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第12話

 朝になり、私たちはホテルを出た。今は、近くにあったカフェで朝食を取りながら、アプリ開発を進めている。少し暗めの間接照明が、モダンな雰囲気を漂わせていた。

 しかし、どうにも昨夜のことが頭から離れず、集中できない。


 あの時は、強く出れたが、体の震えを抑えるので精一杯だった。正直、月成が怖い。だけど、大切な人でもある。


 頭の中で渦巻くように、月成への気持ちを確かめた。しかし、どっちつかずで、答えが出ることはなかった。

 出ないものは仕方ない。時間が風化してくれることを信じる他ない。


 「月成、アプリの詳細を決めよう」


 月成は居心地が悪そうに、私から目線を逸らす。私だって、このことを引きずりたいわけじゃない。早く元の関係に戻りたいから、気まずそうにしないでほしい。


 「分かりました」


 「じゃあ、まず教材から……」


 それから三十分近く話し合ったが、ほとんど頭に入らなかった。


 ふと、月成に勉強を教えた時のことを思い出す。勉強で分からないところがあれば、解説を見たり、人に教えてもらったりする。

 解説を見ても理解出来なかった人は、教師や友人に、教えてもらうことが大半。人に教えてもらったことは、記憶に残りやすいとも聞く。


 そういうことか。


 雫さんが伝えたかったことが、ようやく理解できた。


 「月成、他のアプリとの差別化する方法が分かったよ」


 先程まで表情が曇っていた月成が、驚いたような顔をする。


 「本当ですか!」


 「うん。ほんと」


 私は一拍置いて言う。


 「解説動画を撮ろう」


 大したことは言っていない。そんなことは十分に理解している。ただ、学習管理アプリという枷に囚われていた私にとっては、難問を解いたような気分だ。


 「人って、ただ勉強時間を作るだけじゃ意味がない。自分一人で理解するには限界がある。

 前に、月成が私に分からないところを聞いてきたでしょ? それがヒントになったの」


 月成は懐かしそうな目をする。ただ、視線は私を捉えていない。


 「そうですか。良いアイディアですね、さすが雛乃……さんです」



 振り出しに戻ってしまった。

 敬称……やっと外してくれたのに。

 せっかく浮かんだアイディアが抜け落ちそうになる。

 本当に、私たちは元の関係に戻れるのだろうか。そんな不安が、胸の中を埋め尽くす。




 私たちは、再びホテルで部屋を借り、作業に戻る。ホテルに入るとき、誰かからの視線を感じた気がしたが、それらしい人物は見当たらなかった。


 不吉な予感。

 ざくろのような赤黒い塊が、胸の中で転がる。


 今はそんなことに意識を向けている場合ではない。私は動画の台本作り。月成は、プログラムを組む。

 しかし、このペースでは貯金が無くなるほうが早い。多分、明日か明後日にはアパートに住むことになり、家賃も支払うことになる。


 そのため、時間がかかりそうなプログラムは、個人のエンジニアに任せることにした。

 無論、お金は掛かるが、考える時間すら惜しい。


 その後も、作業を続け、気づけば十九時を回っていた。

 ふと、スマホを開けば、一件の通知が届いていた。不動産からで、明日からアパートに住めるというもの。


 月成に知らせ、家具の相談を始める。冷蔵庫や洗濯機など、家電や家具一式をネットで探す。学校から帰る時間帯に、配送を依頼する。

 問題になったのは、ベッドをどうするかだ。


 借りた部屋はあまり広くなく、寝室に出来そうなのは一部屋だけ。さらに、今の私たちはなるべくお金を使いたくない。


 一緒のベッドで寝る?


 無理だ。昨日のことを思い出すだけで、悪寒が走る。


 その時、月成が頬を掻きながら言った。


 「その、私の退職金を使えば、ベッドの一つくらい買えると思いますが」


 「そう。じゃあ、月成は自分のベッドを買ってくれる?」


 「……分かりました」


 正直、一緒の部屋で寝るのですら怖い。だけど、早く元の関係性に戻りたい。

 私は、こんなに弱い人間だったのか。


 自嘲しつつ、気分転換にシャワーを浴びるため、浴室に向かう。なぜだろう。ただ、寝ている時に、口づけされただけで恐怖心を覚えるのは。

 嫌いな人だったら、恐怖心はもちろんのこと、怒りも湧いてくるはず。

 しかし、月成に対して、一切の怒りはない。


 服を脱ぎ終わり、頭の強張りをほぐすように、シャワーを浴びる。

 程よい水温で、屋敷で月成と一緒のベッドで眠ったことを思い出した。

 もはや、昔のように思えるが、あの時の心地良さは体が覚えている。そして、その感覚を求めるように、手が震えた。




 翌朝、私たちはホテルからそのまま学校に向かう。隣に歩いているものの、業務連絡のような会話しかしていない。

 他の人から見れば、ビジネスパートナーのように見えるのかな。


 教室に着き、机の横に荷物を置く。キャリーケースなので、少々目立ってしまい、朝から視線を集めた。


 机に教科書を入れようとすると、青色の長方形の紙が入っていた。それは洋封筒だった。隅には私の名前が書いてあり、人違いではないようだ。

 そして中身を見た瞬間、私の心臓は飛び跳ねた――


 写真には、私と月成がホテルに入る瞬間が写されていた。正直、これはどうでもいい。

 私は、手紙に記載されている宛名を何度も確認した。

 記憶の奥で閉ざしていたはずの過去が溢れ出る。


 私が人を信用しなくなったきっかけが――

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