第12話 冒険者ギルド
俺は門兵に案内役として付けられた兵士の後ろを歩きながら、街の中を見渡していた。
さっき門の前から見た時も思ったが、やっぱりかなり大きな街だ。
道にはそれなりの数の人が歩いている。
普通の人間だけではない。
耳が長い。
どう見てもエルフっぽい人もいる。
獣の耳や尻尾が生えている人もいる。
人間とほとんど変わらない見た目の人もいれば、明らかに人間とは違う種族に見える人もいた。
俺は思わず周囲をきょろきょろと見渡す。
「へぇ……本当に色々いるんだな」
エルフに獣人。
俺が昔読んでいた異世界ものに出てきたような種族が、普通に街を歩いている。
まぁ、俺自身が悪魔なんだから、今さら驚くことでもないのかもしれないけど。
それにしても――。
「意外と人が多いな」
俺が勝手に想像していた異世界というのは、もっと人口が少なくて、街もこぢんまりとしているものだった。
だが、実際に見てみると違う。
道には商人らしき人が荷物を運び、店の前では客を呼び込む声が聞こえる。
馬車も走っている。
建物もそれなりに大きく、道もきちんと整備されている。
中世っぽい世界なのに、思っていたよりずっと活気がある。
「なかなかいい街だなぁ」
俺は素直にそう思った。
兵士とは途中で何度か会話をした。
どこから来たのかとか、この街はどんな街なのかとか。
ただ、そこまで話が盛り上がることもなく、俺たちはそのまま街を歩き続けた。
そして――。
「ここです」
歩き始めてから二十分ほど経った頃。
兵士が一つの建物の前で立ち止まった。
「ここが冒険者ギルドです」
「おお……」
建物の正面には、剣と剣をクロスさせたようなマークが掲げられている。
これが冒険者ギルドか。
異世界転生ものなら、ここからテンプレが始まるはずだ。
受付嬢がいて。
冒険者登録をして。
絡んでくる奴がいて。
そして俺の圧倒的な実力に周囲が驚く――。
「……いや、そんな都合よくいくわけないか」
そもそも俺は、この世界のことをほとんど知らない。
変なことをして目立つのも面倒だ。
俺はそんなことを考えながら、冒険者ギルドの中へ入った。
中は思っていたより広かった。
いくつかのテーブルが置かれ、その周囲には冒険者らしき人たちが座っている。
武器を持っている人も多い。
剣。
槍。
弓。
杖。
見た目だけでも色々な装備をしている。
俺はその光景を見ながら、少しだけテンションが上がっていた。
「こういうのだよなぁ……」
これぞ異世界。
俺は内心でそんなことを思いながら受付へ向かった。
そういえば――。
俺は自分の身長を考える。
確か180センチくらいある。
周囲の人を見る限り、俺は結構大きい部類に入りそうだ。
まぁ、だからといってわざわざ絡んでくる奴なんていないだろう。
……たぶん。
そんなことを考えながら受付に立った。
「冒険者になりたいのですが」
「あ、冒険者になりたい方ですね。分かりました。少々お待ちください」
受付の人がそう答える。
俺は少しだけ意外に思った。
「……受付嬢じゃないのか」
心の中でそう思った。
目の前にいるのは男の人だった。
まぁ、よく考えれば受付をするのが女性じゃないといけない理由なんてない。
当然、男の人もいるだろう。
俺は納得して、そのまま待つことにした。
しばらくすると、その男性が書類を持って戻ってきた。
「大変お待たせしました。私の名前はラウと申します」
「はい」
「自己紹介は以上です。では、お名前と年齢、それから職業や魔法の適性などをご記入ください」
「分かりました」
俺は渡された紙を見る。
「名前は……ヴァルゼルっと」
まぁ、これはそのままでいい。
「年齢は……」
俺は少し考える。
本当の年齢を言うわけにはいかない。
というか、俺自身も正確に数えていない。
「二十歳でいいか」
適当に決めた。
次に職業。
「職業……?」
俺は首を傾げる。
職業って何を書けばいいんだ?
先に魔法適性でも書くか。
「魔法は……雷魔法でいいか」
俺はそのまま書き込んだ。
すると――。
「えーっと……ヴァルゼル様ですね」
「はい」
「ヴァルゼル様は、雷魔法が得意……え?」
ラウさんの手が止まった。
「雷魔法?」
「はい」
俺は何か変なことを書いたのかと思った。
しかし、ラウさんだけではない。
近くにいた冒険者たちも、こちらを見ている。
「……?」
俺は周囲を見渡す。
なんだ?
何かおかしいのか?
「ヴァルゼル様。本当に雷魔法をお使いになれるのですか?」
「はい。使えますよ」
「……そうですか」
ラウさんは少し驚いたような顔をしている。
「なら、今ここで見せてもいいですよ」
「いえ、結構です」
「そうですか?」
「後ほど訓練場がありますので、そちらで確認させていただきます」
「なるほど」
俺は頷いた。
そして、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「ちなみに、雷魔法で驚いていたのは何でなんですか?」
「それはですね……」
ラウさんは少し考えてから説明を始めた。
「雷魔法は、一般的には上級魔法以上に分類されています」
「へぇ」
「上級魔法自体、使える人は限られています。その中でも雷魔法を扱える人はさらに少ないんですよ」
「そうなんですねぇ」
「ええ。雷魔法は非常に扱いが難しい魔法ですから」
「へぇ~」
俺は特に気にせず流した。
雷魔法なんて、俺からすれば普通に使える。
そもそも俺が魔法を覚え始めた頃から色々と試してきた結果、雷と火を組み合わせればかなり面白いことができることも分かっている。
ただ、この世界では珍しいらしい。
まぁ、それなら覚えておいた方がいい情報だな。
俺は紙に目を戻した。
「あ、そうだ」
「はい?」
「聞きたいことがあるんですが、この職業っていうのは何を書けばいいんですか?」
「ああ、職業ですか」
ラウさんは少し笑って説明してくれた。
「職業は、パーティを組む際に役割を分かりやすくするためのものです。また、ソロで活動する場合でも、自分の戦い方を示す指標になります」
「なるほど」
「例えば剣を主に使う方なら剣士。弓なら弓使い。魔法を中心に戦うなら魔法使い、といった具合ですね」
「へぇ」
俺は少し考える。
俺は剣も使ってみたい。
もちろん魔法も使える。
「じゃあ、俺は魔剣士でいいですか?」
「はい。魔剣士で問題ありませんよ。冒険者にもそれなりにいらっしゃいます」
「じゃあ、それで」
「分かりました。では、こちらで手続きを進めますね」
ラウさんが書類を確認しながら作業を始める。
その途中で、ふと思い出したように顔を上げた。
「では、手続きが終わるまでの間に、冒険者について簡単に説明させていただきます」
「お願いします」
「まず冒険者とは、基本的に魔物の討伐、ダンジョンの探索、薬草採取など、様々な依頼を受けて活動する人たちのことです」
「なるほど」
「冒険者ギルドに登録することで、正式な冒険者として活動できます」
ラウさんは一枚の紙を取り出した。
「そして、冒険者にはランク制度があります」
「ランク?」
「はい」
ラウさんは紙を見せながら説明を続ける。
「下からG、F、E、D、C、B、A、そしてSとなっています」
「結構ありますね」
「ええ。大まかに分けると、GからEが初心者。DからCが中級者。そしてB以上になると、一般的には一流冒険者と呼ばれます」
「ほぉ」
「Bランクからは人数も一気に少なくなります。全冒険者のうち、Bランク以上はそれほど多くありません。Bランクだけでも全体の十五パーセントいれば多い方だと言われています」
「十五パーセントか」
思ったより少ない。
「そしてBランクからは、貴族や商会などから指名依頼を受けることもあります」
「指名依頼?」
「はい。それについては後ほど説明します」
「分かりました」
「次にAランクです。AランクはBランクよりさらに少なく、冒険者全体の五パーセント程度と言われています」
「五パーセント……」
「Aランクまで上がると、人間としての最終到達点などと冗談交じりに言われることもあります」
「へぇ」
「国や街によっては英雄として扱われたり、国王や貴族から爵位を与えられたりする方もいます」
「冒険者なのに貴族になる人もいるんですね」
「珍しいですが、存在します」
なるほど。
冒険者というのは、単に魔物を倒す仕事というわけでもないらしい。
「そして最後がSランクです」
ラウさんの声が少しだけ変わった。
「Sランクは……人類の皮を脱いだ化け物の集まり、と冗談で言われるほどの実力者たちです」
「化け物……」
「国単位で一人いれば十分だと言われるほどですね」
俺は思わず笑いそうになった。
そんなに強いのか。
「戦争などが起きた場合、冒険者が国から動員されることもあります。そして、その中でもSランク冒険者は国家の戦力として非常に大きな意味を持ちます」
「なるほど」
「そのため、国に所属しているSランク冒険者の人数が、その国の国力を測る一つの指標になることもあります」
「Sランクが多い国ほど強い、と」
「簡単に言えばそういうことですね」
ラウさんは苦笑した。
「ただ、Sランクになれる方はほとんどいません。ヴァルゼル様が今から気にする必要はないと思いますよ」
「まぁ、そうですよね」
俺は適当に返した。
Sランク。
どんな奴なのか、少し気になる。
まぁ、今は冒険者になれればそれでいい。
「では、次に依頼についてです」
「お願いします」
「依頼は大きく二つに分けられます。通常依頼と指名依頼です」
「指名依頼はさっき言っていたやつですね」
「はい。貴族や商会、国、そして冒険者ギルドなどが、特定の冒険者やパーティに直接依頼するものです」
「なるほど」
「ただし、指名依頼は基本的にBランク以上の冒険者が対象になります。ヴァルゼル様がBランクになるまでは、そこまで気にしなくても大丈夫でしょう」
「分かりました」
「一方、通常依頼は受付の右手にある掲示板に貼り出されています」
俺は言われた方向を見る。
確かに、大きな掲示板がある。
紙が大量に貼られている。
「自分のランク、または一つ上のランクまでの依頼を受けることができます」
「つまり、無茶な依頼は受けられないようになっているんですね」
「その通りです」
「なるほど。身の丈に合った依頼を受けるわけか」
「基本的にはそうなります」
ラウさんは続ける。
「掲示板から依頼書を取って、受付まで持ってきていただきます」
「はい」
「通常依頼には期限付きのものと、期限のないものがあります」
「期限がない依頼もあるんですか?」
「ええ。薬草採取など、ギルドが常時必要としているものは無期限で掲示されていることが多いですね」
「なるほど」
「期限付きの依頼の場合は依頼者が存在しますので、勝手なことをすると評判に関わります」
「評判?」
「はい。冒険者同士だけではなく、ギルドからの信用にも関係します。悪質な行為を繰り返せば、冒険者ギルドから何らかの処分を受けることもあります」
「分かりました」
まぁ、普通に依頼をこなしていれば問題なさそうだ。
「次にダンジョンについてです」
「お、ダンジョン」
俺は少し食いついた。
異世界といえばダンジョン。
これはちょっと楽しみだ。
「ダンジョンは基本的に、ダンジョン都市と呼ばれる場所に存在します、と言うか大きいダンジョンの近くやダンジョンを囲うようにして出来たものがダンジョン都市として言われるものになりますので」
「ダンジョン都市……」
「ただし、稀に管理されていない場所で新たなダンジョンが発見されることがあります」
「その場合は?」
「冒険者ギルドへ報告してください」
「了解です」
「発見した場合、調査や管理についてはギルドが対応します」
なるほど。
勝手に潜るなということか。
まぁ、危険そうだし当然か。
「それと、もう一つ重要なことがあります」
「なんですか?」
「緊急時についてです」
ラウさんの表情が少し真面目になる。
「大規模な魔物の襲撃など、緊急事態が発生した場合、冒険者ギルドから冒険者へ協力を命じることがあります」
「命令?」
「はい。ただし、あくまで緊急時に限ります」
「なるほど」
「命令に従わなかった場合、ランクの降格や一定期間の活動停止などの処分を受ける可能性があります」
「結構厳しいですね」
「その代わり、ギルドからの緊急依頼には通常より高い報酬が設定されます」
「それなら納得ですね」
危険な仕事をするなら、それ相応の報酬が必要だ。
「それから、冒険者には一つ大きな特典があります」
「特典?」
「はい。基本的に、冒険者登録をしている方は、国家間を移動する際に関所で特別な通行税を取られない制度があります」
「へぇ」
「もちろん、犯罪者などは別ですが、正式な冒険者として活動している方には、ある程度の移動の自由が認められています」
「それは便利ですね」
俺にとっては結構重要だ。
色々な場所を見て回るつもりだからな。
「最後に一つ」
「まだあるんですか?」
「ランクについてです」
ラウさんは少し申し訳なさそうに言った。
「Cランク以上へ昇格する場合、昇格試験を受けていただく必要があります」
「試験?」
「はい。Cランク以上になると、依頼の危険度も大きく変わりますから」
「なるほど」
「詳しい内容については、実際に昇格する段階になってから説明いたします」
「分かりました」
「……おそらく、冒険者についての基本的な説明はこれでほとんど終わりです」
ラウさんは一息ついた。
「他にも分からないことがあれば、その都度聞いてください」
「ありがとうございます」
俺は素直に礼を言った。
思っていたより色々な決まりがある。
冒険者というのは、もっと自由気ままなものかと思っていたが、意外としっかりとした制度が作られているらしい。
まぁ、これだけ人が多いなら当然か。
俺がそんなことを考えていると――。
「ギ、ギルド長!?」
突然、ラウさんの声が聞こえた。
「ん?」
俺はラウさんが見ていた方向を見た。
すると、奥から一人の男が歩いてきた。
どうやら今まで俺たちの話を聞いていたらしい。
「なんだ?」
俺が見ていると、その男は俺の前までやってきた。
そして、俺のことをじっと見る。
「お前さんが……雷魔法を扱えると言ったヴァルゼルかね?」
「はい。そうですが?」
すると男は、少しだけ口元を上げた。
「なら、まずはその雷魔法とやらを見せてもらおうか」
「今ですか?」
「ああ」
男はそのまま踵を返す。
「とりあえず、こっちへ来い」
「……分かりました」
俺は男の後を追う。
どうやら、冒険者登録より先に、雷魔法の確認をすることになったらしい。
「なんか……思ってた冒険者ギルドとちょっと違うな」
俺はそう呟きながら、ギルド長の後を歩いていった。




