第15話
あれから数ヶ月、私たちの関係はもとに戻ることはなかった。むしろ、静かな崩壊すら感じさせた。食卓には会話はなく、環境音しかしない部屋。
それでも同居は続いていて、黙々とアプリ開発に勤しんでいる。
この環境に馴染んでしまい、気まずさは薄れてしまった。だけど、何か違う。思い描いていた生活とは、かけ離れている。
月成は仕事のパートナーとしては信頼しているけど、前の私なら、それを嫌がったはずなのに。
ふと思い立って、私は口を開く。
「ねえ、月成」
「えっ!? はい、何ですか!」
月成は声を裏返らせながら返事をした。
「散歩……行かない?」
夏の残り香を感じさせる気温の街。隣を歩く足音が、妙に揃っていた。
「月成はさ、今でも私のこと好き?」
月成は返事に詰まりながらも、答えてくれた。
「はい。今でも雛乃のことが好きです。きっと、これからも」
「そう」
素っ気ない返事をし、次の質問を投げかける。
「じゃあさ、これからも私と暮らしていきたい?」
少しだけ強い風が吹く。それに反し、私の声は小さくなる。
「同じ家にいるのに、他人みたいで。生活の不安もあるのに」
月成はすぐに答えなかった。
答えを探すように、視線が揺れている。
「もちろんです。私はあなたと同じ道を歩んでいきたい。どんなことがあっても」
深く息を吸い込み、月成は続ける。
「努力し続けるあなたに惹かれたから、私は傍にいたいんです」
予想外の言葉に、思わず足が止まった。じわじわと胸が熱くなる。
「どうかしましたか? 体調でも」
「だっ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
歩き出すと、月成が話し出す。
「雛乃さん、私からも質問していいですか?」
「ん、いいけど……」
月成が一呼吸置いて言う。
「雛乃さんは、なぜ私を従者にしたんですか」
分からない。あの時の私が、月成を従者として雇ったのか。
階段で弁当を食べてて可哀想だったから? そんな訳ない。
答えが出なかった私は、無意識に声色が高くなりながら言った。
「気まぐれかなー。あんまり覚えてないけどー」
月成が小さく笑い、こちらを向く。
「そうですか。気まぐれでも、私に手を差し伸べてくれたんですね」
月成は満足そうに、背中の後ろで手を組む。
月成の横顔を見る。
さっきの言葉が、やけに綺麗すぎて、どこか現実味がない。
また、同じことをするかもしれない。そう思った瞬間、喉の奥がひりついた。
目を逸らす。
それでも、さっきの声が頭の中で何度も繰り返される。
……気持ち悪い。
なのに、考えるのをやめられない。
定期テストが近づいてきた頃、ついにアプリ開発が完了した。
動作にも問題はなく、難しいところを個人エンジニアに任せて良かったと思う。
あとはリリースするだけ。
心臓の高鳴りを感じながら、パソコンの前に座っている。その様子を、月成は固唾を飲んで見守っていた。
人差し指をエンターキーに向けながら、私は言う。
「それじゃあ、行くよ? 月成」
「はい、雛乃さん」
カチッという音ともに、私たちの開発したアプリはリリースが開始した。
「よしっ! やったね月成!」
手のひらを向けると、月成は手を合わせた。
「「あっ」」
アプリ開発が終了した興奮で、手を合わせてしまった。私たちはすぐに視線をそらし、沈黙の時間が訪れる。
無性に手元が寂しくなり、パソコンを閉じて筆記用具を机に置く。最近は勉強時間が取れず、定期テストの対策はほとんどできていない。
それを見てか、月成はリビングに戻り勉強を始めた。
テストの範囲はほとんど頭に入っているが、まったくと言っていいほど集中できない。月成の言葉と真望さんの言葉が、頭の中で行ったり来たり。
さらには、アプリが上手くいくかどうかという不安が、心を埋め尽くしていく。
アプリの売上が芳しくなかった場合、別の方法を考えないといけない。効率は悪いがバイトをすることも視野に入れないといけない。
大丈夫、いいものを作ったらお金はついてくるもの。そう心に言い聞かせるが、ペンを転がす指は止まらなかった。
地獄の期末考査を終え、校内は活気に溢れている。普段の私もその類いだが、今回は違った。
全く勉強に身が入らず、考査中も考えごとばかりで、頭が回らずにいた。
テスト結果が一階の廊下に張り出されているのだが、どうも見る気にならない。
私の異変に気づいたのか、凪佐が話しかけてくる。
「どしたの、お腹でも壊した? まさか、テストの点数ヤバかった?」
「いえ、お気になさらず」
「そう、じゃあ俺たち見てくるわ」
凪佐は友達を連れて、張り紙を見に行った。
私は大きくため息をついて、立ち上がる。遅かれ早かれ、テストの結果は知ることになる。
重い足取りで、一階の廊下へと向かう。
張り紙の前には、多くの生徒がたむろしていた。テスト後はいつもそうなのだが、耳障りなほど騒がしかった。
なんとか張り紙を見ようと、後方から背伸びをする。
いつもは一番に書かれている私の名前が一向に見つからない。焦燥に駆られるように、見落としがないか探すが私の名前はない。
現実を受け入れられないでいると、女子生徒の会話が聞こえた。
「ねえ、雛乃さんの名前載ってなくない?」
「えっ!? ホントだ。令嬢様なのにー」
「ちょっ、それ関係なくない」
いつもの私だったら、気にもとめなかった言葉も、今の私には、やけに鋭く刺さった。
顔が青ざめていくのを感じた。
さっきまで耳障りだった話し声も、どこか遠く聞こえる。急激に足の力が抜け、立っていられない。
人気のない階段まで移動し、スマホを取り出す。アプリの売り上げを確認するが、一週間で千円程度。
足元に差す影が、こちらを覗く。
今にも崩れ落ちそうな体を、壁に預ける。
何かに縋りたかった。今だけでもいい、私を支えてくれるものに。
私は真望さんとのトーク画面を開く。
――今日はごめんね。困ったことがあったら、あの時みたいにお姉さんを頼ってね。
真望さんからのメッセージが載っていた。
呼吸が浅くなり、喉が詰まる。
私は震えた指で、真望さんにメッセージを送った。




