第13話 雷魔法
ヴァルゼルはギルド長の後ろをついて歩いていた。
冒険者ギルドの奥へ進んでいくと、やがて一つの大きな扉が見えてきた。
ギルド長がその扉を開ける。
「おい、ヴァルゼル。ここが訓練所だ」
「おお……」
中に入った俺は、思わず周囲を見渡した。
「結構広いな」
まるで学校の体育館みたいな広さがある。
床は頑丈そうな素材で作られていて、壁にも何かの魔法が施されているようだった。
何人かの冒険者が訓練している姿も見える。
剣を振っている者。
槍を使っている者。
魔法の練習をしている者。
どうやらここでは、冒険者が普段から訓練をしているらしい。
「もう少し先に行ったところに的が見えるだろ」
ギルド長が指を差す。
確かに、奥の方にいくつか的が設置されている。
「あそこに向かって雷魔法を撃ってもらう」
「分かりました」
俺は言われた通り、的の方へ歩いていく。
そして、的から二十メートルもないくらいの場所で立ち止まった。
「ヴァルゼル」
「はい?」
「基本的に、あの的は簡単には壊れないようにできている」
ギルド長はそう言って腕を組む。
「だから、手加減する必要はない」
「……本当に?」
「ああ」
ギルド長は自信満々に頷いた。
「思いっきりやれ」
「分かりました」
俺はそう答えた。
……とはいえ。
「まぁ、壊れるかもしれないしな」
俺は小さく呟いた。
ギルド長には悪いが、さすがに本気で撃つ気にはならない。
俺の魔力は、普通の悪魔ですら比較にならないほど多い。
人間相手なら、なおさらだ。
そこで俺は、対人戦でも使えそうな規模の魔法を選ぶことにした。
「雷魔法か……」
いくつか思い浮かべる。
そして、その中から一つを選んだ。
雷を槍のように収束させて放つ魔法。
俺が適当に名付けた魔法だ。
「雷槍」
「ん?」
ギルド長がこちらを見る。
「それでは、魔法を撃ちますね」
「おう」
俺は右手を前に出した。
そして――。
「雷槍」
瞬間。
バチバチバチッ!!
青白い光が俺の手元に集まった。
雷が槍のような形へと収束していく。
その瞬間、訓練所にいた何人かの冒険者がこちらを振り向いた。
「なんだ?」
「雷……?」
「魔法か?」
そんな声が聞こえてくる。
だが、俺は気にせず、そのまま雷槍を放った。
――ズドンッ!!
雷槍は青白い光を撒き散らしながら、凄まじい速度で飛んでいく。
体感では時速百五十キロくらいだろうか。
そして――。
ドゴォン!!
訓練所全体に響き渡るような音が鳴った。
「……あれ?」
俺は首を傾げる。
目の前を見る。
さっきまでそこにあったはずの的が――。
粉々になっていた。
「……」
俺は沈黙した。
ギルド長も沈黙している。
「……」
「……」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
やがてギルド長の口がゆっくりと動いた。
「俺の自費で……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
何を言っているのかよく分からなかったので、俺は気にしないことにした。
それよりも――。
「結構、手加減したつもりだったんだけどな」
俺は自分の手を見る。
やっぱり魔力を込めすぎたらしい。
すると、ギルド長がようやく口を開いた。
「オ、オマエ……スゴイ魔法ヲ使ウンダナ」
なぜか棒読みだった。
「これって、そんなにすごいんですか?」
「……おほん」
ギルド長は咳払いを一つする。
「ヴァルゼル」
「はい」
「お前、この威力の魔法を使えるのか?」
「今見せた通りですけど」
「……そうか」
ギルド長は壊れた的を見つめる。
そして、もう一度俺を見る。
「この威力の魔法を使える奴は、Bランク冒険者でもそう多くないぞ」
「へぇ」
「……」
ギルド長は少し黙ってから、ぼそっと呟いた。
「Aランクでも、使える奴がいるかどうか……」
「……」
俺は心の中で思った。
やっぱりやりすぎたかぁ。
あちゃー。
まぁ、仕方ない。
俺自身の力を自制してまで隠すつもりはない。
できるだけ目立ちたくはないが、自分がどれくらいの力を持っているのか知ることができたのは大きい。
少なくとも俺は――。
この世界でいう一流冒険者。
それも、かなり上の方にいる冒険者と同程度の魔法を、軽く使えるらしい。
「……よし!」
ギルド長が突然声を上げた。
「分かった!」
「?」
「お前は俺の権限で、Dランク冒険者として登録するようにしておこう」
「え?」
「Dランク?」
「ああ」
俺が聞き返すと、ギルド長は当然のように答えた。
「優秀な冒険者になりそうな奴を、わざわざ初心者ランクから始めさせるのも周りの冒険者が可哀想だからな」
「まぁ……そういうものですか」
俺としては別にGランクからでも構わなかった。
だが、ギルド長がそう判断したのなら従っておこう。
「分かりました」
「よし」
ギルド長は近くにいた職員に声をかける。
「おい、ラウ!」
「はい!」
少し離れたところにいたラウさんが急いでやってくる。
「こいつの冒険者登録はDランクで処理してくれ」
「Dランクですか!?」
「そうだ」
ラウさんは一瞬だけ俺を見る。
そして、壊れた的を見る。
「……分かりました」
何かを察したような顔をしていた。
そして、手続きをするために先に戻っていった。
俺もその後を追おうとしたところで、ギルド長が声をかけてきた。
「ああ、そういえば俺の名前を言ってなかったな」
「そういえばそうですね」
「簡単に自己紹介でもしておこうか」
ギルド長は豪快に笑う。
「俺の名前はフリークだ」
「フリークさんですね」
「元Aランク冒険者で、今はここのギルド長を任されている」
「Aランク……」
さっき説明されたばかりのランクを思い出す。
人類の最終到達点とも言われるランク。
その元Aランク冒険者が目の前にいるらしい。
「まぁ、何か助けが必要になった時は頼ってこい」
「ハッハッハ!」
フリークは豪快に笑った。
見た目はかなり怖い。
俺よりも頭二つ分くらい大きい。
身長は二メートルを軽く超えているように見える。
体格もかなりいい。
顔もいかつい。
最初に見た時は、正直ちょっと怖そうな人だと思った。
だが、話してみると意外と人当たりは良さそうだ。
「わ、分かりました」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も軽く頭を下げる。
「おう!」
フリークは満足そうに頷いた。
俺はそのまま受付へ戻ろうとする。
すると――。
「あ、そうだ」
「はい?」
「お前、この後すぐに冒険者カードを取りに行けよ」
「分かりました」
……後から言うんだな。
まぁいいか。
俺はそのまま受付へ向かった。
――その途中。
「なぁ、さっきの見たか?」
「見た見た」
「雷魔法だったよな?」
「青白い雷が飛んでたぞ」
「的、一発で壊れてなかったか?」
「マジかよ……」
そんな声が聞こえてきた。
「……?」
俺は足を止める。
後ろを見る。
さっき訓練所にいた冒険者たちが、何やら話している。
「新しく来た奴らしいぞ」
「今日登録した新人?」
「そう。なんでも雷魔法が使えるらしい」
「雷魔法って、あの雷魔法か?」
「他に何があるんだよ」
「でも雷魔法なんて、そう簡単に使えるもんじゃないだろ」
「ギルド長が自分で見に行ったって話だぞ」
「マジかよ」
どうやら、もう噂になっているらしい。
「……広まるの早くない?」
俺は小さく呟いた。
俺としては普通に冒険者登録をしただけなんだけど。
「しかも的を一発で壊したって話だぞ」
「新人が?」
「らしい」
「どんな奴なんだ?」
「背が高かったな」
「人間か?」
「見た目は人間っぽかったぞ」
「魔剣士って聞いたぞ」
「魔剣士で雷魔法……?」
俺はその会話を聞きながら、少しだけ嫌な予感がしてきた。
「……これ、目立ってないか?」
できるだけ目立つつもりはなかった。
なのに、登録初日から妙に注目されている。
まぁ……。
今さらか。
俺は諦めて受付へ向かった。
「冒険者カードを取りに来ました」
受付に戻ると、ラウさんがこちらを見る。
「ああ、ヴァルゼルさん。ちょうどよかったです」
「もうできました?」
「はい。あと少しで完成するところです」
ラウさんはそう言ってから、一枚のカードを確認する。
「では、カードができるまでの間に、冒険者カードについて説明させていただきます」
「お願いします」
「冒険者カードは基本的に身分証明書として使用できます」
「ほう」
「名前、冒険者ランク、職業、登録したギルドなどが記録されています」
「なるほど」
「そして、ランクが上がるとカードそのものを交換することになります」
「交換?」
「はい。ランクが上がるにつれてカードの素材が変わるからです」
ラウさんが説明する。
「カードは一目見ただけで、その人がどのランクなのか分かるようになっています」
「へぇ」
「Dランクは鉄製です」
「鉄」
「その上になると、ブロンズ、シルバー、ゴールドと変わっていきます」
「じゃあ、Sランクは?」
「Sランクは、この大陸ではなかなか手に入らないミスリル製になります」
「ミスリル……」
やっぱりあるのか。
異世界ファンタジーの定番だな。
「ちなみに、Sランクのカードは非常に珍しいので、実物を見る機会はほとんどないと思います」
「なるほど」
俺は頷いた。
そうこうしているうちに、ラウさんがカードを確認する。
「あ、ちょうどできたみたいです」
ラウさんは一度席を外す。
そして少ししてから戻ってきた。
「お待たせしました」
ラウさんが一枚のカードを差し出してくる。
「ヴァルゼルさんの冒険者カードはこちらになります」
「ありがとうございます」
俺はカードを受け取る。
鉄製というだけあって、思っていたよりもしっかりしている。
名前やランクなどが刻まれている。
「間違いがないか、ご確認ください」
「えーっと……」
俺はカードを見る。
「名前、ヴァルゼル」
「はい」
「年齢、二十歳」
「はい」
「職業、魔剣士」
「はい」
「ランク、D」
……うん。
「間違いないみたいですね」
「それならよかったです」
ラウさんが微笑む。
「他に何か質問はありますか?」
「質問は……」
俺は少し考える。
「あ」
「はい?」
「俺、無一文なんですけど、どうしたらいいですか?」
「……あ」
ラウさんが一瞬固まった。
「そういえば、ヴァルゼルさんは田舎から出稼ぎに来たというお話でしたね」
「はい」
「それでしたら、ギルドのすぐ近くに初心者冒険者向けの寮があります」
「寮?」
「はい。一定期間だけですが、登録したばかりの冒険者が利用できます」
「それは助かります」
「部屋代は初心者応援と言うことで無料にされていますので、最初の生活拠点として利用される方が多いです」
「なるほど」
「ありがとうございます」
これで今日寝る場所がなくなる心配はなさそうだ。
俺はほっとした。
「あ、それともう一つ」
「はい」
「倒した魔物って、どうすればいいんですか?」
「魔物の討伐証明についてですね」
「そうです」
「例えばゴブリンなどの場合は、片耳が討伐の証になります」
「片耳……」
「はい。依頼によって討伐証明となる部位が決められていますので、依頼書を確認していただければ分かります」
「なるほど」
「ただし、魔物には食べられる部位や、武器・防具の素材として使える部位を持つものもいます」
「ほう」
「その場合は、必要な部位だけ解体して持ち帰るか、魔物そのものをギルドまで持ってきていただければ、こちらで解体することもできます」
「ギルドで解体してくれるんですか?」
「はい。ギルドには専属の解体士がいますので」
「それは便利ですね」
「その場合、解体にかかった費用として、売却額の一割をいただきます」
「一割ですか」
「自分で解体できるのであれば、その必要はありません。ただ、腕のいい解体士に任せた方が素材を綺麗に取れることもあります」
「なるほど」
確かに、自分で適当に切って素材を駄目にするよりは、専門家に任せた方がいい場合もありそうだ。
「分かりました」
「依頼を受ける際には、討伐証明となる部位も依頼書に記載されていますので、そこは安心してください」
「それはよかったです」
俺は頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いえいえ。分からないことがあれば、いつでも聞いてください」
「はい」
俺は冒険者カードを大切にしまい、受付を離れた。
そして冒険者ギルドの外へ出る。
「……あ」
外に出て、俺は空を見上げた。
いつの間にか、もう夕方になっている。
空は赤く染まり始めていた。
「もうこんな時間か」
今日は人間界に来てから色々ありすぎた。
街を見て。
冒険者ギルドに行って。
冒険者登録をして。
雷魔法を撃ったら的を壊して。
なぜかDランクになって。
そして噂まで広がっている。
「……まぁ、初日としてはこんなものか」
俺はそう思うことにした。
ラウさんに教えてもらった通り、ギルドのすぐ近くに初心者冒険者向けの寮があるらしい。
周囲を見渡してみる。
「あれか?」
ギルドのすぐ隣に、それらしい建物があった。
近づいて入口から中へ入る。
「すみません」
「はい?」
受付らしき場所にいた女性がこちらを見る。
「冒険者ギルドから案内されてきたんですが」
「ああ、新しい冒険者さんですね」
「はい。ヴァルゼルといいます」
「確認しますね」
女性は名簿を確認する。
「ヴァルゼルさん……ありました。今日からですね」
「お願いします」
「お部屋は105号室です」
そう言って鍵を渡される。
「ありがとうございます」
「何か分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね」
「分かりました」
俺は鍵を受け取って二階へ向かった。
廊下を歩き、105号室を探す。
「……ここか」
扉の前に立つ。
鍵を差し込む。
カチャッ。
扉を開ける。
「おお……」
中は思っていたより普通だった。
ベッド。
机。
椅子。
最低限の家具が揃っている。
「これなら十分だな」
俺は荷物を置く。
と言っても、大した荷物は持っていない。
そもそも今日、人間界に来たばかりなのだから当然だ。
俺はベッドを見つめる。
「……今日はもう寝るか」
色々なことがあった。
明日からは、いよいよ冒険者として活動することになる。
人間界にはまだまだ知らないことが多い。
街の外も見てみたい。
魔物も見てみたい。
ダンジョンというものも気になる。
そして何より――。
「人間界、結構面白そうだな」
俺はそんなことを考えながら、ベッドに横になった。
こうして、人間界での最初の一日は終わった。
――明日から、俺の冒険者生活が始まる。




