表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/33

また、始まる

腸詰めの値段が、また変わった。


「どっちに」とキコが言った。


「常連には安い」とジグが答えた。「新入りには高い」


壁に背を預けて、ジグは通りを眺めていた。夕方の四辻だった。あの夜から四ヶ月が経っていた。黒服は戻ってこなかった。腐敗階層の上の方が逮捕されて、下の方がバラバラになって、黒服の名前で呼ばれていた仕事そのものが、いつの間にか誰のものでもなくなっていた。


「それは仕方ない」とキコは言った。


算盤を開いていた。壊れたまま。珠が二つ欠けている。でも動く。


「じゃあ何が仕方なくないんだ」


キコは珠を弾かなかった。弾く前に、答えが出た。


「固定された時だ。仕組みになった時」


ジグが少し間を置いた。通りを見ていた。腸詰め屋の前で、常連らしい老人が、何かを余分に受け取っていた。店主が笑っていた。老人も笑っていた。感じの良い光景だった。


「……鉄塔の爺さんか」


ジグが小さく言った。


「そうだ」


二人とも、しばらく黙った。腸詰めの匂いが夕風に乗ってくる。夕方の光が四辻を橙に染めていた。


「でも腸詰めは安くなった」とジグが言った。


「少しだけな」


「少しだけ、か」


「また上がるかもしれない」


「上がるかもしれない、か」


「ジグ」


「何だ」


「お前は悲観してるのか、楽観してるのか、どっちだ」


ジグが鼻で笑った。「お前に聞かれると思わなかった」


「俺は数値で読む。数値では出ないものを、お前に聞いた」


ジグがキコを一瞬だけ見た。それから視線を四辻に戻した。


「どっちでもない」とジグは言った。「見てるだけだ」


カチ。カチ、カチ。算盤が鳴った。




管理人のバイトが怒鳴られているのは、鉄塔の二階だった。


キコが鉄塔の外を通りかかった時、声が降ってきた。ヤギの老人の声で、怒鳴り方に力があった。怒りが長年の習慣になっているような、そういう怒鳴り方だった。


「なんでそこに置く! いつもそこじゃないと言っておるだろうが!」


窓から覗くと、若いリスの少年が頭を下げていた。何度も頭を下げていた。老人は下げられた頭を見ていなかった。別の方向を向いて、まだ怒鳴っていた。


キコは足を止めなかった。


あのリスの少年がバイトを始めたのは、二ヶ月前だった。鉄塔の管理業務の補助、という触れ込みだった。管理業務の何を補助しているのかは分からなかったが、実際にやっていることは、老人の使い走りと、老人が間違えた仕事の後始末と、老人が忘れた仕事の代行だった。


老人は管理人だった。昔から管理人だった。誰が決めたのかは分からないが、ずっとそこにいた。だからずっとそこにいることになっていた。管理人が仕事をしているかどうかは、誰も測っていなかった。管理人がいることが、仕事だということになっていた。


カチ、とキコは算盤を一度だけ弾いた。


数値が出た。でも、ここでその数値は使わなかった。




夜、七人が集まった時、ジグが「帝都はバカだ」と言った。


「そうだ」とキコが言った。


「バカだと思うのか、お前も」


「バカだと思う。でも」


「でも」


キコは算盤を見た。「できることをやる。それだけだ」


ルルが「誰がバカって言ったの」と聞いた。


「俺だ」とジグが言った。


「バカなのは腸詰め屋か鉄塔か」


「バカなのは社会だ」


「社会ってどこ」


「社会ってのはな——」


「ジグ」とガルが言った。一言だった。


ジグが黙った。


ガルが少し間を置いた。「帝都は変わったか」


「変わった」とキコが言った。「少しだけ。でも」


「でも」


「常連には安い、新入りには高い。また始まっている。腐敗階層が消えても、人間の性質は消えない。構造が変わっても、人間が同じなら、また同じ構造が生まれる」


「じゃあ意味がなかったのか」とイノが言った。前のめりの声だった。


ボッグが静かにイノを見た。叩かなかった。


「意味があった」とキコは言った。「ただ、終わっていない。終わらない」


「いつ終わるんだ」


「終わらない」


イノが少し黙った。「……それじゃあ」


「それでいい」とキコは言った。「終わらないから、見続ける」


夜が続いていた。七人の腕輪が、それぞれの色でバラバラに光っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ