間、巨大な魔力の塊が飛んできた。
サルドさんが盾で受け止める。
「ぐっ……!」
――ドォン!!
衝撃でサルドさんの身体が後ろへ押し込まれる。
「ありゃ……」
俺は少し驚いた。
これは確かに厄介だ。
報告にはなかった能力。
しかも、普通の魔物が使う魔法とは思えない威力だ。
「ヴァルゼル!」
ミリアさんが叫ぶ。
俺はすぐに動いた。
「――雷装」
バチバチバチッ!!
一瞬で加速する。
ロードとサルドさんたちの間へ割って入った。
「サルドさん」
俺はロードを見据えたまま言う。
「離れていてください」
「だ、だが――」
「俺が倒します」
「しかし、あいつは……」
俺はサルドさんを見る。
そして、少し冷たい声で言った。
「サルドさん……」
一歩前へ出る。
「邪魔だと言っているのが分からないんですか?」
「…………」
サルドさんが固まった。
「サルド、下がれ!」
ラースさんがサルドさんの腕を掴み、後ろへ引っ張る。
「今は任せるぞ!」
「……ああ」
サルドさんが下がった。
俺は改めてロードを見る。
「さて……」
魔槍を握り直す。
「お前、魔法まで使えるのか」
ロードが咆哮する。
そして、その巨体でこちらへ突っ込んできた。
───
「――雷槍」
俺は魔槍を突き出した。
雷の槍がロードへ向かって飛んでいく。
直撃。
――バァン!!
だが。
「……効いてない?」
ロードは止まらない。
多少の傷はある。
しかし、致命傷には程遠い。
「なるほど」
俺は魔槍を握り直す。
どうやら、普通の雷槍では足りないらしい。
だったら――
「直接やるか」
地面を蹴る。
雷装で強化された身体が、一気に加速する。
ロードもこちらへ向かってくる。
普通なら、正面からぶつかるような戦い方をするべきではない。
だが――
「遅い」
俺はロードの拳を紙一重で避ける。
そのまま横へ回り込み、魔槍を振るう。
――ガキィン!
ロードの腕に当たる。
「硬いな」
俺は少し笑った。
ロードが振り返る。
また拳。
避ける。
魔槍。
避けられる。
雷槍。
防がれる。
また接近。
また離れる。
戦闘は続いた。
───
――二十分ほど。
俺とオークロードの戦いは続いていた。
いや。
正確には、俺が遊んでいるだけなのだが。
ロードの攻撃は確かに強い。
魔法も使う。
身体能力も高い。
普通のAランク冒険者なら、かなり苦戦するだろう。
だが――
「……そろそろ飽きたな」
俺は小さく呟いた。
ロードが咆哮する。
そして、巨大な魔力を集め始めた。
「それを待つ必要もないか」
俺は雷装へ魔力をさらに流す。
身体の周囲を走る雷が、さらに激しくなる。
――バチバチバチバチッ!!
次の瞬間。
俺の姿が消えた。
「――なっ!?」
後方から声が聞こえる。
サルドさんたちの声だ。
俺はロードの正面にはもういない。
雷装によって一気に加速し、ロードの背後へ回り込んでいた。
ロードが振り返ろうとする。
だが――
「遅い」
俺は魔槍を横に構えた。
そして、そのまま横薙ぎに振り抜く。
――一閃。
ロードの動きが止まる。
そして、その巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
戦いは終わった。
俺は魔槍を下ろした。
「……終わったか」
周囲を見る。
戦場には、先ほどまでの騒音が嘘のような静けさが戻っていた。
俺は魔槍を眺める。
「やっぱり、これいいな」
最近、買ったばかりの魔槍。
今日はジェネラルとロードを相手にした。
それでも、まだ魔槍には傷一つない。
「イデルさん、凄い武器を作ったなぁ」
そんなことを呟きながら、俺は砦の方へ目を向けた。
――まだ、今回の調査は終わっていない。
この砦に何があるのか。
なぜオークたちはここに砦を築いていたのか。
そして――
なぜオークロードは、報告されていなかった魔法を使えたのか。
それを確かめる必要がある。
俺たちは、砦の内部へ足を踏み入れることになった。




