旦那様の、愛情
「だいたい…」
そう殿下を詰める旦那様の姿は、初めて見た。
いえ、旦那様のお姿を見るのは初めての夜以来だから…。
…こんなに饒舌な方だと知らなかった。
知らない旦那様の姿に思わず頬が緩む。
…私が邪魔をしていたわけではなかった。
「だいたい、噂になってるぞ?かの可憐な令嬢を夫人にしただけでなく、夫人を囲い込んでいると」
「囲い込む…?やっと会話できたのにどうやって囲い込むと?」
囲い込む…?
ぽんぽんとテンポよく話されるお二人に疑問がわく。
「あの、旦那様?その口調は…殿下に不敬では…」
その言葉に旦那様の皺がぐっと寄る。
よ、余計なことを言ってしまったでしょうか…。
「言ってなかったのか。私とこいつは従兄弟だ。」
「えぇ、本当に…本当に最悪なことに。こちらにいるシュトライヒ殿下は私の従兄弟です」
従兄弟…?
そういえば、どことなく雰囲気が似ているような…。
「殿下、フィデル公爵様。ご歓談中、大変申し訳ございません。」
大変細い声で女性の声がかかる。
そこには先ほど見かけた夫人とご令嬢。
旦那様の…大切な方。
「リーベルト伯爵夫人、リーベルト伯爵令嬢。」
「私どもは屋敷へと戻りますためフィデル公爵様にご挨拶を…」
「あぁ、そうか。」
ご令嬢がじっと私を見上げる。
そのまま何分…いえ、ほんの数秒だったけれど、
「フィデル公爵夫人でしょうか…」
「は、はい」
小さく頷けば、ご令嬢は満面の笑みとともにきれいなカッテシーを見せる。
「私はリーベルト伯爵の娘、ステラと申します。」
「あ、…私…ユウ・フィデルと申します。」
「申し訳ございません。下の立場のものより挨拶することは無礼なこととは、知っておりますが…。その…」
そこに写るのは嫌悪ではなく、きらきらした瞳。
あれ、?
「フィデル公爵様からお伺いしていたより何百倍も愛らしい方だったので!
私、姫殿下のお付きで行儀見習いとして登城しておりますの!それで、公爵様から夫人のことお伺いしておりましたの!
今日はフィデル公爵様に無理を言って、夫人のお姿を一目拝見させていただこうと…」
ん?
ど、どういうことでしょう…。
リーベルト伯爵令嬢のトークは止まらない。
「それで、フィデル公爵様がですね。夫人への…」
「そ、そこまで。」
旦那様が慌てて遮る。
「なんで止めるんでしょうか!」
不満そうに頬を膨らませるステラ様。
「ステラ嬢。その行為は淑女としてどうか?エガリテ侯爵夫人に報告しても?」
その一言で令嬢は口ごもる。
その姿は年相応に見えた。
リーベルト伯爵夫人は、旦那様の大切な方ではなかったのでしょうか…。
「フィデル夫人は大変不思議そうにしているようだが…?」
「その…リーベルト伯爵夫人は…その…。」
「まさか…あいつの恋人だと?」
恋人。
そう他の人の口から聞くと、小さく胸が痛む。
「…ふふ…、あはは!」
殿下の笑い声に旦那様が振り向く。
「殿下?」
「く…お前、浮気していたのか?」
「は?」
地を這うような低い声とともに旦那様の眉間の皺がぐっと深くなる。
「もう一度いってくださいますか?誰が浮気していると?」
「だから、お前がリーベルト伯爵夫人と、だ。」
その言葉に、旦那様はとても、とても綺麗な笑みを浮かべた。
やっぱり…。
心なしか廊下の空気が重くなったような気がした。
「だんなさ…」
「…誰が浮気者だ!彼女がいるのにリーベルト伯爵夫人と浮気だ!?なんで愛する彼女がいるのに浮気する必要があると!?」
あれ…?
「そもそも、シュトライヒ殿下が仕事を増やさなければ、俺は彼女と毎日食事をしてベッドを共にして…休日にはデートだって出来るんだよ!
おい、わかってるのか?こちとら新婚だぞ!なんで眠る彼女の横顔しか見れないんだよ!」
今にも殿下につかみかからんとばかりに捲し立てる旦那様。
「だいたい、あの!愛妻家のリーベルト伯爵の夫人に手を出すと!?こちとら、あのリーベルト伯爵にどうしたらいいか相談するざまだ!」
え?
あの…
「だ、そうだが?」
殿下はぱちんと片目を瞑り、私に笑いかける。
「……はっ!いや、これはっ…」
私の顔を見られると、今までの剣幕はなんだったかと思うくらいあたふたされる旦那様。
あれ?
私、旦那様に愛されてた?
そう言っているじゃないですか、奥様。
そう遠くから聞こえた気がした。




