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第10話 人間界に行く前段階

俺は、人間界に行くための方法を探すことにした。


これまでの体感10年分の調査で、人間界についてはかなりの情報が集まった。


魔法。


召喚魔法。


人間の国。


教会。


聖騎士団。


そして、俺たち悪魔にとって危険な聖魔法。


色々なことが分かった。


だが、肝心なことが一つだけ分かっていなかった。


どうやって人間界に行くのか。


悪魔が人間界へ行く方法は、今のところ召喚されることだけだった。


だが、俺が人間に召喚されるのを待っているのは、さすがに気が遠くなる。


そもそも、俺や七柱を召喚できるだけの魔力を持った人間がいるのかすら分からない。


だったら――


「自分で行けばいいじゃん」


そう思った。


ということで、俺はここから人間界へ行くための魔法陣の研究を始めることにした。


⸻


─あれから体感8年


……8年が経った。


長い。


めちゃくちゃ長い。


俺は何をしていたかというと、ずっと魔法陣を研究していた。


「……魔法陣って難しいな」


今まで俺は魔法そのものを研究することはあっても、魔法陣についてここまで真剣に調べたことはなかった。


魔法は基本的に、頭の中でイメージして魔力を操作すれば使える。


だから俺にとっては、


「魔法陣なんて必要なのか?」


くらいの認識だった。


だが、人間界へ行くとなれば話は別だ。


召喚された悪魔たちは、人間界へ行くときに必ず魔法陣を通っている。


ならば、その仕組みを利用すれば俺も人間界へ行ける可能性がある。


そう考えて研究を始めた。


……とはいえ、8年間の研究を全部書いていたら話が進まない。


なので、ここからは8年分をダイジェストで説明しよう。


まず一年目。


俺が最初にやったことは、


悪魔が召喚される魔法陣を観察すること。


召喚されて帰ってきた悪魔たちから、可能な限り魔法陣について聞いた。


形。


大きさ。


描かれている紋様。


線の数。


円の重なり方。


魔力が流れる場所。


そして、召喚される直前に魔法陣がどう光っていたのか。


聞いた話を一つ一つ整理しながら、俺自身でも魔法陣を書いてみる。


最初は、


「これくらいならすぐ覚えられるだろ」


と思っていた。


だが、実際にやってみるとそう簡単ではなかった。


魔法陣には細かい紋様がいくつもあり、少し違うだけで別物になってしまう。


結局、一年目はほとんど、


魔法陣を覚えるだけで終わった。


「一年も使ったのか……」


自分でも少し驚いた。


まぁ、悪魔になってからの一年なんて大した時間ではないのだが。


それでも、俺としては早く人間界へ行きたい。


だから少し焦っていた。


そして二年目。


一年かけて覚えた魔法陣を、実際に書いてみることにした。


もちろん、そのまま書いただけでは何も起きない。


そこで魔力を流してみる。


「……」


何も起きない。


もう一度。


「……」


やっぱり何も起きない。


魔力の量を変える。


流し方を変える。


魔法陣に触れる場所を変える。


色々試した。


そして一年ほど研究を続けた結果――


召喚はできなかった。


ただ、一つだけ気になることがあった。


魔力を流したとき、魔法陣がほんの少しだけ反応する。


完全に無反応というわけではない。


「これは……惜しいんじゃないか?」


俺はそう考えた。


召喚こそできなかったが、少なくとも魔法陣そのものは間違っていない可能性がある。


そう考えて二年目の研究を終えた。


そして三年目。


今度は少し方法を変えてみることにした。


人間界で使われている召喚魔法には、血を使って魔法陣を描く方法もある。


ならば――


俺自身の血を使ってみればいい。


ちなみに、俺の血と魔力は別物だ。


魔力を血に混ぜるのではなく、本当に血そのものを使って魔法陣を描く。


「これならどうだ?」


魔法陣を描き、魔力を流す。


すると――


やはり反応する。


だが、召喚は起こらない。


「……またか」


三年目も、結局これで終わった。


反応はする。


だが、人間界へは行けない。


そして四年目。


五年目。


六年目。


七年目。


俺は色々な方法を試した。


魔法陣の大きさを変える。


紋様を一部変える。


魔力の流し方を変える。


血で描いてみる。


魔力だけで描いてみる。


魔法陣を何重にも重ねてみる。


一部分だけ変えてみる。


二つの魔法陣を組み合わせてみる。


……色々やった。


だが、


何も起きなかった。


正確には反応することはある。


光ることもある。


魔力が流れることもある。


だが、俺が求めている、


「人間界へ行く」


という結果だけが出ない。


「……無理なのか?」


七年目の終わり頃には、そんな考えすら浮かんできた。


俺は魔法ならかなり研究してきた。


火、水、風、土、雷、闇。


それらを組み合わせた魔法も作った。


魔力の操作だってできる。


それなのに、魔法陣一つにここまで苦戦するとは思わなかった。


「魔法って奥が深いなぁ……」


そんなことを考えながら、八年目に入った。


八年目も、基本的には同じことの繰り返しだった。


魔法陣を書く。


魔力を流す。


反応を見る。


考える。


また書く。


また魔力を流す。


そして失敗する。


「……うーん」


さすがに少し疲れてきた。


とはいえ、諦めるつもりはなかった。


人間界へ行く方法がないなら、作るしかない。


そう思っていた。


そして八年目も終わりに近づいたある日。


俺はたまたまゼブブと話す機会があった。


「ゼブブ」


「我ゼブブ!!」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「我ゼブブ!!ヴァルゼル好き!!」


「……ありがとう?」


いつも通りだ。


まぁ、ゼブブだし。


俺は気にせず話を続ける。


「実はさ、ずっと魔法陣を研究してるんだけど、どうしたらいいと思う?」


するとゼブブは少し考えた。


……ように見えた。


そして、


「我ゼブブ!!ヴァルゼル好き!!」


「うん」


「多分!!」


「うん?」


「魔法陣!!」


「うん」


そしてゼブブは――


「逆向き!!」


そう言った。


「……逆向き?」


「我ゼブブ!!」


それだけ言うと、ゼブブは満足したのか、そのままどこかへ行ってしまった。


「…………」


俺はその場に残された。


逆向き。


逆向き……?


「何のことだ?」


俺にはさっぱり分からなかった。


魔法陣を逆向きにする?


そもそも魔法陣に表と裏なんてあるのか?


そんなことを考えながら、その日は終わった。


翌日も考えた。


その翌日も考えた。


何日考えても分からない。


「……うーん」


分からないなら――


実際にやってみればいい。


俺はそう思った。


今まで使っていた魔法陣をもう一度確認する。


そして、それを左右反対にして描いてみる。


「これでいいのか?」


完成した魔法陣に魔力を流す。


すると――


「……ん?」


魔法陣が光った。


今までとは違う。


今までの反応とは明らかに違う。


魔法陣全体が白く輝き始める。


「おお……!」


俺は思わず身を乗り出した。


光がどんどん強くなっていく。


そして――


「うわっ!」


視界が白く染まった。


次の瞬間。


俺は知らない場所に立っていた。


「……え?」


周囲を見渡す。


見たことのない景色。


見たことのない建物。


見たことのない場所。


だが、どこか見覚えがある。


いや、正確には――


聞いたことがある景色に近い。


召喚された悪魔たちから聞いていた、人間界の景色。


「……もしかして」


俺はその場で辺りを見回した。


「人間界……?」


どうやら俺は、本当に人間界へ来てしまったらしい。


「……」


少しの間、俺は固まった。


人間界へ行く。


それは俺がずっと望んでいたことだ。


ついに成功した。


なのに――


「……準備してない」


そう。


完全に忘れていた。


俺は人間界へ行くことしか考えていなかった。


そもそも、人間界でどうやって行動するのかすら考えていない。


そして何より、


帰る方法を試していない。


「……一回戻ろう」


冷静に考えた結果、それが一番だった。


俺は来たときと同じように魔法陣へ魔力を流してみる。


すると、再び白い光が現れた。


そして――


俺は悪魔界へ戻ってきた。


「……戻ってこれた」


どうやら、行き来自体はできるらしい。


そして、改めてさっきの場所を思い出す。


人間界について聞いていた話と、かなり近かった。


景色。


空気。


建物。


悪魔たちから聞いていた特徴。


もちろん、俺自身が確認したわけではないから断定はできない。


だが――


「まぁ、人間界だろうな」


俺はそう判断した。


ついに見つけた。


人間界へ行く方法を。


しかも、ゼブブの何気ない一言がきっかけだった。


「……逆向き、か」


俺は思わず笑った。


八年間、一人で考え続けて分からなかったことを、ゼブブはたった一言で解決してしまった。


……本人はたぶん何も考えてないだろうけど。


まぁ、結果オーライだ。


俺は早速、ルシファーを呼ぶことにした。


しばらくしてルシファーがやって来る。


「ヴァルゼル様、お呼びでしょうか?」


「ああ。ちょっと報告がある」


「報告……ですか?」


俺はさっきの魔法陣について説明した。


そして、


「人間界に行けた」


そう伝える。


「……!」


ルシファーの表情が変わった。


「ついに……人間界へ?」


「ああ。実際に行ってきた」


「それは……!」


ルシファーは驚いていた。


まぁ、無理もない。


俺たち悪魔にとって、人間界は長い間「召喚されたときにしか行けない場所」だった。


それが今、


自分たちの意思で行ける場所になった。


俺はルシファーに魔法陣の構造と、左右を反転させることで人間界へ繋がったことを詳しく教えた。


「なるほど……」


ルシファーは魔法陣を眺めながら考えている。


「この魔法陣を、悪魔たちが使用できるようにすることは可能でしょうか?」


「たぶんできると思う」


「でしたら……」


「うん」


俺はルシファーに言った。


「この魔法陣を、悪魔全員が使えるようにしておいて」


「……全員、ですか?」


「ああ」


そして俺は少し考えてから、続けた。


「俺は人間界に行って遊んでくるから」


「…………」


ルシファーが固まった。


「……遊んで、くる?」


「ああ」


俺は頷いた。


「せっかく行けるようになったんだし、ちょっと見て回ってくる」


ルシファーはしばらく黙っていた。


そして、


「……承知しました」


そう答えた。


こうして俺は、八年間に及ぶ研究の末に、ついに人間界へ行く方法を手に入れた。


魔法陣を研究し続けた八年間。


その最後に俺を人間界へ導いたのは――


ゼブブの「逆向き!!」という一言だった。


そして俺はまだ知らなかった。


これから自分が訪れる人間界で、何が待っているのかを。


ただ一つだけ分かっている。


人間界は、俺が思っていたよりずっと広い。


そして――


俺はその世界を、自分の目で見てみたかった。

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