また、始まる
腸詰めの値段が、また変わった。
「どっちに」とキコが言った。
「常連には安い」とジグが答えた。「新入りには高い」
壁に背を預けて、ジグは通りを眺めていた。夕方の四辻だった。あの夜から四ヶ月が経っていた。黒服は戻ってこなかった。腐敗階層の上の方が逮捕されて、下の方がバラバラになって、黒服の名前で呼ばれていた仕事そのものが、いつの間にか誰のものでもなくなっていた。
「それは仕方ない」とキコは言った。
算盤を開いていた。壊れたまま。珠が二つ欠けている。でも動く。
「じゃあ何が仕方なくないんだ」
キコは珠を弾かなかった。弾く前に、答えが出た。
「固定された時だ。仕組みになった時」
ジグが少し間を置いた。通りを見ていた。腸詰め屋の前で、常連らしい老人が、何かを余分に受け取っていた。店主が笑っていた。老人も笑っていた。感じの良い光景だった。
「……鉄塔の爺さんか」
ジグが小さく言った。
「そうだ」
二人とも、しばらく黙った。腸詰めの匂いが夕風に乗ってくる。夕方の光が四辻を橙に染めていた。
「でも腸詰めは安くなった」とジグが言った。
「少しだけな」
「少しだけ、か」
「また上がるかもしれない」
「上がるかもしれない、か」
「ジグ」
「何だ」
「お前は悲観してるのか、楽観してるのか、どっちだ」
ジグが鼻で笑った。「お前に聞かれると思わなかった」
「俺は数値で読む。数値では出ないものを、お前に聞いた」
ジグがキコを一瞬だけ見た。それから視線を四辻に戻した。
「どっちでもない」とジグは言った。「見てるだけだ」
カチ。カチ、カチ。算盤が鳴った。
管理人のバイトが怒鳴られているのは、鉄塔の二階だった。
キコが鉄塔の外を通りかかった時、声が降ってきた。ヤギの老人の声で、怒鳴り方に力があった。怒りが長年の習慣になっているような、そういう怒鳴り方だった。
「なんでそこに置く! いつもそこじゃないと言っておるだろうが!」
窓から覗くと、若いリスの少年が頭を下げていた。何度も頭を下げていた。老人は下げられた頭を見ていなかった。別の方向を向いて、まだ怒鳴っていた。
キコは足を止めなかった。
あのリスの少年がバイトを始めたのは、二ヶ月前だった。鉄塔の管理業務の補助、という触れ込みだった。管理業務の何を補助しているのかは分からなかったが、実際にやっていることは、老人の使い走りと、老人が間違えた仕事の後始末と、老人が忘れた仕事の代行だった。
老人は管理人だった。昔から管理人だった。誰が決めたのかは分からないが、ずっとそこにいた。だからずっとそこにいることになっていた。管理人が仕事をしているかどうかは、誰も測っていなかった。管理人がいることが、仕事だということになっていた。
カチ、とキコは算盤を一度だけ弾いた。
数値が出た。でも、ここでその数値は使わなかった。
夜、七人が集まった時、ジグが「帝都はバカだ」と言った。
「そうだ」とキコが言った。
「バカだと思うのか、お前も」
「バカだと思う。でも」
「でも」
キコは算盤を見た。「できることをやる。それだけだ」
ルルが「誰がバカって言ったの」と聞いた。
「俺だ」とジグが言った。
「バカなのは腸詰め屋か鉄塔か」
「バカなのは社会だ」
「社会ってどこ」
「社会ってのはな——」
「ジグ」とガルが言った。一言だった。
ジグが黙った。
ガルが少し間を置いた。「帝都は変わったか」
「変わった」とキコが言った。「少しだけ。でも」
「でも」
「常連には安い、新入りには高い。また始まっている。腐敗階層が消えても、人間の性質は消えない。構造が変わっても、人間が同じなら、また同じ構造が生まれる」
「じゃあ意味がなかったのか」とイノが言った。前のめりの声だった。
ボッグが静かにイノを見た。叩かなかった。
「意味があった」とキコは言った。「ただ、終わっていない。終わらない」
「いつ終わるんだ」
「終わらない」
イノが少し黙った。「……それじゃあ」
「それでいい」とキコは言った。「終わらないから、見続ける」
夜が続いていた。七人の腕輪が、それぞれの色でバラバラに光っていた。




