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影の中で

帝都に戻ってきた。


変わっていなかった。変わっていたかもしれなかった。四辻の腸詰め屋は、今日も常連には安く、新入りには高かった。鉄塔の前を通りかかった時、リスの少年が入口の脇に紙を貼っていた。


足を止めた。


紙には、今日の作業内容が書いてあった。何時に何をしたか。誰が指示して、誰が実行したか。結果がどうだったか。細かい字で、几帳面に書いてあった。


老人の怒鳴り声が、二階から聞こえた。「そんな紙を貼るな、見苦しい!」


リスの少年は紙を剥がさなかった。


「記録です」と少年が言った。声は小さかった。でも剥がさなかった。「何をしたか分からなくなるので、書いています」


怒鳴り声が続いた。少年は頭を下げながら、紙を押さえ続けた。


キコは足を止めたまま、それを見ていた。算盤を開かなかった。開く必要がなかった。


倒していない。辞めさせていない。ただ、記録している。何をしたかが見えれば、何をしていないかも見える。それだけだ。


それだけで、十分かもしれない。


キコは歩き始めた。でも黒服はいなかった。腕輪の光は、昨日よりわずかに、自分の色のものが多かった。


七人が集まった時、誰も「どうだった」とは聞かなかった。


農村に行った三人が座った。帝都に残った四人が座った。どちらが多くを知っているかは決まっていなかった。ただ、七人が同じ場所にいた。


「設計を渡した」とキコが言った。


「受け取ったか」とジグが聞いた。


「とりあえず、と言っていた」


ジグが鼻で笑った。「とりあえず、か。悪くない」


ガルが「壊れるか」と言った。


「壊れるかもしれない」とキコは言った。「でも、壊れた時の記録が残る。次に誰かが作る時の、材料になる」


ガルが少し間を置いた。腕を組んだ。「そうか」


ボッグが、イノの頭に手を置いた。今日は叩かなかった。置いた。イノが今日は何も言わなかった。


「帝都はどうだった」とルルが帝都組に聞いた。


「また始まっている」とジグが言った。「常連には安い、新入りには高い。腐敗階層が変わっただけで、仕組みは同じだ」


「そうか」


「そうだ」とジグが言った。「でも」


「でも」


「四辻で、見知らぬ二人が立ち話をしていた。一人が新入りで、腸詰めが高かったと不満を言っていた。もう一人がそれを聞いて、『常連になればいい、と言いたいところだが、なぜそうなってるかを店主に聞いたらどうだ』と言っていた」


「それだけか」とキコが言った。


「それだけだ」とジグが言った。「だから何ってわけじゃない。ただ、そういう話をする人間が、四辻にいた」


キコは算盤を開いた。カチ、カチ。三ヶ月前の数値と、今夜の数値を並べた。少しだけ違う。少しだけ、別の方向に向いている。


腸詰めの値段が、少し下がった四辻に、自分の色をした腕輪を持った人たちがいる。


それは、まだ続いていた。




その夜、ジグがキコに言った。


「設計は残るか」


「どちらの」


「農村のも、帝都のも」


キコは算盤を見た。「残るかもしれない。残らないかもしれない。どちらも、人間がいる限り、また誰かが歪める」


「そうか」


「でも」


「でも」


「残ったものが、次に誰かが始める時の、場所になる。ゼロじゃない」


ジグが少し間を置いた。「お前らしい言い方だな」


「どういう意味だ」


「数値で言う。感情では言わない。でも言っていることは、信じてる、ということだ」


キコは答えなかった。


算盤の珠に触れた。冷たかった。夜の空気と同じ温度だった。


壊れたまま。珠が二つ欠けている。でも動く。


「眠れ」とジグが言った。


「眠れないかもしれない」


「眠れなくていい。目を閉じろ」


キコは目を閉じた。


外で、夜が続いていた。帝都の腕輪が、バラバラに瞬いていた。農村では、若者たちが今夜も話し合っているかもしれなかった。大木の跡の土の上で、種を一つ置いてきた。根が張るかどうかは、分からない。


でも、置いてきた。


それだけは、確かだった。


翌朝、キコは一人で四辻へ出た。


ジグに言わなかった。ルルにも言わなかった。算盤だけ持って、朝の路地を歩いた。


四辻の腸詰め屋は、朝から開いていた。湯気が上がっている。常連らしい老人が二人、店の前で何か話していた。新入りらしい若い女が、値段を見て少し躊躇してから、財布を開いた。


キコは屋台の脇に立った。算盤を開かなかった。


ただ、見ていた。


ジグが言っていた「見知らぬ二人の立ち話」は、今朝はなかった。でも代わりに、別のものがあった。躊躇した若い女が財布を開いた時、隣にいた中年のイヌの男が、何かを言った。声は聞こえなかった。女が少し笑った。それだけだった。


数値にならない。


キコは算盤を閉じたまま、それを見ていた。


帝都の機構は変わっていない。腸詰めの値段は今日も新入りには高い。それでも、この四辻で何かが起きていた。数値では出ない、でも確かにある何かが。


ジグはこれを、毎日見ていたのか。


思いながら、キコは路地を戻った。算盤は、帰るまで開かなかった。



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