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帰還

私はシエラに尋ねた。両親は自分のことをどう思っているのか、と。


シエラは少し間を置き、言葉を選ぶように答えた。


「あなたのご両親は…あなたが『超越者』の一人として帰ってくると信じています。5年前、ダンジョン出現と同時に世界各地で数百万人が消えました。そのほとんどは異世界へ送られ、生きて帰れたのは11人だけ。その11人は『超越者』と呼ばれ、各国で英雄として扱われています」


俺の顔を伺いながら彼女は続けた。


「あなたのご両親には、あなたがその超越者よりもはるかに強い存在として戻ってくると伝えてあります。死んだことにはなっていません。むしろ…世界を救うために旅立った英雄だと」


俺は黙ってうなずいた。超越者どころか、俺は800年の時を異世界で生き、魔王を倒し、邪神を倒し、失われた魔法文明を復興させ、ついには神々と対等に渡り合えるほどの力を持っていた。世界最強という点では、間違ってはいない。


「そういう認識なら…それでもいい」


私はそう呟き、歩みを早めた。胸の奥で熱いものが滾っていた。異世界では800年、現実では5年経っていた。この再会をどれだけ待ち望んだことか。


シエラが教えてくれた雑貨屋は、街の中心部にあった。想像以上に大きく、洒落たデザインの店舗だ。看板には『希望堂』とある。両親が営む店だと聞いていたが、これほど立派な店だとは。


ドアの前で一瞬、足が止まった。800年の戦いや苦難の末に、ようやくたどり着いたこの瞬間。手の平に汗がにじむ。俺はこの瞬間のために戦い続けてきたんだ。


深呼吸を一つして、私はドアを開けた。


店内は明るく、様々な商品が整然と並べられていた。魔法の薬草に似た香り、異世界の鉱石を思わせる輝き。どこか懐かしい空気が漂っている。


たまたまなのか…店に誰もいなかった。


そして奥のカウンターで、二人の人影が話し込んでいた。


母の声が聞こえた。


「…あの子、きっと今日こそ帰ってくるって、朝から胸が高鳴ってるの」


父が優しく答える。


「無理に期待しすぎると、また傷つくよ。でも…私も何だか、今日は特別な気がする。今日は店を開けないでおいたからね。」


彼らの姿を見た瞬間、800年の歳月が一瞬で色あせた。母の白髪が増え、父の背中が少し曲がっている。それでも、あの温かな笑顔は変わらない。


2人に「ただいま」と伝えたかった。でも、声が出なかった。喉が詰まり、目頭が熱くなる。


母がふとこちらの方を見て、目を見開いた。


「…まさか」


父も振り向き、眼鏡をかけ直してじっと私を見つめた。


長い沈黙が流れた。


そして両親が、ゆっくりとカウンターから出てきた。一歩、また一歩。俺に歩み寄ってきた。そして、震える手を伸ばす。


「「…おかえり」」


その一言で、全ての緊張が解けた。私は駆け寄り、両親をしっかりと抱きしめた。父の肩も、母の背中も、800年前の記憶そのままの温もりだった。


「ただいま」


声が震えた。涙が止まらなかった。


「遅くなってごめん。本当に…長い間、ごめん」


母は私の背中をポンポンと叩きながら、泣き笑いしていた。


「バカな子!どこに行ってたの!心配しすぎて髪が真っ白になっちゃったじゃない!」


父は黙って私の肩を握りしめ、うつむいたまま小さくうなずいていた。彼の肩が微かに震えているのに気づいた。


しばらく抱き合った後、母が私の顔を両手で包み、じっと見つめた。


「あんた…随分と大人になったわね。目の中に、ものすごく長い時間を見てきた人のような深みがある」


私は苦笑した。そりゃそうだ。


「800年分くらい、ね」


両親は一瞬きょとんとしたが、やがてまるで理解したかのように深くうなずいた。


父がようやく口を開いた。


「…大変な目に遭ったんだな」


「うん。でも、それ以上にたくさんのものをもらった。強さも、仲間も、そして…絶対に帰ると誓ったこの気持ちも」


店の奥の居住スペースに通され、俺は800年分の冒険物語を話し始めた。異世界での冒険、戦い、出会いと別れ。最初は魔法も使えない平凡な青年が、どうやって神々を倒せるほどの強者となったのか。


両親は一言も遮らず、真剣な表情で聞き入っていた。時折、母が「まあ!」と驚きの声を上げ、父が深くうなずく。


話が一段落した時、外がすっかり暗くなっていた。


母が立ち上がり、台所に向かう。


「今、あんたの好きだったカレーを作るから。5年…いや、800年ぶりだもの、特別なのにしないと」


父は私をもう一度じっと見つめ、ゆっくりと言った。


「お前が帰ってきてくれて…本当によかった。毎日、この店を大きくすることを目標にしてきた。お前が帰ってきた時、誇れるような店にしたくて」


胸が熱くなった。


「立派な店だよ。『希望堂』…いい名前だ」


「お前が希望を持って帰ってくることを信じてつけたんだ」


その夜、久しぶりの家族団らんは、800年の時を超えてなお変わらない温かさに包まれていた。異世界で手に入れた強大な力も、魔王を倒した武勲も、今この瞬間には何の意味もなかった。ただ、ここに帰ってこられたこと。この温もりを取り戻せたこと。それだけで全ての苦難が報われた。


寝る前、居住スペースの俺の部屋に入ると、そこは5年前と全く同じだった。ほこり一つなく、ベッドメイクも整っている。


母がドアの外から声をかけた。


「毎日掃除して、いつでも帰ってこられるようにしてたのよ」


「…ありがとう」


布団に入り、天井を見つめた。異世界では、星空の下で眠ることすらままならない日々もあった。常に警戒し、次の戦いに備えなければならなかった。


でも今、この瞬間。両親が隣の部屋で息づいているこの安らぎ。これが、私が800年かけて守りたかったものの正体だった。


目を閉じる前、私はそっと呟いた。


「ようやく…本当に帰ってきた」


そして、5年ぶり、いや800年ぶりの、深く安らかな眠りに落ちていった。

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