第18話 調査隊
――調査隊を派遣する日の朝。
俺はいつものように朝の支度を済ませ、冒険者ギルドへ向かっていた。
今回の依頼は、以前フリークさんから頼まれていた魔の森の調査だ。
オークの集落。
その中にいたオークジェネラル。
そして、魔の森の方から感じられた魔力の異常。
あれがスタンピードの前兆なのか。
それを調べるのが今回の目的らしい。
「……まぁ、何があるかは行ってみないと分からないか」
そう呟きながら、俺はギルドへ向かった。
───
ギルドへ到着すると、いつもの受付にラウさんがいた。
「あ、ヴァルゼル様。お待ちしておりました」
「おはようございます」
「おはようございます。調査隊の皆さんはすでに集まっていますので、二階にある会議室までご案内しますね」
「お願いします」
「では、こちらへ」
ラウさんの後ろについて階段を上る。
普段は依頼を受けたり、報酬を受け取ったりするだけなので、二階へ来ることはあまりない。
階段を上り切ると、廊下の奥に一つの部屋があった。
ラウさんが扉を開ける。
「皆さん、ヴァルゼル様をお連れしました」
「お、来たか」
部屋の中には、すでに何人かの冒険者と研究者らしき人たちが集まっていた。
俺を含めて、冒険者は五人。
研究者は三人。
合計八人の調査隊らしい。
「それでは、簡単に自己紹介をお願いします」
ラウさんに促され、俺たちは順番に自己紹介を始めた。
───
「俺からでいいか?」
最初に立ち上がったのは、大柄な男だった。
身長も高く、身体には分厚い鎧を身につけている。
背中には大きな盾。
見るからに頑丈そうだ。
「俺はサルド。Aランク冒険者だ。職業は重戦士。まぁ、簡単に言えば前衛で敵の攻撃を受ける役だな」
なるほど。
いわゆるタンクというやつか。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
俺がそう返すと、サルドは軽く頷いて席に戻った。
次に立ち上がったのは、一人の男。
「ラースだ。Bランク冒険者。剣士をやっている」
腰には一本の剣。
サルドほど大柄ではないが、身体つきはしっかりしている。
「前衛はサルドだけじゃ足りないこともあるからな。俺も前に出る」
「よろしくお願いします」
ラースが座る。
続いて、女性が立ち上がった。
「ミリアです。Aランク冒険者で、魔法士をしています」
落ち着いた雰囲気の女性だった。
杖を持っており、いかにも魔法使いといった格好をしている。
「主に後衛から魔法で援護します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
そして最後に立ち上がったのは、細身の男だった。
「ロイド。Bランク冒険者だ。職業は盗賊」
盗賊。
そう聞くと少し物騒な響きがあるが、本人の説明によると戦闘だけが仕事ではないらしい。
「俺は偵察が主な仕事だ。足跡を探したり、周囲の状況を確認したり、危険を先に見つけたりする。今回みたいな森の調査では、それなりに役に立つと思う」
「なるほど」
これで冒険者四人。
そして――
「最後はヴァルゼル様ですね」
ラウさんに促される。
「ヴァルゼルです。Dランク冒険者で、魔剣士です。よろしくお願いします」
俺が簡単に自己紹介すると、何人かの視線が俺へ向いた。
当然だろう。
Aランクが二人。
Bランクが二人。
そこにDランクが一人。
どう考えても、俺だけ場違いに見える。
「……Dランク?」
サルドが小さく呟いた。
「今回の調査は危険があるかもしれない。無理はするなよ」
「分かっています」
俺はそう答えた。
俺はDランク冒険者としてここにいる。
それで十分だ。
───
「それでは、研究者の方々もお願いします」
次に三人の研究者が自己紹介を始めた。
「アルカです。魔物の生態や分布について研究しています」
最初に立ち上がったのは女性だった。
「今回の調査では、魔物の種類や数、行動の変化などを記録します。特にオークの集団について詳しく調べる予定です」
続いて、男性が立ち上がる。
「ジーノです。魔の森における魔力濃度や、魔物の発生について研究しています」
魔力濃度。
なるほど。
今回の調査は、単純に魔物を倒すだけではないらしい。
最後にもう一人。
「ミルダだ。主に魔物の生息地域や、過去の記録との比較を担当している」
こうして、全員の自己紹介が終わった。
───
「それでは、今回の調査について説明します」
アルカがテーブルの上へ地図を広げた。
そこには魔の森の簡単な地図が描かれている。
「今回の調査期間は四日間です」
「四日か」
「はい。今日は魔の森まで移動して野営地を作ります。本格的な調査は明日から三日間です」
アルカは地図の一部を指差す。
「明日から、この周辺を中心に調査します」
「目的はオークの集落の確認か?」
サルドが尋ねる。
「それもあります。ただし、それだけではありません」
アルカは首を横に振った。
「魔物の種類、数、生息域。そして、普段と違う行動をしていないかを確認します」
「つまり、スタンピードの兆候があるかどうかってことだな」
ロイドが言う。
「はい」
アルカが頷いた。
「特に今回、オークの集落からオークジェネラルが確認されています。通常の生息状況と比べて異常がないかを確認する必要があります」
「オークジェネラルがいるだけで、スタンピードになるのか?」
ラースが尋ねる。
「それだけでは判断できません」
今度はジーノが答えた。
「ただ、魔物の集団が通常とは異なる動きをしている場合、何らかの異変が起きている可能性があります」
「なるほどな」
俺は地図を見る。
スタンピード。
この前フリークさんから聞いた話だ。
大量の魔物が一斉に移動し、人間の街や村を襲う。
もし本当に起きれば、かなり面倒なことになりそうだ。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょう」
アルカの言葉で、会議は終わった。
───
ギルドを出発したのは昼前だった。
俺たちは街の南門から出て、魔の森へ向かって歩いていく。
俺は最後尾に近い位置を歩きながら、周囲を見渡していた。
サルドとラースが前衛。
ミリアはその少し後ろ。
ロイドは隊列の周囲を確認しながら進んでいる。
そして研究者たちは中央。
どうやら、戦闘になった場合に研究者を守れるような配置らしい。
「ヴァルゼル」
隣を歩いていたラースが声を掛けてきた。
「はい?」
「お前、魔剣士なんだよな?」
「そうです」
「武器は……槍?」
腰に携えた魔槍を見る。
「はい。昨日買いました」
「槍なのに魔剣士ってのも珍しいな」
「魔剣士っていうのは、剣を使わないといけない職業ではないらしいですよ」
「へぇ……」
ラースは少し興味深そうに魔槍を見た。
「まぁ、武器が何であれ、自分に合ってるならいいか」
「そうですね」
それだけ話すと、ラースは前へ戻っていった。
俺は再び歩きながら魔の森を見る。
遠くに見えていた木々が、徐々に近づいてくる。
────
しばらく歩くと、魔の森へ到着した。
「ここから先は、少し注意してください」
ロイドが周囲を確認しながら言う。
「魔物の数が増えてくる」
「分かった」
サルドが盾を構え直す。
俺たちはそのまま森へ入っていった。
森の中は外から見るよりも広く感じる。
木々の間から差し込む光。
地面に積もった落ち葉。
湿った土の匂い。
時折、遠くから魔物の鳴き声が聞こえてくる。
俺は周囲を見渡した。
「……結構いるな」
森へ入ってから、それほど時間が経っていないというのに、何度か魔物の姿を見かける。
幸い、こちらへ襲いかかってくる魔物は少なかった。
近づいてきたものだけを、サルドやラースが処理していく。
ミリアが魔法を使う場面もあった。
俺は基本的に後ろから眺めているだけだった。
俺なら一瞬で終わる戦闘でも、普通の冒険者にとってはそうではない。
攻撃を避ける。
盾で受ける。
隙を見て剣で攻撃する。
魔法で援護する。
ロイドが周囲を確認する。
それぞれが役割を持って動いている。
「……なるほどな」
少し興味深かった。
俺一人なら、こんな戦い方をする必要はない。
だからこそ、こういう普通の冒険者たちの戦いを見るのは新鮮だった。
───
森の中をしばらく進み、アルカたちは魔物の痕跡を調べ始めた。
「ここに足跡があります」
アルカが地面を指差す。
「オークですね」
ミルダが記録用の紙へ書き込んでいく。
「この大きさなら……成体か」
「周辺にもあります」
ロイドが少し離れた場所から声を掛ける。
「こっちにもオークの足跡がある」
「……やっぱり多いですね」
アルカが呟いた。
「ええ」
ジーノも周囲を見渡す。
「通常の魔の森でもオークは珍しくありませんが……」
「少し多すぎる、ということか?」
サルドが尋ねる。
「まだ断定はできません」
アルカはそう答えた。
「ただ、少なくとも記録に残っている過去の調査結果と比べると、オークの遭遇率が高いように思えます」
「つまり……」
ラースが言葉を続ける。
「何かがおかしい?」
「その可能性はあります」
アルカは記録を続けた。
俺も周囲を見渡す。
確かに、今日だけでも何度かオークを見かけている。
昨日俺が倒した集落のこともある。
「……偶然なのか?」
俺は小さく呟いた。
もちろん、俺がその集落を潰したことは誰にも言っていない。
だが、今こうして調査していると、少しだけ気になってくる。
俺が倒したあの集落以外にも、オークが大量に存在しているのだろうか。
「今日はこの辺りまでにしましょう」
アルカが空を見上げた。
木々の隙間から見える空が、少しずつ赤くなっている。
「暗くなる前に野営地へ戻りましょう」
「了解」
俺たちは調査を切り上げ、朝に設営した野営地へ戻ることにした。
───
野営地へ戻ると、全員で夕食の準備を始めた。
薪を集め、火を起こす。
鍋を置き、簡単な料理を作っていく。
森の中で食べる食事は、街の食堂で食べたものとはまた違った。
「こういうところで食う飯も悪くないな」
サルドが料理を口に運びながら言う。
「明日はもっと奥まで入るんだろ?」
「はい」
アルカが答える。
「明日は今日よりも長い時間、調査を行う予定です」
「魔物も増えるだろうな」
ロイドが周囲を見る。
「だから俺は早めに寝る」
「お前は寝るのか?」
ラースが笑う。
「当たり前だろ。明日寝不足で森を歩き回りたくない」
そんな会話を聞きながら、俺も食事を口に運ぶ。
最近、人間の食事が少し楽しみになってきた。
悪魔に食事は必要ない。
それでも、美味しいものを食べるのは悪くない。
「そういえば、夜の見張りはどうする?」
ミリアが尋ねる。
「今回はこれを使います」
ジーノが小さな魔道具を取り出した。
地面に置くと、淡い光が周囲へ広がっていく。
「結界の魔道具です。一定範囲内に何かが侵入すると反応します」
「それなら安心だな」
サルドが頷いた。
「もちろん、完全に安全というわけではありません。ですが、見張りを置かなくてもある程度は対応できます」
「じゃあ、今日は全員寝るか」
そうして、その日の夜は見張りを立てずに眠ることになった。
俺はテントの中へ入り、ベッド代わりの寝袋へ横になる。
「……まぁ、俺は寝なくてもいいんだけどな」
小さく呟く。
悪魔である俺には、睡眠は必要ない。
だが、周囲に合わせて目を閉じるくらいなら別に構わない。
今日の調査で分かったことは、まだ少ない。
ただ――
オークが妙に多い。
それだけは、研究者たちも感じているようだった。
「明日はもっと奥か……」
俺はそう考えながら、目を閉じた。
そして、静かな夜が魔の森を包んでいった。
――翌日。
俺たちは、さらに魔の森の奥へ進むことになる。




