第19話 砦
――魔の森の調査、二日目。
朝になった。
昨日の夜、テントの中で他の冒険者たちと少し話をした。
その時に分かったことがある。
昨日の戦闘で感じていたことでもあるのだが――
やはり、あの四人は普段から同じパーティを組んでいるらしい。
サルドさんが前で敵の攻撃を受け、その隙にラースさんが攻撃する。
ミリアさんが後ろから魔法で援護し、ロイドさんが周囲を警戒する。
それぞれの役割がはっきりしている。
だからこそ、昨日あれだけ自然に連携できていたのだろう。
「まぁ……俺には関係ないか」
俺は小さく呟いた。
俺は一人で戦うことがほとんどだった。
そもそも、誰かと連携して戦う必要があるほど強い相手と戦ったこともない。
……いや。
人間界では、そういう戦い方も覚えておいた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はテントから出た。
───
「サルドさん、おはようございます」
「おう、おはよ」
外へ出ると、すでにサルドさんが朝食の準備をしていた。
「他の皆さんも、おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
それぞれから返事が返ってくる。
昨日と同じように朝食を済ませ、装備を確認する。
武器。
防具。
食料。
調査用の道具。
そして、魔道具。
全員が準備を終えたところで、アルカさんが地図を広げた。
「今日は昨日より少し奥まで進みます」
「昨日よりか」
ラースさんが地図を覗き込む。
「はい。ただし、昨日よりも魔物の危険度が上がる可能性があります。何か異常を感じた場合は、すぐに報告してください」
「了解」
サルドさんが盾を持ち上げる。
「じゃあ、行くか」
こうして二日目の調査が始まった。
───
魔の森の中を進んでいく。
昨日よりも少しだけ奥へ。
木々の間を抜け、足場の悪い場所を進み、魔物の痕跡を確認していく。
しかし――
「……特に異常はないな」
ロイドさんが周囲を見ながら呟いた。
「魔物はいますけどね」
ミリアさんが答える。
確かに、魔物とは何度か遭遇した。
だが、昨日と同じだ。
こちらへ襲い掛かってくる魔物を倒し、必要な情報を記録する。
俺も何度か戦闘に参加した。
「――雷槍」
俺が放った雷の槍が魔物へ飛んでいく。
魔物はその場に倒れた。
「……相変わらず凄いな」
ラースさんが少し離れたところから言う。
「ありがとうございます」
俺はそう返した。
とはいえ、今回も俺は基本的に援護役だ。
前衛にはサルドさんとラースさんがいる。
俺がわざわざ前に出る必要もない。
……まぁ、できれば今日は魔槍でちゃんと戦ってみたかったのだが。
そんなことを考えているうちに、時間が過ぎていった。
ふと空を見上げる。
太陽はすでに真上を通り過ぎている。
「そろそろ戻りましょう」
アルカさんが言った。
「これ以上進むと、帰る頃には暗くなります」
「そうだな」
サルドさんも頷く。
俺たちは今日の調査を切り上げ、設営地へ戻ることになった。
───
帰り道も特に大きな問題は起こらなかった。
魔物が何体か襲ってきたが、難なく討伐する。
そして、設営地へ戻る頃には――
空が赤く染まり始めていた。
「今日は何もなかったな」
ラースさんが言う。
「今のところは、な」
サルドさんが返した。
「……今のところ?」
「魔の森で『何もない』ってのは、逆に怖い時もあるからな」
「なるほど」
俺は少しだけ森の奥を見る。
木々が重なり、その先は暗くて何も見えない。
あの奥には、一体何があるのだろうか。
「明日はもっと奥へ行くんだよな」
「その予定です」
アルカさんが答えた。
「では、今日は早めに休みましょう」
───
設営地へ戻ると、昨日と同じように夕食を作った。
焚き火の周りに集まり、食事をしながら今日の調査結果について話し合う。
「今日のところは、特に目立った異常はありませんでした」
アルカさんが記録を確認しながら言う。
「オークの数は相変わらず多いですが……」
「それ以外は?」
サルドさんが尋ねる。
「今のところはありません」
「なら、明日だな」
サルドさんが焚き火を見ながら言った。
「もっと奥まで行けば何か見つかるかもしれない」
「そうですね」
俺は料理を食べながら、明日のことを考えていた。
もっと奥。
つまり、今日まで誰も詳しく調べていない場所へ行くということだ。
「明日は、ちゃんと前衛で戦えるといいんだけどなぁ」
思わずそんなことを呟く。
「何か言ったか?」
ラースさんがこちらを見る。
「いえ、何でもないです」
俺は笑って誤魔化した。
そして、その日の夜も結界の魔道具を使って眠ることになった。
───
――三日目の朝。
いつものように目を覚ました。
……正確には、俺は眠る必要がないので、目を閉じていただけなのだが。
外へ出ると、すでに何人かが準備を始めていた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
サルドさんたちに挨拶をする。
今日の目的地は、昨日よりさらに奥。
当然、それだけ危険も増える。
朝食を済ませ、装備を確認する。
俺は魔槍を手に取った。
「……今日は使えるかな」
昨日までは援護程度しかしていない。
せっかく買った魔槍だ。
できれば今日は、ちゃんと前衛で戦ってみたい。
「よし」
準備を終えた俺たちは、三日目の調査へ出発した。
───
森の奥へ進んでいく。
昨日までとは明らかに違う。
道はさらに悪くなり、木々も密集している。
ロイドさんは何度も立ち止まり、周囲を確認していた。
「この辺りからは、少し注意した方がいい」
「何かいるのか?」
ラースさんが尋ねる。
「まだ分からない。ただ、魔物の痕跡が増えている」
「……そうか」
全員が少しだけ警戒を強めた。
俺も周囲を見渡す。
特に変わったものは見えない。
それでも、森の空気が昨日までとは違うように感じた。
しばらく進む。
そして――
さらに一時間ほど歩いた頃だった。
「……ん?」
木々の隙間から、何かが見えた。
最初は大きな岩かと思った。
だが、違う。
明らかに人工物だ。
「……あれは?」
俺が呟いた、その瞬間。
「――止まれ」
サルドさんの声が響いた。
今までとは明らかに違う。
低く、鋭い声だった。
全員の足が止まる。
「どうしたんですか?」
ミリアさんが小声で尋ねる。
サルドさんは前方を睨みつけたまま答えた。
「……あれを見ろ」
俺たちは身を低くしながら、木々の隙間から前方を見る。
そこには――
砦があった。
ただ、人間が作る砦とは少し違う。
石を積み上げているものの、形が歪だ。
綺麗に整えられた城壁ではない。
巨大な石を無理やり積み上げたような壁。
ところどころに木材が組み込まれ、粗雑な見張り台まで作られている。
だが、それでも明らかに人為的に作られたものだった。
「……砦?」
ラースさんが呟く。
「いや……」
サルドさんが目を細める。
「ここに砦があるって話は聞いたことがない」
「じゃあ、誰が……?」
ミリアさんが言葉を止めた。
その答えを考えるまでもない。
森の中。
大量に確認されているオーク。
そして、人工的に作られた砦。
「……オークか」
ロイドさんが小さく呟いた。
その瞬間。
サルドさんがさらに声を落とした。
「気をつけろ」
「……」
「――オークロードがいるかもしれない」
空気が一気に張り詰めた。
俺は砦を見つめる。
何がいるのか。
どれだけいるのか。
まだ何も分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
あそこには、これまで俺たちが相手にしてきた普通の魔物とは違う何かがいる。
「今日は……もう時間が微妙だ」
サルドさんが空を確認する。
「ここから調査して、何かあった場合に戻れなくなるのはまずい」
「では……」
アルカさんが言う。
「今日は戻りましょう」
「そうする」
全員が頷いた。
俺も砦から目を離した。
「……分かりました」
気にはなる。
だが、無理に近づく必要はない。
俺たちは慎重に来た道を戻り始めた。
───
設営地へ戻る頃には、空はすでに夕暮れになっていた。
俺たちは全員がテントへ戻ると、すぐに話し合いを始めた。
テーブルの上には、簡単な地図が広げられている。
「まず、あの砦が何なのかを確認する必要があります」
アルカさんが言った。
「ただ、サルドさんの話ではオークロードの可能性がある」
「間違いなく可能性はある」
サルドさんが頷いた。
「オークがあれだけ多い。そして、砦まである。普通のオークの集落とは考えにくい」
「そもそも、オークロードって何なんです?」
俺が尋ねる。
「……そうか。ヴァルゼルは知らないのか」
ラースさんがこちらを見る。
「オークロードっていうのは、オークの上位種の一つだ」
「上位種」
「そうだ」
ラースさんは地図を指でなぞりながら説明を続ける。
「オークメイジ、オークアーチャー、オークナイト――そういう中位級の進化種を多数従える」
「……軍隊みたいなものですか?」
「その通り」
ラースさんが頷く。
「普通のオークの集団とは違って、オークロードは部下を組織的に動かすことができる」
なるほど。
つまり、ただ強いだけではない。
知能も高く、集団を指揮できるということか。
「それだけでも厄介なんだが……」
ラースさんの表情が少し険しくなる。
「オークロードそのものも、Aランク級の魔物だ」
「Aランク……」
「しかも、Aランク級の魔物の中でも、それなりに強い部類に入る」
俺は少しだけ興味が湧いた。
「そんなに強いんですか?」
「Aランク冒険者でも、負けることは珍しくない」
なるほど。
俺が今まで倒してきた魔物とは、かなり違うらしい。
「ただ、俺たちは一度戦ったことがある」
サルドさんが口を挟んだ。
「俺たちのパーティでオークロードを討伐したことがある」
「勝ったんですか?」
「ああ」
サルドさんが頷く。
「だから、もし本当にオークロードがいたとしても、戦うこと自体は不可能じゃない」
その言葉を聞いて、俺は少し安心した。
少なくとも、経験のない相手ではないらしい。
「それで、明日はどうする?」
ミリアさんが尋ねる。
アルカさんが地図を見る。
「研究者はここで待機します」
「俺たちだけで行くのか?」
ラースさんが尋ねる。
「はい。まず冒険者の皆さんだけで砦を調査し、必要であれば制圧してください」
「制圧……つまり、砦を落とす?」
「そうなります」
アルカさんが頷く。
「砦を制圧した後、内部にあると思われる重要な物などを回収してください。そして、ここへ戻ってきてください」
「それから街へ戻る、と」
「はい」
明日の行動予定が決まっていく。
俺は地図を見ながら、明日のことを考えた。
オークロード。
オークナイト。
オークメイジ。
オークアーチャー。
今までの依頼とは、明らかに違う。
そして――
ようやく前衛で戦えるかもしれない。
「……楽しみだな」
思わず口元が緩む。
「何か言ったか?」
ラースさんがこちらを見る。
「いえ、何でもないです」
俺は慌てて表情を戻した。
だが、内心では明日のことを考えるだけで少し興奮していた。
せっかく買った魔槍。
せっかく身につけた雷装。
それを思う存分試せるかもしれない。
「明日は……ちゃんと戦えるといいな」
俺はそう呟いた。
───
話し合いが終わると、夕食を済ませた。
明日はこれまで以上に危険な場所へ向かう。
そのため、いつもより早めに休むことになった。
俺もテントへ入り、魔槍を手元へ置く。
「明日はこれを使うことになるかな」
黒い穂先を眺める。
昨日、初めて使った時の感覚が蘇る。
雷装。
魔槍。
そして、まだ試していない戦い方もある。
「……楽しみだ」
そう呟き、俺は目を閉じた。
こうして、魔の森での三日目が終わった。
そして翌日――
俺たちは、あの砦を落とすために動き出すことになる。




