蜂起の前夜
レンが言った通りだった。
三週間が経って、上が動いた。
最初に変わったのは追手の密度だった。路地に黒服が戻ってきた。一人だったのが二人になり、二人が四人になった。巡回の間隔が短くなった。ジグがそれを報告してきた時、キコはすでに算盤で読んでいた。電波の流れに、新しい干渉パターンが出ていた。上が何かを探している時の、あの質の干渉だ。
「本格的に動いた」とキコは言った。
「時間の問題だったな」とジグが言った。
「ああ」
七人が集まった。ガルが腕を組んだ。ボッグが黙って壁際に座った。イノが「やっぱり来たか」と言った。ルルが七人の顔を順番に見た。レンが入口に近い場所に立ったまま、何も言わなかった。
「中枢を破壊しようとしている」とレンが言った。「末端から聞いた。設計の変化を、事故と見ていたのが、三日前に切り替わった。誰かが手を入れた、という判断になった。だから潰す」
「中枢を潰せば、設計も消えるか」とキコが言った。
「消える」
キコは算盤を開いた。珠を弾いた。カチ、カチ。数値が並ぶ。
「いつ動く」
「早ければ十日。遅くても二週間だ」
その夜から、キコは算盤を閉じなかった。
眠る時も手元に置いた。数値を追い続けた。上が中枢へ向けて動いている経路。その速度。その規模。それと並行して、もう一つのものを追っていた。
設計の動きが、変わっていた。
「じわじわ」ではなくなっていた。
この三週間、設計は静かに動いていた。毎回、同じ方向に、同じ幅だけ、ずれていた。腸詰めの値段が少し下がり、黒服が消えた四辻で立ち話が生まれ、自分の色の腕輪が七から十二になった。それが今は、速くなっていた。数値の動く幅が、三日前から倍になっている。
何かに反応している。
上が本格的に動いた、ということを、設計が読んでいる——と言えばおかしくなる。でも数値はそう見えた。反応している。向かう方向が、鋭くなっている。
四日目の夜、キコはルルを呼んだ。
「腕輪を見せてくれ」
ルルが手を差し出した。腕輪の光が、橙から白に近い色になっていた。先週よりさらに白い。
「熱を持っているか」
「少しだけ」
「今日から、か」
「三日前から」とルルが言った。「言おうと思ったんだけど、キコが算盤から手を離さなかったから」
「言え」
「うん」
キコは腕輪を見た。算盤を見た。数値の動きが速くなったのが三日前。ルルの腕輪が変わったのが三日前。
「ルル」
「何」
「何かを感じるか。腕輪から」
ルルが少し考えた。「引っ張られる感じがある」
「どこへ」
「分からない。でも、引っ張られる」
キコは算盤を開いた。引っ張られる方向。設計が向かっている方向。数値の先に、何があるか。珠を弾いた。弾いた。弾いた。
見えた。
七人を集めたのは、翌朝だった。
「設計が民衆に働きかけている」
キコは言った。七人が黙って聞いた。
「配信を通じて。腕輪を通じて。元の設計が向かっていた方向——帝都の民に、何かを渡そうとしている。ルルの腕輪はそれを直接受けている。他の腕輪は薄く、少しずつ」
「何を渡している」とガルが言った。
「今のところは情報だ。熱量の流れがどこへ行っているか。自分の腕輪が何をされているか。知らなかったことを、知る。それだけなら、問題はない」
「だが」とレンが言った。
「だが、速くなっている。このまま速くなり続ければ」
キコは珠を弾いた。数値を並べた。算盤の盤面を七人に向けなかった。数値は頭の中にある。
「蜂起が起きる」
誰も言わなかった。
「民衆が、上層へ向かう。計算では——五日から七日以内に、帝都の複数箇所で同時に起きる。規模は小さくない。鎮圧される。死者が出る」
イノが何か言いかけた。ボッグが肘で止めた。
「元の設計は善意で作られた」とキコは続けた。「だから信じた。でも善意の設計が、善意の方向へ向かうとは限らない。設計は民衆に怒りを渡している。その怒りに方向を与えるものが、今ここにいない。だから蜂起になる」
「正しい怒りだ」とガルが言った。声は静かだった。
「正しい」とキコは言った。「でも、これじゃない」
沈黙があった。
ルルが腕輪を押さえた。それだけだった。
「どうする」とジグが言った。
キコは算盤を握った。壊れている。珠が二つ欠けている。枠の端が割れている。それでも動く。
「計算した」
キコが言った。
ガルが顔を上げた。
「ガルの計画。中継基地の三点同時爆破。安全確率を再計算した。止めた時とは、状況が変わっている」
「何が変わった」
「蜂起が起きた場合の死者の確率が出た。ガルの爆破計画と並べた」
キコは珠を一つだけ弾いた。カチ、と鳴った。
「ガルの計画の方が、数値として小さい」
ガルが少し間を置いた。腕を組んでいた。組んだまま、動かなかった。
「お前が計算を終えるのを、待っていた」
それだけだった。責めなかった。遅いとも言わなかった。待っていた、という事実だけを言った。
キコは答えなかった。
ジグがガルを見た。ボッグが立ち上がった。イノが「やるぞ」と言いかけて、ボッグに頭を一つ叩かれて黙った。
「……なんで毎回叩くんだよ」とイノが小さく言った。
ボッグは答えなかった。
「叩く理由があるからだろ」とジグが言った。
レンが「一つ確認がある」と言った。「中継基地を落とすと、接続が切れる。設計への接続も、切れる」
「切れる」とキコは言った。
「設計が止まる」
「止まる」
「それでいいのか」
キコは算盤の盤面を見た。数値を見た。ずれを見た。三週間、設計が向かっていた方向を見た。
「蜂起で人が死ぬより、いい」
レンは何も言わなかった。
「それに」とキコは続けた。「接続が切れても、三週間で変わったものは残る。黒服がいなくなった四辻は、まだそこにある。十二の腕輪は、まだ自分の色をしている。設計が渡したものは、消えない」
「……そうか」とレンが言った。
ルルが「行こう」と言った。
動く前に、ジグがキコの隣に来た。
七人が準備をしている中で、二人だけで少し離れた場所に立った。
「なあ」とジグが言った。
「何だ」
「正しかったのか」
「何が」
「元に戻したこと。設計に手を入れたこと」
キコは算盤を見た。「分からない」
「分からないのか」
「計算できる部分は計算した。できない部分は、まだできない」
ジグが少し間を置いた。「そうか」
「ジグ」
「何だ」
「お前は、どう思う」
ジグが空を見た。夜明け前の空だった。まだ暗い。
「あの夜、お前が眠れなかっただろ」
「ああ」
「あの夜から今まで、お前は一度も後悔した顔をしていない」
キコは答えなかった。
「後悔してないなら、正しかったんだと思う。俺の根拠はそれだけだ」
キコは算盤を、一度だけ強く握った。壊れている。でも動く。
「行くぞ」とジグが言った。
「ああ」
七人で、走り出した。




