表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/33

引き金

新しい拠点で、五日が経った。


作業は続いていた。レンが来る。情報を出す。キコが算盤で検証する。設計の全体図が、少しずつ形になっていく。霧の濃い三つの場所のうち、一つ目の輪郭がほぼ見えてきた。上層の中枢。熱量の最終的な集積点。そこに何があるか、もう少しで分かる。


ジグは毎回壁側にいた。加わらなかった。でも一言も聞き逃さなかった。


ルルは毎回レンに質問した。答えが返ってくるたびに、少し考えた。嫌いじゃない、という評価を、まだ保っていた。


キコは算盤を叩き続けた。


そして二十日目の夜、気づいた。


レンが帰った後、一人で算盤を開いた。


レンが止めていた座標を取り出した。第四章で大鷲の侵入経路と照合した、あの座標だ。


並べた。


違う。


同じ「レンが関わった座標」でも、二つは別物だった。一つは組織が三人を見つけるために使った経路と近い。もう一つは——全然違う場所を指している。帝都の地図のどこにも登録されていない場所。でも確かに存在する場所。


キコは珠を弾いた。カチ、カチ。


大鷲の経路と一致した座標。これが何なのか、まだ断言できない。レンが流したとも限らない。


でも。


もう一つの座標。レンが止めていた場所。これをレンはなぜキコに教えなかったのか。


嘘はついていない。でも全部じゃない。


(お前と同じだった者だ)


最初の数列の返答が、また頭に戻ってきた。同じだった。過去形。今は違う。何が変わったのか。


キコは算盤を閉じた。


明日、聞く。


翌日、レンが来た。


ジグが壁側に座った。ルルが文献を開いた。


「作業の前に聞きたいことがある」とキコが言った。


「どうぞ」レンが言った。穏やかだった。


「止めていた座標がある。最初の作業の日から持っている」


レンは答えなかった。


「嘘はついていない。でも全部じゃない。なぜそこを止めた」


しばらく、沈黙があった。川の音が続いた。


「教える判断が、まだできていなかった」レンは言った。「お前たちを、まだ測っていた」


「今は」


「今は、測り終わった」


キコはレンを見た。「一緒にやらないか、と言った。あの提案の本当の意味を聞いていなかった」


「何だと思う」


「お前の利害は、設計の全体図を見ることじゃない。それは手段だ。本当の目的が別にある」


レンは少しだけ、口元が動いた。「続けろ」


「お前は、かつて同じことをやろうとした。仲間に全部持っていかれた。だから今は一人で動いている。でも一人では届かない場所がある。そこに俺たちを使おうとしている」


「使う、という言葉は正確じゃない」


「じゃあ何だ」


「借りる」レンは言った。「お前たちの算盤を。お前たちの禁書を。お前たちが三人でいることを」


「何のために」


レンが少し間を置いた。


「壊すためだ。正しく、壊すために」


沈黙があった。


ジグが壁から背を離した。立ち上がった。でも何も言わなかった。


ルルが文献を閉じた。レンを見た。


キコは算盤を手元に置いたまま、レンを見た。


「一つだけ言う」


キコが言った。


レンが待った。焦らなかった。


「お前の計算は正しい。数値も合っている。提案の論理も間違っていない」


「だが」


「だが」キコは繰り返した。「お前は一人で測りすぎる。俺たちを材料として計算している。それが違う」


「感情論か」


「違う」キコは言った。「計算の話だ。お前の式に、入っていない変数がある」


「何だ」


キコは少しだけ、ジグを見た。ルルを見た。それからレンを見た。


「三人でいることは、手段じゃない。お前はそこを間違えている」


レンは答えなかった。


長い沈黙があった。


それからレンが、笑った。嘲笑じゃない。本物の、少し困ったような笑いだった。


「そうか」


立ち上がった。外套を整えた。扉に向かった。


止める者はいなかった。


扉の前で、振り返らずに言った。


「四十一、十七、零、八十三」


数値だった。


「何だそれ」ジグが言った。


「キコに聞け」


レンは振り返らなかった。そのまま路地へ出て、消えた。


しばらく、三人は黙っていた。


「何だったんだ」ジグが言った。


キコは算盤を開いた。四十一、十七、零、八十三。レンが置いていった数値を、止めていた座標に当てた。


合った。座標が、開いた。


帝都の地図に登録されていない場所。でも確かに存在する場所。そこに何があるか、算盤が示した。


「……対抗組織だ」


キコは言った。


「対抗組織」ルルが繰り返した。「どんな」


「まだ分からない。でも、いる。レンが止めていた場所に」


ジグが少し考えた。「レンは教えてくれた、ということか」


「去り際に」


「……意地悪だな」


「正確な渡し方だ」


ルルが「嫌いじゃなかった」と言った。誰も否定しなかった。


しばらくして、ジグが外套を手に取った。


「古道具屋の主人に、話がある」


キコが「なぜ」と言った。


「勘だ」


「根拠は」


「ない」


キコは算盤を見た。座標を見た。ジグを見た。


「……行ってこい」


ジグが出ていった。


ルルがキコの隣に来た。外を見た。夜の帝都。腕輪の光がバラバラに瞬いている。


「キコ」


「何だ」


「革命って、こういうふうに始まるんだね」


キコは答えなかった。


算盤を一度だけ、強く握った。壊れている。珠が二つ欠けている。枠の端が割れている。


それでも、動く。


「……始まってしまったな」


ルルが少し笑った。


川の音が続いていた。帝都の夜は、まだ長かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ