利害の一致
十二日目の朝、ジグが戻ってきた。
外套の内側が膨らんでいる。机の上に広げると、小さな受信機、それから見たことのない形の増幅器、銅線の束が追加で出てきた。
「どこから」とキコが言う。
「聞かない、って言ってたろ」
「言っていない。今日はまだ聞いていない」
ジグが少し黙った。「……貴族の倉庫」
「それは廃棄場でも古道具屋でも青果商でもない」
「だから聞くなよって言おうとしてたんだよ」
「先に聞いた」
ジグは外套を脱いで壁に掛けた。「お前、毎回わざと先に聞いてるだろ」
「毎回ではない」
「毎回だ」
ルルが文献の山の陰から顔を出した。「二人とも、毎回楽しそう」
二人とも何も言わなかった。
昼過ぎに、レンが来た。
今日は手土産がなかった。それだけで空気が変わった。ジグが壁から背を離した。キコは算盤から顔を上げた。ルルだけが文献を読み続けていた。
「作業をしたい」レンは言った。「お前たちの算盤と、俺の持っている情報を合わせれば、帝都の設計の全体図が見えてくる」
「利害の一致、というわけか」キコが言った。
「そうだ」
「お前の利害は何だ」
「設計の全体図が見たい。お前たちと同じだ」
ジグが壁に背を預けたまま言った。「断る」
レンはジグを見た。「お前が決めるのか」
「俺が決める」
「キコが決めるんじゃないのか」
「キコに決めさせるために断る」
沈黙があった。レンが少しだけ、目元を動かした。計算している目だった。
ルルが文献から顔を上げた。「キコは?」
キコは答えなかった。算盤を見た。レンを見た。算盤を見た。
「……条件を聞く」
ジグが一瞬だけキコを見た。何も言わなかった。壁に背を預け直した。
作業が始まった。
レンが情報を出す。キコが算盤で検証する。数値が噛み合っていく。帝都の設計の輪郭が、少しずつ形になってくる。
ジグは加わらなかった。壁側の一番暗い場所に座って、腕を組んで、全部を見ていた。
ルルはレンの隣に来て、作業を覗き込みながら、時々質問した。そしてルルが、脈絡なく聞いた。
「レンは、誰かと一緒にやったことある?」
キコの手が、一瞬だけ止まった。
レンは答えを探した。ほんの少しだけ。でもキコには分かった。この人間が答えを探したのは、今日初めてだ。
「……ある」
「今も?」
「今はいない」
ルルが「そっか」と言って、文献に視線を戻した。それ以上聞かなかった。
室内が静かになった。算盤の音だけが続いた。
ジグは何も言わなかった。でも壁から背を離していた。気づいたらそうなっていた。
夕方になって、作業が一区切りついた。
設計の全体図の、三分の一が見えてきた。残りの三分の二はまだ霧の中だ。
レンの情報は正確だった。一箇所を除いて。
キコは気づいていた。レンが出してくる数値の中に、一点だけ「手前で止まっている」場所がある。嘘じゃない。でも全部じゃない。意図的に、何かを手前で止めている。
指摘しなかった。算盤の端に、その座標だけをしまった。
帰り際、レンは「明日も来る」と言った。
「来い」とキコが言った。
ジグは何も言わなかった。扉が閉まった。
それからジグが無言で立ち上がった。外套を手に取った。
「どこへ」とキコが言う。
「ちょっとな」
「いつ戻る」
「戻ったら戻る」
足音もなく、出ていった。
ルルがキコを見た。「ジグ、何しに行ったの」
「分からない」
「キコには分かるでしょ」
キコは算盤を開いた。返答をしなかった。
窓の外で、帝都の夜が始まっていた。腕輪の光がバラバラに瞬いている。
キコは算盤の端を確認した。レンが止めていた座標が、そこにある。なぜ止めたのか。まだ分からない。でも数値は嘘をつかない。止めた、という事実だけは、確かにある。
カチ、と珠を一つ弾いた。




