間章 草の上で
ガルは夜の外れを歩いた。
村の灯りが届かない場所まで来て、足を止めた。草が濡れていた。昨日の雨の残りだ。
空を見た。雲がある。星は見えない。
中継基地は三つある。場所は分かっている。順番も、間隔も、もう考えてある。計算はしていないが、考えてある。体の中で何度も動かして、狂いがないのは確かめている。やれる。
でも今夜はやらない。
キコが言ったからではない。あの算盤の子どもが止めたから止まった、というわけではない。止まった理由は、もう少し別のところにある。
安全の確率が出ない、とキコは言った。変数が多すぎると言った。
ガルには変数という言葉の意味が分からなかった。でも言いたいことは分かった。担保が取れない、ということだ。やってみなければ分からない部分が、数値として出せない、ということだ。
村の大木の時、ガルも同じ場所で止まった。
どこを壊せば一番効いて、誰を傷つけない。考えた。寝ずに考えた。でも最後の一行は、計算ではなく勘だった。やった。合っていた。
今回は、村の大木より大きい。
勘の精度が、足りるかどうか。
そこだ。ガルが止まっているのは、そこだ。キコに止められたからではなく、同じことを自分でも考えていた。ただ、言葉にする前に、キコが先に言った。
草を踏む音がした。
振り返らなかった。ボッグだ。足音で分かる。
ボッグが隣に来て、同じように空を見た。何も言わなかった。ガルも何も言わなかった。二人で、しばらく雲のある空を見ていた。
また草を踏む音がした。今度は二人分。
「なんで二人ともここにいるんだよ」
イノの声だった。少し遅れて、ヤモリが一匹、イノの足元から逃げた。
「静かにしろ」とガルが言った。
「静かにしてる。ただ聞いてるだけだ」
「聞くな」
「なんで」
ボッグがイノの頭に手を置いた。押さえた。叩かなかった。
イノが少し黙った。空を見た。「……雲、多いな」
「ああ」とガルが言った。
また沈黙があった。三人で空を見た。
「やるのか」とイノが聞いた。今度は声が違った。軽くなかった。
「やる」とガルは言った。「時期が来れば」
「時期って、いつだ」
「算盤が言う時だ」
イノが「算盤が?」という顔をするのが、暗くても分かった。ガルは続けた。
「あの子どもは正しいことを言った。担保が取れないまま動く理由は、今はない。担保が取れる時が来る。来た時にやる」
「信用してるのか、あの子を」
ガルは少し間を置いた。
「信用する、しないじゃない」
「じゃあ何だ」
「正しいことを言う奴が、正しい時に言った。それだけだ」
イノがまた黙った。
ボッグが空を見たまま、腕を組んだ。何も言わなかった。ガルも何も言わなかった。
時期が来る。ガルにはそれが分かっていた。根拠はない。でも、この三人がここに来たのと同じ理由で、時期は来る。
雲の端が、少しだけ動いた。星は出なかった。
三人で、農村の灯りの方へ戻った。




