第17話 雷装
昨日、魔槍を買ってくれたことを思い出しながら、イデルは工房の中で一人考えていた。
「…………」
視線の先にあるのは、昨日までそこに飾られていた魔槍の置き場所。
当然、そこに魔槍はもうない。
だが、イデルの脳裏には、その姿がはっきりと残っていた。
(あの魔槍は、儂の人生で一番の傑作なのだがなぁ……)
長い鍛冶人生の中で、数え切れないほどの武器を作ってきた。
剣、槍、斧、鎧。
中には王侯貴族から注文を受けて作ったものもある。
それでも、あの魔槍だけは別格だった。
(できることなら、あれを超えるものを作りたいのぉ……)
そう思ってしまうのは、ドワーフの性なのだろうか。
ドワーフは普通の人族よりも長く生きる。
それでも、限りある寿命には変わりない。
(ドワーフの寿命が人族より長いことなど百も承知なのだが……)
(あれ以上の物を作りたいと思ってしまうのぉ)
鍛冶師として生きている以上、一度最高傑作を作ってしまえば、それを超えたいと思うのは当然なのかもしれない。
そして、イデルにはもう一つ願いがあった。
(イデルの名を、この国だけではなく……もっと広めたいものだが……)
自分が作った武器が、この国の外でも使われる。
それを想像すると、自然と口元が緩む。
しかし――
(何と言っても……寿命が足りんのぉ)
そう呟き、イデルは苦笑した。
だが、それでも昨日の客のことを思い出すと、少しだけ気持ちが軽くなる。
(あの魔槍も、良い使い手に恵まれそうで良かったのぉ)
あの青年がどれほどの実力を持っているのか。
イデルにはまだ分からない。
ただ、あの魔槍を手に取った時の目だけは覚えていた。
まるで、初めて玩具を手に入れた子供のような目。
武器を買ったことが嬉しくて仕方がない。
そんな顔だった。
(……まぁ、あれほど嬉しそうにしておったのだから、悪い使い手ではあるまい)
そう考えながら、イデルは再び仕事へと戻っていった。
◆
――そして、次の日。
俺は昨日買った魔槍を眺めながら、少し浮かれていた。
「やっぱり……かっこいいなぁ」
黒を基調とした柄。
禍々しさすら感じさせる独特な穂先。
手に持ってみると、不思議なほどしっくりくる。
昨日は買った直後に試し斬りをしてみようかと思っていたのだが、工房を出た頃にはすでに日が落ち始めていた。
街の中でいきなり槍を振り回すわけにもいかない。
結局、試すのは今日までお預けになっていた。
「よし……今日は依頼を受けて、魔物を狩るか」
俺は魔槍を手に取り、昨日から収まらない浮かれた気分のまま冒険者ギルドへ向かった。
◆
ギルドに入ると、相変わらず朝から多くの冒険者がいる。
受付へ向かう前に、依頼が貼り出されている掲示板へ向かった。
Dランク向けの依頼を眺めていると――
「お」
一枚の依頼書が目に入った。
――フォレストボア五体討伐。
Dランクの依頼だ。
(これがちょうど良さそうだな)
魔槍の試し斬りをするには、ちょうどいい。
俺は依頼書を剥がし、受付へ向かった。
いつものようにラウさんのいる受付へ並ぶ。
しばらく待っていると、俺の番が来た。
「ヴァルゼル様、本日はどのようなご依頼を?」
「これをお願いします」
依頼書を渡す。
ラウさんは内容を確認すると、いつものように説明を始めた。
「ヴァルゼル様はフォレストボアの討伐ですね。数は五体になります」
「はい」
「フォレストボアはオークと同様に、肉や皮など全身を利用できます。可能であれば、討伐した個体はそのまま持ち帰って、ギルドの解体士へ渡してください」
「分かりました」
そこでラウさんの視線が俺の横へ移った。
そして、俺が持っている魔槍を見つめる。
「……ところでヴァルゼル様」
「はい?」
「昨日お話しされていた武器の件ですが……」
ラウさんは魔槍を指差した。
「その武器を買われたんですね」
「ああ、これですか?」
「見る感じ……魔槍ですよね?」
「そうですね」
「一体どこで売っていたんですか?」
少し驚いたような顔で聞かれる。
「あー……えっと、イデルっていう人の工房で買いました」
「……え?」
ラウさんの表情が固まった。
「あ、あのイデルですか!?」
「はい……」
「よく売ってもらえましたね!?」
「え?」
俺は魔槍を見る。
「なんか、すごい人なんですか?」
「えっ」
「それに『売ってもらえた』って……なんか、普通は売ってもらえないみたいな言い方ですけど」
「ヴァルゼル様……」
ラウさんは少し身を乗り出した。
「イデルさんというのは、この国で一番の腕を持つと言われている鍛冶師ですよ!!」
「……え?」
「しかも、気に入った相手や、武器を託してもいいと思った相手にしか武器を売らないという話まであるんです!」
「へぇ……」
俺は改めて魔槍を見る。
「でも、イデルさんは普通に気さくな人でしたけど……」
「え?」
「むしろ、毎月持ってきてくれれば整備するって言ってましたよ」
「…………」
ラウさんが固まった。
「……そう、なんですか」
「はい」
「…………」
「……?」
何だろう。
そんなに驚くことなのか?
俺が首を傾げていると、後ろから咳払いが聞こえた。
「ヴァルゼル様……」
「はい?」
「後ろが少し詰まってきていますので……」
「あ」
後ろを見ると、受付を待つ冒険者たちが何人か並んでいた。
「すみません。じゃあ、俺はこれで」
「かしこまりました。では、討伐お気をつけて」
「はい」
俺は受付を離れ、ギルドを出た。
◆
門へ向かう道を歩きながら、俺は腰に下げた魔槍を見る。
「……イデルさんって、すごい人だったんだな」
昨日は普通に話をしていたから、そんなことは全く知らなかった。
この国一番の鍛冶師。
そんな人が作った武器を、自分が持っている。
そう考えると、何となく嬉しくなってくる。
「ますます試したくなってきたな」
俺は魔槍の柄を軽く握った。
◆
街の南門を出る。
しばらく歩いたところで周囲を確認する。
人の姿はない。
俺は魔槍を持ったまま、翼を広げた。
「よし」
地面を蹴る。
次の瞬間、身体が一気に空へと浮かび上がった。
翼を羽ばたかせながら、魔の森へ向かって飛んでいく。
地上からでは見えない場所まで一気に上昇し、周囲を見渡す。
ブレートの街並みが、徐々に小さくなっていく。
そして――
「見えてきたな」
遠くに広がる巨大な森。
魔の森だ。
そのまま飛び続けることしばらく。
一時間もしないうちに、森の上空へと到着した。
「ふぅ……着いたか」
俺は高度を落とし、森の中へ入る。
「さて、これからフォレストボアを探しますか」
◆
それから一時間。
「……なかなか見つからないな」
空から森を見渡しながら探しているのだが、思ったより見つからない。
フォレストボアという名前からして、もっとそこら中にいるものだと思っていた。
「まぁ、探していればそのうち見つかるか」
そう思って飛び続けていると――
「あれか」
木々の間に、何かが動いている。
目を凝らすと、三体のフォレストボアがまとまっていた。
「三体か」
ちょうどいい。
俺は地面へ降り立った。
そして、魔槍を構える。
「さて……初めて使ってみるか」
魔槍へ魔力を流す。
雷属性の魔力が、柄から穂先へと流れていく。
そのまま俺自身にも雷の魔力を巡らせる。
身体能力。
俊敏性。
反射神経。
それらを一気に強化する。
「――雷装」
その言葉と同時に、身体の周囲へ青白い光が現れた。
バチッ。
バチバチッ。
雷が身体にまとわりつくように走る。
「……おお」
思わず声が漏れた。
これはいい。
身体が軽い。
まるで雷そのものになったような感覚だ。
俺はフォレストボアを見る。
「行くか」
地面を蹴る。
――速い。
自分でも驚くほど、一瞬で距離が縮まった。
フォレストボアがこちらに気づいた時には、すでに魔槍の穂先が目の前に迫っていた。
一閃。
――ズッ。
魔槍がフォレストボアを斬り裂く。
「……」
倒れた。
というより、いつ死んだのかすら分からない。
「……すご」
自分でやっておきながら、少し驚いた。
これが魔槍か。
そして、雷装との組み合わせ。
「二体目」
残ったフォレストボアへ向かって走る。
雷を纏った身体が一気に加速する。
魔槍を振るう。
そして二体目。
三体目。
ほとんど時間をかけることなく、三体のフォレストボアを倒し終えた。
「……」
俺は魔槍を見つめる。
「これ、いいなぁ」
正直、かなり気に入った。
昨日買った時もかっこいいと思っていたが、実際に使ってみるとさらに良い。
魔力の通りもいい。
切れ味も申し分ない。
何より、手に馴染む。
「斬撃を飛ばすのも試したかったんだけど……」
すっかり忘れていた。
「まぁ、今回はいいか」
試し斬りとしては十分だ。
ただ――
「……あ」
俺はふと気づいた。
「台車借りるの忘れた」
依頼を受ける時に、ギルドから借りてくればよかった。
目の前には、倒したフォレストボアが三体。
「……やらかしたなぁ」
仕方がない。
俺は身体強化を使い、三体を担ぎ上げた。
「まぁ、これくらいなら持てるか」
そのまま空へ飛び上がる。
◆
それから三十分ほど、空から森を探し回った。
そして――
「あ、いた」
少し離れた場所に、フォレストボアが二体いる。
「今度こそ、斬撃を飛ばしてみるか」
俺は空中で魔槍を構える。
魔槍へ雷の魔力を流し込む。
そして、横薙ぎに振るった。
「――はっ!」
バチバチバチッ!!
槍に込められた雷の魔力が、斬撃となって飛んでいく。
青白い閃光が空を走り――
フォレストボアの首元を通り抜けた。
そのまま二体とも倒れる。
「……おお」
思わず笑みが浮かぶ。
「ちゃんと飛んだな」
魔槍に込めた魔力が、そのまま斬撃として飛んでいった。
これはかなり使いやすい。
イデルが言っていた通り、魔法を使うための杖としても使えるし、武器としても十分すぎる。
「買って正解だったな」
俺は満足げに魔槍を見た。
今日の目的は達成した。
フォレストボアも五体。
依頼も完了。
魔槍の試し斬りもできた。
「帰るか」
俺はフォレストボアを回収し、ブレートへ向かって飛び立った。
◆
しばらく飛んでいると、遠くにブレートの街が見えてきた。
「もう着いたか」
俺は人目につかない場所まで移動し、地面へ降りる。
翼を隠し、身体強化を使ってフォレストボアを担ぐ。
そして、そのまま街の門へ向かった。
門へ近づくにつれ、門兵の視線がこちらへ向く。
「……」
当然だろう。
人間一人が、フォレストボアを五体も担いで歩いている。
門兵も少し訝しそうな顔をしている。
だが、特に声を掛けられることはなかった。
俺はそのまま門を抜け、冒険者ギルドへ向かった。
◆
ギルドへ到着すると、まず解体所へ向かった。
「こんにちは」
「お、ヴァルゼルか」
受付にいたのはゴルドさんだった。
「今日はフォレストボアです」
「……五体か?」
「はい」
ゴルドさんは俺が担いできたフォレストボアを見て、少しだけ目を丸くした。
「相変わらず無茶な持ち方をするなぁ……」
「台車を借りるのを忘れまして」
「なるほどな」
ゴルドさんは苦笑しながらフォレストボアを受け取る。
「解体には少し時間がかかる。証明書はこれだ」
「ありがとうございます」
俺は証明書を受け取った。
「じゃあ、お願いします」
「ああ、任せろ」
俺は解体所を後にした。
◆
次は報酬を受け取るため、ギルドの受付へ向かう。
ラウさんのところへ行こうとしたのだが――
「あれ?」
朝はいたんだけど、今はラウさんがいない。
仕方がないので、別の受付へ並ぶ。
しばらくして順番が来る。
「フォレストボア五体討伐の依頼ですね」
「はい」
証明書を渡す。
受付の人が確認を終えると、報酬を受け取った。
「ありがとうございます」
これで今日の用事は終わった。
まだ日が暮れるには少し早い。
「……どうするかな」
そのまま寮へ帰ってもいい。
だが、せっかく人間の街に来ているのだ。
少しくらいまだ見てない場所を見て回ってもいいだろう。
◆
それから俺は、特に目的もなくブレートの街を歩いた。
商店を覗いたり、武器屋を眺めたり、道行く人を観察したり。
冒険者の街というだけあって、武器を持った人間が多い。
人間だけではない。
エルフや獣人らしき姿も普通に見かける。
「……本当にいろんな奴がいるな」
人間界に来てから、まだそれほど時間は経っていない。
だから、こうして街を歩いているだけでも新鮮だった。
そんなことを考えながら歩いていると――
「……腹、減った気がするな」
ふと、そんな感覚を覚えた。
そういえば。
俺は悪魔になってから、まともに食事をしたことがない。
必要がなかったからだ。
悪魔は食べなくても生きていける。
だが、人間界に来てからというもの、人間たちが食事をしているところを何度も見てきた。
「一回くらい食べてみるか」
そう思い、俺は店を探した。
しばらく歩いていると、一軒の食堂が目に入る。
店先には大きく、
――満腹のしっぽ亭。
と書かれていた。
「……名前からして良さそうだな」
俺はその店へ入った。
「いらっしゃい!」
店内から元気な声が飛んでくる。
中を見ると、冒険者らしき客が何人も座っている。
騒がしくはあるが、雰囲気は悪くない。
「一人なんですけど」
「はいよ! 好きなところにどうぞ!」
俺は適当な席に座った。
メニューを開いてみる。
色々と書いてあるが、何が美味しいのかは分からない。
「……おすすめってあります?」
店員に聞いてみる。
「うちなら今日のおすすめ定食だね! 肉料理が中心だけど、どうする?」
「じゃあ、それで」
「毎度!」
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
焼いた肉。
野菜。
スープ。
そしてパン。
どれも俺にとっては初めて見る料理だった。
「……これが食事か」
俺はナイフとフォークを手に取った。
まず肉を一口。
「…………」
噛む。
肉の旨味が口の中に広がった。
「……うまい」
思わず声が出る。
必要だから食べるわけではない。
生きるために食べるわけでもない。
ただ、食べて美味しい。
それだけなのに、何となく楽しい。
「なるほど……」
俺は次々と料理を口に運んでいった。
気づけば、皿はほとんど空になっていた。
「……悪くないな」
むしろ、かなり気に入った。
食事というものに、こんな楽しみ方があったとは。
俺は代金を払い、満足した気分で店を出た。
◆
その日の夜。
俺は寮へ戻った。
部屋に入ると、魔槍を壁へ立て掛ける。
「今日は色々あったなぁ」
魔槍の試し斬りをした。
雷装も試した。
そして、人間界に来て初めて食事もした。
「……まぁ、楽しかったか」
俺はベッドへ横になる。
悪魔である俺に、睡眠は必要ない。
それでも、ベッドに横になって目を閉じる。
やがて、意識がゆっくりと沈んでいった。
◆
――それから数日。
俺はブレートの街を歩いたり、ギルドで依頼を探したりしながら過ごしていた。
特別大きな事件が起きたわけではない。
フォレストボアの肉を食べたり、街の店を眺めたり。
人間たちの生活を見ているだけでも、俺にとっては十分興味深かった。
そして、そんな日々を過ごしているうちに――
以前フリークさんから言われていた日がやってきた。
魔の森の調査。
オークの集落。
そして、その中にいたオークジェネラル。
あれがスタンピードの前兆なのかどうかを確認するための調査隊だ。
「……今日か」
朝。
俺は寮の部屋で魔槍を手に取った。
昨日までとは少し違う。
今回は、ただの依頼ではない。
何かが起きている可能性がある場所へ向かうのだ。
俺は魔槍を腰に携える。
「まぁ、何があるかは行ってみれば分かるか」
そう呟き、部屋を出た。
こうして俺は、魔の森へ向かう調査隊に参加することになった。
――この調査が、後にブレートを巻き込む大きな騒動の始まりになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。




