第13話
記されていた名前は綴永真望、私が屋敷に住んでいた時のご近所さんだ。
姉のように接してくれて、包容力のある人だった。私も、かなり心を許していた。
しかし、あの出来事をきっかけに、その関係は絶たれてしまった。
ある日、真望さんから、お泊り会に誘われた。私は他人に時間を使うことが少なく、無論、お泊り会なんてしたことがない。
だけど、真望さんとならやってみたいと思い、両親を説得してお泊り会の誘いを受けた。
浮き足立つ気持ちを抑えながら、私は真望さんのお家に向かう。呼び鈴を鳴らすと、いつもの甘美な笑顔で出迎えてくれた。
ゆらゆらと風になびく白銀の長髪が、その笑顔を強調するようだ。
当時の真望さんは、高校生ながら一人暮らしをしていたようで、どこか寂しさを感じさせる家だった。
掃除が行き届いて、シミ一つない部屋。装飾品や漫画、ゲームなどがほとんどなく、寂しさを一層引き立てていた。
「ごめんね、面白みのない家で」
「まあ、そうですね」
思ったことを素直に言う私の癖が出てしまった。
「もおー、雛乃ちゃんったら。もうちょっと、お世辞とか覚えたら?」
「すみません。強いて言うなら、クマのぬいぐるみが置いてあって、可愛らしいと思ったくらいですかね」
ソファの上に置かれている、少し大きめのクマのぬいぐるみを見て言った。
「うんうん、真望お姉さんは嬉しいよ。それじゃあ、何したい? ゲームとかはやるの?」
「スマホやテレビゲームはしたことがありませんが、チェッカーというゲームならしたことがあります」
真望さんはポカーンと口を開いて、少し間抜けな表情を浮かべる。
それを見た私は、くすっと声を漏らし笑った。
「ちょっとー、なんで笑うのー? まあ、可愛い笑い声聞けたらいいけど。
それで、ちぇっかー? ってどんなゲームなの?」
屋敷からチェッカー盤を持ってくるのも面倒だったため、私のスマホにアプリを入れた。
簡単にルールを説明し、私たちはチェッカーを始める。
しかし、結果は……
「あのー、雛乃ちゃん? もう少し、手加減してくれると……お姉さん嬉しいかな?」
「私、勝負で手加減はできません。
それに、真望さんも少しずつ上手くなってるので、手加減は不要かと」
「それは嬉しいけど……雛乃ちゃんって、やっぱり頭良いんだね。何手先まで読んでるの?」
「さあ?」
「さあ!?」
言いながら、真望さんは笑い出した。つられて、私も笑ってしまう。
その後も対局を続けたが、真望さんが私に勝つことはなかった。
昼になり、真望さんの手料理をご馳走になり、勉強会が始まる。
中学一年生の私は、高校二年生までの範囲は網羅しているので、ある程度真望さんにも教えられた。
「私が教えられることないじゃん! もっとお姉さんらしいとこ見せたいのに!」
子供のように頬を膨らませる真望さんは、とても可愛らしい。
「私にとっては、十分良いお姉さんですよ……」
私はそう小声で漏らす。すると、真望さんは私の肩を掴み、揺らしてくる。
「ねえ! 今なんて言ったの? ねえ、ねえ!」
「何も言ってませんよ! ほら、真望さんには受験があるんでしょ、早く勉強しますよ!」
「そんなことどうでもいいから! さっき、なんて言ったの?」
「そんなこと!? 今後の人生に関わることでしょ!?」
「私にとっては死活問題なの!! だから、お願い!」
潤んだ瞳で見つめられ、心が揺らいでしまう。懇願され続け、ついに折れた。
さっき呟いた言葉をそのまま伝えると、真望さんは、パアッと輝かせる。
「もぉー、ほんっと雛乃ちゃんは可愛いんだから!」
私を撫で回しながら、真望さんは言った。正直、悪い気はしない。それどころか、満たされるような感覚だった。
それに気付いたのか、真望さんは抱きしめてきた。少し苦しいが、苦痛には感じない。
ただ、今思えば、この時の抱きしめ方が妙に色っぽい気もする。
真望さんは、そのまま十分ほど私の体を確かめるように抱きしめていた。満足した真望さんは、ようやく勉強に戻る。
私は高校入試は余裕なので、真望さんから高校数学を教わることにした。
真望さんもかなり勉強ができるので、教え方が上手い。それに、面白い解釈の仕方もあり、楽しみながら理解できた。
すぐに理解してしまう私を、真望さんは少し寂しそうに見ていたが。
日頃の疲れや、慣れないお泊り会で私はソファで眠ってしまった。その間、真望さんは夕飯を作ってくれていたらしい。
テーブルには、ハンバーグやサラダ、スープ等、バランスの取れた食事が並べられている。
私たちは向かい合うように座り、ご馳走になることにした。
「さすがお嬢様だねー、なんか品がある」
言いながら、真望さんはハンバーグをフォークで刺し、こちらに差し出してくる。
「だったら、こういうのはやったことある?」
「なんですか?」
「あーんって、口開けて」
私が引きつった顔をすると、じぃーっと見つめてくる。仕方なくそれを口にすると、真望さんは興奮した様子で、次々とフォークを差し出してきた。
少食な私にとっては、非常に辛かった。
お風呂に入り、眠る時間となる。
「雛乃ちゃんがベッドで寝てね。お姉さんはソファでいいから」
「真望さんがベッドで寝てください。私がソファで寝るので」
真望さんは、私が譲らないと分かっているのだろう、腕を組みながら悩んでいる。
「うーん。じゃあ、お姉さんと一緒に寝よっか」
「えー」
「そんな顔しないでよ! さすがにショックだなー」
「すみません。ですが……」
私の言葉を遮るように、真望さんが私の手を握ってきた。迷子の子供のような目で見つめられ、揺らいでしまう。
この時、はっきり断れていれば……
初めてのお泊り会、姉のように接してくる真望さん、この人なら大丈夫。
ちょっとだけ、恥ずかしいけど。
「分かりました……」
――
【真望視点】
雛乃ちゃんが、いつも私が眠っているベッドで寝ている。そう思うだけで、気分が高揚する。私はやることがあると言い、雛乃ちゃんが完全に眠るまで、ソファに座って待っていた。
自分が最低なことをしようとしているのは分かっている。でも、素直に付き合ってほしいと言っても、あの子は受け入れてくれないと思う。だから、無理やりにでも私を意識させるしかない。
雛乃ちゃんをお泊り会に誘って良かった。
ガードが固いから、半ば諦めかけていたけど、まさか乗ってくるなんて。
雛乃ちゃんと仲良くしたのは、最初から下心があった訳じゃない。だけど、どんどん雛乃ちゃんの魅力に堕ちてしまっただけ。
私だけのせいじゃないよね……
三十分ほど経った時、私は寝室へ向かった。
すやすやと可愛らしく眠っている雛乃ちゃんが、私の理性を狂わせていく。
起こさないようゆっくり、左手で雛乃ちゃんの両腕をまとめて押さえつけた。
そのまま、雛乃ちゃんの服をはだけさせる。
健康的な乳白色の肌。そして、イメージ通りの純白の下着。
凛としていて、少し冷たい態度。けれど、あざとい一面もある。雛乃ちゃんは、まさに雪のような女の子だ。
その時、雛乃ちゃんが目を覚ました。
胸元と私の顔を交互に見て、次第に瞳には涙が滲む。
「ひ、雛乃……ちゃん? 落ち着いて聞いて……私、」
「うるさい!! なんで、なんでですか……?」
雛乃ちゃんは声を荒げた。取り乱したように、雛乃ちゃんが私の下でもがくように暴れる。
「信じてたのに……友達ができて、初めてのお泊り会。姉みたいな真望さんだから、信じてたのに……」
今にも消えそうで、掠れた声が暗い寝室に溶ける。
「お姉さん、雛乃ちゃんが好きで……。だから、雛乃ちゃんに意識してほしくて」
私は素直に謝れなかった。なんでだろう、本当に。
「お願い、お姉さんのこと好きになって? ね? そしたら、今までみたいに……」
「……帰してください」
雛乃ちゃんはボロボロと大粒の涙を流しながら、ひどく怯えた様子で懇願していた。
私の頭は完全に冷め、胸が締め付けられる。
「やめて、ください。真望さん。お家に、帰して……」
無意識に全身の力が抜けた。それを好機と見たのか、私を押しのけて雛乃ちゃんは寝室から逃げてしまった。
しばし、呆然としていると、私の視界が滲んだ。
――
【雛乃視点】
嫌なことを思い出した。
手紙を見れば、連絡先が書いてあった。登録しろってことだろう。
渋々登録すると、すぐにメッセージが届いた。今日の七時に、カフェで会いたいとのこと。
メッセージを打つ手が、小刻みに震える。いまさら会う必要なんて無いと思う。写真をばら撒かれようが、大した影響はないはず。
周りから変な噂を流されても気にならない。学校側も軽い注意で終わるはずだ。
でも、会わなければならない気がする。
明確な理由があるわけじゃない。それでも真望さんと会わないといけない。
私は、分かりましたとだけメッセージを送った。




