第16話 魔槍
あれから二日が経った。
この二日間、俺は何をしていたのかというと――。
まぁ、特に大したことはしていない。
街を歩き回ったり、店を覗いてみたり、ブレートという街がどんな場所なのかを見て回ったりしていた。
人間界に来たばかりなのだから、色々と見ておくのも悪くない。
そんなことをしているうちに、あっという間に二日が経ってしまった。
「そういえば、オークのお金を取りに行かないとな」
ふと思い出した。
俺が討伐したオークの解体と査定が終わるのが今日だったはずだ。
俺は冒険者寮を出ると、冒険者ギルドへ向かった。
* * *
冒険者ギルドに到着する。
扉を開けて中へ入った、その瞬間だった。
「……あ」
何人かの冒険者が、こちらを見た。
そして――。
「おい、あいつじゃないか?」
「あいつ?」
「オークジェネラルを倒したっていう新人だよ」
「マジか?」
「しかも、オークの集落にいた他のオークも雷魔法でまとめて倒したらしいぞ」
「それが本当ならAランク相当の実力になるんじゃないか?」
「3日前に登録したばかりなんだろ?」
「おいおい、冗談だろ……」
……。
俺は何も聞かなかったことにした。
「……」
どうやら、この二日間ギルドに顔を出さなかったのが逆に良くなかったらしい。
知らない間に俺の噂が広がっていたようだ。
「まぁ、気にしなくていいか」
俺は聞こえないふりをしながら、受付へ向かった。
そこには、いつも通りラウさんがいる。
「ラウさん、お久しぶりです」
「ヴァルゼル様。お久しぶりです」
「オークのお金を取りに来ました」
「ああ、査定の件ですね」
ラウさんはすぐに思い出したようだった。
「少々お待ちください」
「はい」
そう言ってラウさんは受付の奥へと向かった。
* * *
数分後。
「お待たせしました」
ラウさんが戻ってきた。
手には何かを書いた紙を持っている。
「こちらをご覧ください」
「はい」
紙を受け取って内容を見る。
「えっと……オークが全部で四十五体で、合計百三十万ゲルトです」
「百三十万……?」
思わず聞き返した。
「はい」
「そんなにもらえるんですか?」
「内訳を説明しますね」
ラウさんが指を差す。
「オークジェネラルが一体で百十万ゲルトになります」
「百十万ゲルト……」
俺は思わず黒いオークの姿を思い出した。
「そして通常のオーク四十四体が合計四十四万ゲルトです」
「そこから解体にかかった費用などを差し引いた最終的な買い取り額が、百三十万ゲルトになります」
「へぇ……」
俺は紙をもう一度見る。
「でも、オークジェネラルってそんなに高いんですか?」
「ええ」
ラウさんは頷いた。
「オークジェネラルの肉は通常のオークよりも質が良く、非常に美味しいと言われています。王族や一部の貴族でも、そう簡単には口にできないほどです」
「そんなに?」
「はい」
「それに、ジェネラルの魔石は魔道具などにも利用できます。肉だけでなく魔石や素材の価値も高いので、どうしても買い取り価格は高くなります」
「なるほどなぁ」
魔物は食料にもなるし、素材にもなる。
なかなか面白い世界だ。
「それなら、受け取ります」
「はい。こちらが百三十万ゲルトです」
ラウさんから代金を受け取る。
「ありがとうございます」
これで俺の所持金は――百三十万ゲルト。
前に教えてもらった貨幣価値を考えれば、かなりまとまった金額だ。
せっかくなので、何か買ってみてもいいかもしれない。
そこで、ふと昨日から気になっていたことを思い出した。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょう?」
「俺って冒険者ギルドに魔剣士として登録したじゃないですか?」
「はい。そう登録されていますね」
「魔剣士って、武器は剣じゃないといけないんですか?」
「いいえ?」
ラウさんは少し首を傾げた。
「別に剣である必要はありませんよ」
「本当ですか?」
「はい。魔剣士というのは、大まかな職業分類ですから」
「へぇ」
「実際、魔剣士として登録されていても、槍や斧などを使う冒険者はいます。魔法と武器を併用して戦うのであれば、基本的には問題ありません」
「それなら良かった……」
俺はほっとした。
「ヴァルゼル様、もしかしてこれから武器を買いに行くんですか?」
「ええ」
俺は苦笑する。
「武器を持っていない魔剣士って、名前負けしてる気がしますし」
「確かに、それはそうですね」
ラウさんも笑った。
「それに、まとまったお金も入りましたからね」
「それなら、職人街へ行くといいですよ」
「職人街?」
「冒険者ギルドから南西方向へ進んだところにあります。武器や防具、道具などを扱う工房が集まっています」
「なるほど」
「きっとヴァルゼル様に合う武器も見つかりますよ」
「情報ありがとうございます」
俺はラウさんに礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
* * *
職人街へ向かう途中。
俺は妙に落ち着かなかった。
なぜなら――。
「何の武器にしようかなぁ」
今までまともに武器を持ったことがない。
いや、魔界では魔法ばかり使っていたし、そもそも俺の場合は素手でも十分戦える。
だが、人間界で冒険者をするなら武器の一つくらい持っていたほうがいい。
「無難に剣かなぁ」
魔剣士という名前にも合う。
だが――。
「槍もいいよなぁ」
俺は昔から槍も好きだ。
「ハルバードもかっこいいし……」
斧も捨てがたい。
「バトルアックスもロマンがあるなぁ」
気がつけば、頭の中で色々な武器を並べていた。
「まぁ、実際に売ってるか分からないし、とりあえず見てみるか」
そうして職人街へ入った。
* * *
職人街には、様々な工房が並んでいた。
鍛冶屋。
武器屋。
防具屋。
魔道具店。
それぞれの店から金属を叩く音や、職人たちの声が聞こえてくる。
「ここなんか良さそうだな」
俺は一軒の工房に入った。
「失礼しまーす」
「おう! よく来たな!」
店の奥から、低い声が返ってくる。
「うちの商品を見るか?」
「はい。見させてください」
「おう、好きに見ていってくれ」
許可をもらった俺は、工房の中を見て回る。
「へぇ……」
壁には様々な剣が並んでいる。
片手剣。
長剣。
大剣。
細身の剣。
見た目も形状も様々だ。
「どれどれ……値段は……」
俺は値札を見る。
「……うっわ」
思わず声が出た。
普通の見た目をした剣でも、十万ゲルトほどする。
「結構するんだな……」
とはいえ、今の俺には百三十万ゲルトある。
十万ゲルトなら買えない金額ではない。
しかし――。
「せっかくだし、もう少し見てみるか」
俺は店の中をさらに見て回った。
槍。
ハルバード。
バトルアックス。
投槍。
投げ斧。
騎槍のような長大な槍。
様々な武器が並んでいる。
「色々あるなぁ」
どれも面白い。
そして、その中でも――。
「……ん?」
店の中央。
他の武器とは少し離れた場所に、一本の槍が置かれていた。
禍々しい。
そう表現するのが一番合っている。
黒を基調とした柄。
そして、独特な形状をした穂先。
十文字槍を思わせながら、どこか薙刀にも似ている。
「……あれ、なんだ?」
気になった俺は、先ほどの店主へ声を掛けた。
「あの~、すみません」
「おう、どうした?」
「あそこにある、中央の禍々しい槍って何ですか?」
「ああ、あれか」
店主は槍を見る。
「あれは魔槍って呼ばれてるもんだ」
「魔槍?」
「そうだ」
店主は槍のところまで歩いていく。
「持ち主が魔力を通すことで、普通の槍よりも切れ味や威力を高められる」
「へぇ」
「それだけじゃねぇ」
店主が穂先を指差す。
「魔力を通すことで、魔法を扱うための補助具としても使える。杖みたいなもんだな」
「なるほど」
「そして一番の特徴がこれだ」
店主が得意げに笑った。
「火なら火。雷なら雷。風なら風って具合に、属性を持った魔力を通せば、穂先にその属性を纏わせることができる」
「おお……」
「その状態なら、普通に突くだけじゃなく、属性を乗せた攻撃を放つこともできる」
「それは……」
俺は魔槍をじっと見つめた。
「かっこいいですねぇ」
「そうだろぉ?」
店主も嬉しそうだ。
「ただな」
「はい?」
「かなりのじゃじゃ馬だ。誰でも使えるわけじゃねぇ」
「へぇ」
「魔力を通せば通すほど性能を引き出せるが、扱える魔力が少ない奴には宝の持ち腐れだ」
「なるほど」
それなら俺には問題ない。
むしろ魔力なら有り余っている。
「ちなみに、値段はいくらなんですか?」
「ああ、あれか」
店主が苦笑する。
「百二十万ゲルトだ」
「……」
俺は固まった。
「うげ、高いなぁ」
「まぁ、そう言うなや」
店主は笑った。
「何せ、俺が打った武器の中でも、あれと同じものをもう一度作れるかどうか分からんくらいの代物だからな」
「え?」
俺は店主を見る。
「同じものを作れないんですか?」
「素材も特殊だし、作るのにえらく苦労した。正直、もう一度作れと言われても自信はねぇ」
「なるほど……」
俺は魔槍を眺める。
「……あの、もしかして」
「ん?」
「ドワーフですか?」
店主の眉が上がった。
「ほう」
「いや、普通の人より身長が低いですし、耳も少し尖ってたので」
「まぁ、そういうこった」
店主は笑った。
「俺はドワーフだ」
「やっぱり」
「よく分かったな」
「なんとなくです」
異世界に来てから初めて会ったドワーフだ。
もっと小さくて髭だらけのイメージだったが、目の前の男は意外と普通の人間に近い。
ただし、体格は人間より一回り小さく、腕はかなり太い。
「百二十万は値下げできねぇ」
「ですよね」
「だが、もし買ってくれるってんなら、今後の手入れは格安でやってやる」
「手入れですか?」
「ああ。武器ってのは使えば使うほど傷む。特に魔力を大量に通す武器ならなおさらだ」
店主は魔槍を見る。
「こいつを長く使うつもりなら、定期的に見せてくれ」
「なるほど」
俺はもう一度、魔槍を見る。
正直に言えば――。
俺の場合、魔法は普通に撃ったほうが効率がいい。
わざわざ槍に魔法を纏わせる必要もない。
だから、実用性だけを考えれば、もっと安い普通の槍でもいい。
でも。
「……かっこいいんだよなぁ」
これが一番大きい。
十文字槍にも似ている。
それでいて薙刀のような雰囲気もある。
見た目も禍々しくて好みだ。
何より――。
「ロマンがある」
俺は小さく呟いた。
百三十万ゲルト。
この槍を買えば残りは十万ゲルト。
しばらく生活するだけなら、すぐに困ることもないだろう。
それに、オークの討伐で金を稼げることも分かった。
「……よし」
俺は決めた。
「決めました」
「お?」
「これ、買います」
「おお! 本当に買うのか!」
「はい」
俺は懐から金を取り出した。
「百二十万ゲルトです。確認してください」
「おう、ちょっと待ってな」
店主は一枚ずつ確認していく。
そして――。
「……確かに百二十万だ」
店主が満足そうに頷いた。
「毎度ありだ」
俺は魔槍を受け取った。
「……おお」
実際に手に持ってみると、思っていたよりもしっくりくる。
「いいな、これ」
魔力を少しだけ流してみる。
槍全体が僅かに反応した。
「……」
俺は思わず笑った。
「面白い」
「おうおう、気に入ったみたいだな」
「あ、そういえば」
俺は店主を見る。
「名前を聞いてませんでした」
「ああ、そうだったな」
店主は胸を張った。
「俺の名はイデルだ」
「イデルさんですね、ヴァルゼルです」
「よろしくな、ヴァルゼル」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
イデルさんと握手を交わす。
「ところでよ」
「はい?」
「ヴァルゼル、お前さん、よく百二十万ゲルトも出せたな」
「あー……」
俺は少し考える。
「色々ありまして」
「色々?」
「オークとか、オークジェネラルとかを討伐しまして……」
「ああ」
イデルさんが納得したような顔をする。
「もしかして、最近街で噂になってる奴か?」
「……まぁ、そうですね」
「雷魔法を得意とする新人冒険者がいるって聞いたぞ」
「そんなに噂になってるんですか?」
「なってるぞ」
イデルさんは笑う。
「しかも、お前さんみたいな将来有望そうな若い冒険者が、この魔槍を買ってくれるんだ」
イデルさんは魔槍を見る。
「こいつも喜んでるだろうよ」
「い、いえ……そこまででは」
「まぁ、いいじゃねぇか」
イデルさんは笑った。
「それと、月に一回くらいはその魔槍を見せに来い」
「月に一回ですか?」
「ああ。どんな使い方をしてるのかも気になるし、武器の状態も見ておきたい」
「分かりました」
「こいつは普通の槍じゃねぇからな。長く使うなら、ちゃんと手入れしてやってくれ」
「分かりました。大事に使います」
「あ、あとその魔槍の銘は『帝ノ号』だ」
「『帝ノ号』ですね、分かりました」
俺は魔槍を握り直した。
「……いい買い物をしたな」
そんなことを思いながら、俺は工房を後にした。
職人街を歩きながら、購入したばかりの魔槍を見る。
「さて……」
これで俺も、ようやく魔剣士らしくなったかな。
そんなことを考えながら、俺はブレートの街を歩いていった。
――この日。
俺は人間界に来て初めて、自分の武器を手に入れた。
そして、この魔槍がこれから先、俺と共にどれだけの戦いを経験することになるのか。
このときの俺は、まだ知る由もなかった。




