第14話
放課後、帰りが遅くなることを月成にメッセージを残した。家具の配送は業者に任せてるので、月成一人でも大丈夫だろう。
気を抜けば足がもつれてしまいそうだった。それでも私はカフェに向かう。夕暮れが妙に眩しく、目を細める。
あの人は今更何を話したいのだろうか。写真を使い私を脅すつもりか、はたまた謝罪でもしたいのか。
大丈夫、私は強くなった。どんな精神状態でも、脅しには屈しない。謝罪されても許せる度量が……いや、無理だ。
私にトラウマを植え付けたあの人を許すなんて。でも、あの出来事がなければ月成を突き放していたかもしれない。
そもそも、人を信用できないのに、なんで月成を雇ったんだろう。
それに、友達になりたい、対等な関係になりたいなんて。
本当に人を信用してないなら、こんなこと。
こびりついた疑問を抱えたまま、私はカフェに着いてしまった。
ドアノブを掴むが、一瞬だけ躊躇う。ここに入ったら、もう後戻りできない。扉の先に何が待ち受けているのか。
そんな迷いを振り払うように、勢いよく扉を開いた。店内を見渡し真望さんを探す。白銀の髪だからか、すぐに見つかった。
角のテーブル席に座っていて、窓から外を眺めている。
私はゆっくりとその席に向かう。足音で気づいたのか、真望さんはこちらに振り向いた。
「来てくれてありがとう。雛乃ちゃん」
名前を呼ばれ、息を呑んでしまう。
平然を装いながら、真望さんの向かい席に着く。
「お久しぶりです。それで、要件は何でしょうか」
「そうだね。あの時のこと、覚えてるよね? 嫌な思いさせちゃっただろうし、私も後悔してる」
言いながら、真望さんは頭を下げる。
「その節は、本当に申し訳ありませんでした。遅すぎるのは分かってるけど、絶対に言わないといけないから」
「許せるわけないですよ。初めて信用した人にあんなことされて……今でも、今でも……」
真望さんは宥めるような目を向けてくる。
あなたのせいなのに。あなたが私にこんな感情を抱かせるのに、どうしてそんな目で見てくるの。
「本当にごめんなさい。許されるとは思ってない。だけど、あなたの支えになりたいの」
「支えに……? あなたが!?」
真望さんは頷き、テーブルに写真を置く。それは、教室の机に入れてあったものと同じだった。
「雛乃ちゃん、この人とはどんな関係なの?」
「それよりも、どこで撮ったんですか! まさか、ずっとつけてきて……」
「違うよ。大学が休みの日にたまたま見かけて、とっさにスマホで撮ったの。
勝手に撮影しちゃってごめんね」
少し寒気がした。
真望さんは回答を求めてくる。
どう答えたらいいのか。素直に答えてもいいの、それに今の私たちは……
私は口を開くことができず、俯いてしまった。
真望さんの白銀の瞳が揺れる。
すぐに、穏やかな微笑みを浮かべるが、あの瞳が脳裏に焼きついた。
「ねえ、雛乃ちゃん。その人も本当に信用できる?」
その言葉に胸が締め付けられる。どうにか考えないようにしていたことを告げられた。
できる。そう言いたいのに、あの夜の記憶がフラッシュバックしてしまう。なんとか口を開いても、言葉が出ることはない。
真望さんが、僅かに口角を上げたような気がする。
「否定しないんだね。
あの子も私も、雛乃ちゃんには信用に値しない。雛乃ちゃんたちが、どんな関係性か分からないけど、これだけは信じてほしい。
私はもう雛乃ちゃんを裏切らない、絶対に」
頬から滴り落ちた水滴が、スカートに染みをつくる。
心臓の鼓動につられるかのように、頭の中が響く。
「ひっ、雛乃ちゃん!? どうしたの? 大丈夫!?」
真望さんがこちらに手を伸ばしてきた。思わずその手をはらいのける。
「あっ、ごめんね。雛乃ちゃんが泣いてたから、つい」
制服の袖で目元を拭う。その箇所だけ色が濃くなり、自分が泣いてることに気づいた。
一刻も早く、この場から逃げ出したい。自分でも抑えきれない感情が溢れる前に。
「あのね、今すぐに信用してなんて言わないから……」
「ごめんなさい! 今日は帰らせてもらいます」
真望さんの言葉を遮り、立ち上がる。
私はそのまま店を出た。真望さんが何か言っていたが、私の耳には届かなかった。
しばらく走ると、小さな公園に着く。ブランコや鉄棒、滑り台があるが遊んでいる子どもはいない。
私はブランコに腰掛け、スマホを取り出す。特に理由があるわけでもないけど、何か触っていないと落ち着かなかった。
ホーム画面をスクロールしていると、一件の通知が来た。
それは真望さんからだった。
――今日はごめんね。困ったことがあったら、あの時みたいにお姉さんを頼ってね。
本当に、もう一度信じてもいいのかな。真望さんは心を入れ替えて、私に真摯に向き合ってくれてるかもしれない。
でも、確証がなかった。
月成も、真望さんも私はどう向き合えばいいの。
項垂れるように前かがみになる。震えた息を吐きながら、二人のことを考えた。
アパートに着くと、玄関に段ボールが積み重ねられていた。リビングに向かうと、エプロン姿の月成が料理をしていた。
月成がこちらに振り向くと、不器用な笑みを浮かべる。
「おかえりなさい雛乃さん。夕食はまだできなさそうなので、先にお風呂入ってください」
「うん、ありがとう」
無愛想な返事をし、言われた通り浴室に向かう。
目を合わせられなかった。なんで? 朝はできたのに。
その時、真望さんから言われた言葉が脳裏をよぎる。
――ねえ、雛乃ちゃん。その人も本当に信用できる?
何かが、静かに崩れた。
理由は分からない。だけど、もう元に戻らないと分かる。
水音だけがやけに鮮明で、それ以外の全てが深く沈んでいく。




