接続
拠点が形になってきたのは、五日目のことだった。
屋根の穴はジグが塞いだ。材料は聞かない方がいいやつだった。壁の隙間には古い布を詰めた。床の苔のある部分だけ避けて、荷物の置き場と作業場所と寝る場所を決めた。決めたのはキコだ。ジグは従った。ルルは「あたしここがいい」と言って、キコが決めた場所と全然違う場所に外套を広げた。
誰も何も言わなかった。
「材料、追加で持ってきた」
六日目の昼、ジグが戻ってきた。外套の内側が膨らんでいる。机の上に広げると、銅線の束、小さな接続端子、それから見たことのない形の変換器が出てきた。
「どこから」とキコが言う。
「古道具屋の裏」
「……それは廃棄場ではないのか」
「廃棄場の隣にある古道具屋の裏だ」
「聞くなよ、って言う前に聞いた」
「そうだな」ジグは外套を脱いだ。「賢くなったな」
キコは銅線を手に取った。質がいい。廃棄場のものではない。
「これ、使えるの?」ルルが変換器を覗き込む。
「使う」とキコが言った。「これで接続できる」
「何に」
「帝都の電波に」
ルルが少し黙った。それから「……すごいことを普通に言うね」と言った。
「普通じゃない」キコは算盤を開いた。「でも、できる」
七日目の夜に、キコは接続を試みた。
文献の三冊目に書いてあった図。算盤の珠の配置に似た繰り返しの図形——あれは電波の経路だ。帝都の機構が使っている周波数の、干渉点を示した地図だ。
銅線を繋ぐ。端子を合わせる。変換器を設置する。腕輪の接続部と、算盤の端子を、細い銅線で繋ぐ。
ルルは古文書を読んでいた。ジグは外套を枕にして寝ていた。
カチ、とキコは珠を弾いた。
いつもの音だった。
カチ。カチ、カチ。
それから。
低い音がした。カチ、ではない。もう少し重い、沈んだ音。珠が弾かれたわけじゃない。でも算盤が、鳴った。
一番端の列が、動いていた。
弾いていない——と思った。でも指先を確かめると、珠に触れた跡が残っていた。集中していた。気づかないまま、弾いていたのかもしれない。
それだけだ、とキコは思った。
でも算盤が、鳴った。あの重い、沈んだ音で。
キコは手を止めた。
数値が、流れ込んできた。
外から観測していた誤差とは、違う。もっと細かい。もっと多い。まるで川の底を外から眺めていたのに、突然水の中に入ったみたいな——密度が、全然違う。
見えた。帝都の機構の内側が。熱量の流れが。そして。
(これは誤差じゃない)
珠を弾く指が、止まった。
(設計だ)
誰かが組んだ構造だ。意図的に。精密に。教科書に載っていない数式で、帝都全体に張り巡らされた、見えない設計が——
「どうした」
ルルの声がした。キコは顔を上げた。
「何でもない」
「顔が、なんか」
「何でもない」
ルルはしばらくキコを見ていた。それから古文書に戻った。
キコは算盤に視線を戻した。見えかけている。でも全部じゃない。望遠鏡で覗いたら、思っていたより遠い場所に、思っていたより大きい何かがある——それだけが分かった。
その夜、キコは算盤から手を離さなかった。
眠ったはずのジグが、暗がりから言った。「何か見えたんだろ」
キコは答えなかった。
「そうか」それだけで、ジグは黙った。
翌朝、ジグが「飯どうする」と言った。
「何でもいい」とキコが言った。
ルルが二人を見た。「昨日、何かあったでしょ」
「ない」とキコが言った。
「ない」とジグが言った。
同時だった。
ルルが「……嘘だ」と言った。でも追わなかった。
ジグが立ち上がって、外套を手に取った。「飯、調達してくる」
「どこから」とキコが言う。
「上層の青果商の裏口」
キコは一瞬だけ手を止めた。「……それは廃棄場でも古道具屋でもない」
「聞くなよって言う前に聞くなよ」
足音が遠ざかった。
ルルがキコを見た。キコは算盤を開いた。
そのとき、数値の端に、一瞬だけ何かが見えた。
白い。腕輪の光にしては、強すぎる白さ。帝都の電波の中に、一点だけ、別の質の信号が混じっていた。
次の瞬間には、消えていた。
キコは珠を弾いた。カチ、といつもの音がした。
何も言わなかった。算盤にしまった。
窓の外で、川が鳴っている。
計算は、まだ終わっていない。




