旦那様と、火遊び
『良き妻のすすめ』だと、妻は旦那様の火遊びにも寛容でいなければ、ならない…。
寛容で…?
思わず、後ずさる。
とん、とぶつかると頭の上から声が聞こえる。
「おっと…。これは、フィデル夫人。」
この声は…。
「で、殿下…」
慌てて頭を下げる。
なんて無礼なことをしてしまったのだろうか。
「大変失礼いたしました。私の不注意で殿下にぶつかるなど…」
「いいや、構わない。夫人はあやつに会いに来たのだろうか…。あぁ、あやつはリーベルト伯爵夫人とその令嬢と一緒か。」
軽く手を振られると、殿下は旦那様の方を見やる。
「あやつはフィデル夫人を愛してるといいながら、こんな可憐なフィデル夫人を放って、リーベルト伯爵夫人たちと一緒とは…隅に置けん。良ければ、彼が来るまで私がもてなそう」
そう言って微笑まれた。
殿下のお誘いに否と唱えるなど、不敬だ。
『良き妻のすすめ』にも、旦那様を立てよと書いてあったもの。
その言葉に頷きかけた。
その時、
「こんのくそ殿下!」
そんな声とともに、身体が傾く。
え?
「誰が妻を放っていると?横恋慕してんじゃねぇぞ、くそ殿下!」
横恋慕?
…いえ、旦那様。
それは、大変不敬だと…。
「あ…大丈夫だろうか?なにか嫌なことは言われてないか?アイツはベタベタと人の妻を…。」
そう言って、服や顔を確認される旦那様。
「あ、だ…旦那様…?大丈夫ですから…あの…」
助けを求めようと侍女や家令に目をやると、揃って大きく目を逸らされた。
あの…皆さん?
助けて…。
「ぷっ…あはは!」
廊下には殿下の笑い声が響いた。
えっと…。
どういう状況でしょうか…。
*****
廊下いっぱいに響く笑い声にいらっとする。
こんのくそ殿下。
「なに笑ってるんですか!だいたい、この時間は会議でしょう!…お前、またサボりやがったな!毎度毎度、苦情が来るのは俺なんだぞ!」
「いやいや、悪いな。それより、フィデル夫人が呆気にとられてるようだが?」
その言葉に慌てて彼女を見れば、目をぱちくりさせていた。
その表情すら愛らしい。
…あぁ。
起きている彼女を見るなんていつぶりだろう。
いや。
そう…結婚式以来だ。
「あの、旦那様…?」
「いや、すまない。せっかく会いに来てくださったのに…」
「いえ、ご迷惑ではなかったでしょうか…」
なんて不安げに見上げる彼女。
迷惑な訳がない。
そう伝えようと口を開いた瞬間。
「なんだ、よそよそしい。まるで久し振りにあったかのようじゃないか」
その殿下の言葉にぷちんときた。
「…お前が俺の仕事を増やすからだろうが!毎日毎日毎日毎日書類を増やしやがって…。こちとら新婚なのに、なんで彼女の寝顔しか見れないと思ってる!」
「ん?私が増やしたのは事実だが…まさか、毎日あの量をこなしてたのか?新婚なのに?
あれくらい、次の日に回してもよかったのだが…生真面目にこなしたと?…ふ…あはは…それで家に帰れなかったと?」
楽しそうな声が響く。
あぁ、この人は本当に…本っ当に、俺の気持ちを逆立てるのがお上手だ。
そもそも、このくそ殿下が仕事を押し付けなければ毎日彼女と逢えるし、食事だって出掛けることだってできたのだ。
それを言うことかいて『次の日に回せばいい』と?
あぁ、そうか。
ならば…覚えてやがれ。




