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渡す

「倒した後のことを、今から考えろ」


レンが言ったのは、夕方だった。


イノが「え」という顔で振り返った。広場の端、誰もいない場所で、レンはイノの後ろに立っていた。


「俺はお前と同じだった」とレンは言った。「悪者を倒せば終わると思っていた」


イノが黙って聞いていた。いつもなら何か言う。この時は言わなかった。


「構造の中に入って、気づいたら自分が悪者になっていた。自覚もなかった。誰かが壊れかけて、初めて気づいた」


レンが一度だけ止まった。夕風が吹いた。


「だからお前に言えることは一つだけだ。倒した後のことを、今から考えろ。倒す前から考えろ。倒さなくて済む方法まで、考えろ」


イノが少し間を置いた。「……お前も、倒そうとしたのか。昔」


「した」


「倒せたか」


「倒した。その後、俺が悪者になった」


しばらく、夕方の空気の中に二人がいた。


「難しいな」とイノが言った。馬鹿にした言い方ではなかった。本当に難しいと思った声だった。


「難しい」とレンが言った。「だから言っておく。簡単にはならない。でも、考えていない奴と、考えている奴では、違う」


「考えていれば、悪者にならないか」


「ならないとは言わない」


「じゃあ何が違う」


「気づく速さが違う」


レンが踵を返した。それだけだった。説教にならなかった。一度だけ言って、終わった。


イノが広場の真ん中に残った。しばらく、そこに立っていた。



キコが設計を渡したのは、その翌朝だった。


集会所にタヌキと、七人の若者たちが集まっていた。キコが紙を広げた。


「読んでくれ」


若者の一人が読んだ。声に出して読んだ。他の者が聞いた。


「たった一つのルール。村の問題は、みんなの問題として、せめて知る」


「それだけか」と誰かが言った。


「それだけだ」とキコは言った。「これを守るための、具体的な手順が後ろにある。誰が何をするか。いつやるか。どうやって記録するか。設計として書いた。変えてもいい。変えた時は、理由を記録する。なぜ変えたかが分かれば、次の世代が同じ間違いをしないかもしれない」


「先生みたいなことを言うな」とタヌキが言った。


「先生ではない」


「じゃあ何だ」


キコは算盤を一度だけ弾いた。「通りがかりだ」


タヌキが少し笑った。


若者たちが紙を回した。読んだ。また読んだ。意見を言い始めた。今度は、意見の重なり方が違った。全員が意見を言う前に、まず読んだ。読んでから言った。順番があった。


キコは端の方で算盤を閉じた。


設計は渡した。使い方は、向こうが決める。


それでいい。




帝都へ戻る前の夜、ルルがキコに聞いた。


「また来るの、ここに」


「分からない」


「また来たい?」


キコは少し考えた。「数値が出ればな」


「数値が出なくても来れば?」


「数値が出ないのに来る理由がない」


「理由がなくても来る人がいる」


「そういう人間ではない」


「そうかな」とルルが言った。「今回来た時、数値があったから来たわけじゃないでしょ」


キコは答えなかった。


ルルが腕輪を見た。橙の光が、安定していた。この農村に来てから、一度も白くなっていない。熱も持っていない。大木の跡の土が、まだそこにある。村長の寝息が、また縁側で続いていた。


「腕輪、落ち着いてる」とルルが言った。


「ああ」


「嫌いじゃないんだと思う、ここが」


キコは算盤を一度だけ握った。「そうかもしれない」


珍しく、答えた。


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