煙と嘘
十五日目の朝、ジグが戻ってきた。
外套の内側が、今日は特に膨らんでいた。机の上に広げると、精巧な接続器、薄い金属板が数枚、それから小さな鍵が一つ出てきた。鍵には紋章がついていた。
ルルが鍵を見た。「聞かないよ」
ジグが少し止まった。「聞けよ」
「なんで」
「聞かれないと言いにくい」
ルルが鍵を持ち上げた。「どこの紋章?」
「上層の財務官の別邸」
「それは貴族の倉庫より上では」
「だから聞けって言った」
キコは金属板を手に取った。質がいい。算盤の端子と合う形だ。ジグが選んで持ってきた。必要なものを、言わなくても分かって持ってくる。
「……ありがとう」
ジグが固まった。ルルも固まった。
「今、何て言った」キコに向かってジグが言った。
「何でもない」
「言い直せ」
「うるさい」
ルルがくすくす笑った。ジグが「笑うな」と言った。笑い声が続いた。
その日の午後から、接続の精度が上がった。
金属板が増幅器として機能した。設計の全体図の、霧が薄くなっていく。濃い霧の場所が、三つある。一つ目は上層の中枢。二つ目は電波塔の地下。三つ目は——
「上が変」
ルルが言った。
キコは算盤から顔を上げた。ルルが天井の上を見ていた。
ジグが音もなく立ち上がった。窓の外、空を見た。
キコは算盤を切り替えた。数値に、乱れが出ていた。大きい翼の振動が、電波に干渉している。複数だ。等間隔で近づいてくる。
「四人」とキコが言った。「大鷲四羽、それぞれ一人ずつ乗っている。あと二分で降りてこられる距離だ」
ジグが振り返った。「どうする」
「燃やす」
一秒、沈黙があった。
「データは」ジグが言った。
「算盤の中だ」
「偽物は」
「もう仕込んである」
「いつ」
「三日前から」
ジグは何も言わなかった。算盤を見た。キコを見た。それから外套を手に取った。
「ルル」
「うん」ルルはもう立っていた。
「火をつけられるか」
ルルは少しだけ、拠点を見渡した。十五日間、ここにいた。屋根の穴を塞いだ。壁の隙間に布を詰めた。文献を積んで、本棚の代わりにした。錆びた鍋で飯を作った。
「つけられる」
ルルが火をつけた。
煙が上がった。
上を見た。大鷲が四羽、まだ高い。降りてくるまで、一分もない。
「走れ」とジグが言った。声がいつもと違った。軽口ではなかった。
三人は川下へ向かった。路地に入った瞬間、背後で翼の音が大きくなった。風圧が来た。大鷲が急降下している。屋根の上を影が走った。
「右」とキコが言った。算盤を抱えたまま。
「左だろ」とジグが言った。
「右だ。左は袋小路だ」
ジグが右へ曲がった。文句を言わなかった。
路地が細くなった。大鷲は入れない。翼をばたつかせる音が、上で止まった。旋回している。別のルートを探している。
「最高だな」とジグが言った。走りながら。
「何が」
「死にそうなのに笑えてる。これが最高じゃなくて何だ」
ルルが「笑ってない」と言いながら笑っていた。
木造の廃屋は、よく燃えた。乾いていた壁が、あっという間に火を広げた。煙が密度を持って立ち上る。大鷲が混乱した。翼をばたつかせる音が聞こえた。降りる場所を失った四人が、上空で旋回し始めた。
三人は川下へ走った。
走りながら、ジグが言った。「三日前から仕込んでたなら、なんで言わなかった」
キコは走りながら言った。「言う必要がなかった」
「俺たちには?」
「……言えばよかった」
ジグが何も言わなかった。走り続けた。
ルルが息を切らしながら言った。「次の場所、どこにする」
「考えてある」とキコが言った。
「また三日前から?」
「五日前から」
ジグが鼻で笑った。走りながら。
川沿いの別の路地まで来て、ジグが足を止めた。追ってくる気配がない。
壁に背を預けて、息を整えた。
ルルが空を見た。煙が上がっている方角に、夕焼けが混じっていた。橙と灰色が溶けている。
「きれいだね」とルルが言った。
誰も答えなかった。でも誰も否定しなかった。
ジグが前髪をかき上げた。「で、奴らは何を持って帰る」
「偽の設計図の断片だ」キコは算盤を確認した。「本物らしく見える嘘だ。解読すると、全然違う場所を調べ始める」
ジグが少しだけ笑った。「意地悪だな」
「正確な嘘だ」
ルルが「すごい」と言った。それから少し考えた。「でも、誰かが来るって、なんで分かったの」
キコは算盤を閉じた。「レンが止めていた座標がある。三日前に気づいた。その座標と、今日の大鷲の侵入経路が、一致している」
沈黙があった。
「……つまり」ジグがゆっくり言った。
「つまり、ではない」キコは言った。「一致しているというだけだ。レンが流したとは限らない。別の経路で漏れた可能性もある」
「でも一致した」
「した」
ジグは壁から背を離した。「分かった」それだけ言った。
ルルがキコを見た。「キコはどう思う」
「……まだ分からない」
「保留?」
「保留だ」
ルルは少し考えた。「じゃあ、あたしはまだ嫌いじゃない」
誰も何も言わなかった。川の音が続いた。
「行くぞ」ジグが言った。「新しい場所、案内しろ」
三人で、夜の路地を歩き始めた。




