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村長の一夜

夜、村長が倒れた。


ガルが最初に気づいた。小屋の入口で立ち止まって、中を見ていた。動かなかった。何をすべきか分からない時のガルは、こういう顔をするのだとキコは思った。迷っているのではない。止まっている。


ルルがガルの横をすり抜けた。


「何の薬草がある? あるだけ全部教えて」


ガルが我に返った。イノが「ミズヒキと、あとヨモギと」と言いかけて、ルルが「待って、一個ずつ言って」と遮った。ボッグが無言で立ち上がって、棚の奥を探し始めた。


キコは算盤を開きかけた。


熱量の計算なら、薬草の組み合わせなら、数値を出せるかもしれない。でもルルがボッグから束を受け取って、指で葉の質を確かめている手つきを見て、キコは算盤を閉じた。今夜ここで算盤が役に立つ場面を、うまく思い描けなかった。


ジグが壁に背を預けて、黙って見ていた。


ルルだけが動いていた。


「これとこれは合わせない方がいい、胃に来る。これは熱を下げる。これは眠りを深くする。一緒に使える?」


「使えると思う」とガルが言った。「やったことはないが」


「じゃあやってみる」


根拠は言わなかった。


夜が深くなった。ルルが煎じたものを村長に飲ませた。


村長はひとくち飲んで、目を細めた。「苦いなぁ」と言った。


「苦い方が効く」とルルが言った。根拠はなさそうだったが、村長は「そうかぁ」と言って、また飲んだ。


ルルが村長の額に手を当てた。熱い。でも昨夜よりは、少し違う気がした。気がする、だけだった。確かめる道具がない。でも手を当て続けた。手を当てていると、少しだけ何かが伝わる感じがある。何が伝わっているのかは分からない。でも当てていない時と、違う。


ガルが傍に座っていた。


腕を組んで、黙っていた。何もできないから、ここにいる、という座り方だった。ガルはいつも、できることとできないことをはっきり分けている。できないことをできるふりをしない。今夜はできないから、ただ座っている。


「眠れないな」とイノが言って外へ出た。


ボッグがイノの後を追った。


小屋の中に、ルルとガルとキコが残った。


村長の息が、深くなったり浅くなったりした。深い時はいい。浅くなる時、ルルの手が少しだけ動いた。動いて、また戻った。


キコは小屋の隅で算盤を膝に置いたまま、見ていた。


算盤は開いていなかった。開く理由がなかった。今夜この小屋で算盤が役に立つ場面を、キコはうまく思い描けなかった。だから閉じたまま持っていた。持っていると、少しだけ落ち着く。理由は計算できない。でも、そうだ。


ルルが何をしているのか、キコには分からなかった。


薬草の組み合わせに根拠はあるのか。手を当てることに意味はあるのか。「気がする」だけで判断して、それが正しいことがある理由は何なのか。


問いが出てくる。でも今夜は弾かなかった。


弾かなくていい夜がある、ということだけが、最近少しずつ分かってきていた。


火が揺れた。


ルルが村長の額の手を一度離して、額の汗を拭いた。それからまた手を当てた。村長の耳が、ぴくりと動いた。眠りの中で何かに反応した動き方だった。ルルがそれを見て、少しだけ息を吐いた。


ガルが、静かに立ち上がった。薬草の残りを確認した。鍋に水を足した。それだけだった。また座った。


誰も話さなかった。


でも三人とも、同じ方向を向いていた。


夜が長かった。長い夜を、三人で過ごした。


キコは小屋の隅で算盤を膝に置いたまま、眠れなかった。




朝、村長の熱が下がっていた。


ガルがルルに聞いた。


「なんで分かった」


「分からなかった」とルルが言った。「でもやった」


ガルが黙った。


それ以上、何も言わなかった。ただ黙って、小屋の入口から外を見ていた。朝の光が草の上に伸びていた。



二日後、村長が縁側に出てきた。


ルルが隣に座っていた。特に何かを話していたわけではない。ただ座っていた。村長がしばらく空を見て、それからぽつりと言った。


「ありがとなぁ、お嬢ちゃん」


「どういたしまして」


「なんでこんなふうになったんだべなぁ」村長が続けた。空を見たまま。「みんな幸せになるかと思ってたのに。なんか、窮屈になってしまった」


ルルが少し考えた。


「分からない。でも、窮屈なのは本当だね」


村長が黙った。


ルルも黙った。


風が来て、草が揺れた。それだけだった。



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