旦那様は、喜んでくださるかしら
「…旦那様に、お菓子を差し入れてもいいでしょうか?」
奥様はそう言ってエプロンを握りしめていた。
その姿は大変愛らしく、思わず頬が緩む。
旦那様が見ればきっと仕事にならなかったに違いない。
まぁ、見たのは侍女の私なのですが。
テーブルいっぱいに広がるお菓子。
旦那様を思われてか、どれも片手でつまめるようなお菓子で、とても美味しそうだ。
そもそも、高貴な方は厨房など立たないと思っていたのですが、奥様は違ったよう。
幼い頃からお菓子作りに慣れ親しんでらっしゃっるのか、厨房のものが手伝ったのは火加減くらい。
手際のよさに思わず、コックたちが脱帽するほどでした。
その奥様は現在盛大に悩まれているご様子。
「お皿に乗せておくだけでは味気ないかしら…。でも、包んでしまっては中のものが見えなくて不審に思われるかしら…」
奥様の目線はお皿へ行ったり小箱へ行ったり。
贈り物をすることに慣れていないことが一目瞭然だ。
そんな初々しいご様子に、私も手助けをしたくなる。
朝からお菓子作りに精を出されていたから、まだお昼にもなっていない。
この時間からなら、アフタヌーンティーには充分間に合うはず。
「奥様…それでは…」
旦那様、給金を弾んでくださいませね?
****
「ご、ご迷惑ではないでしょうか」
『良き妻のすすめ』には妻たるもの旦那様の仕事を邪魔することなかれ、と書いてあったはず。
「旦那様には先触れを出しております。それに、奥様も旦那様とお会いになりたいのでは?」
お菓子をいれた籠をきゅっと握る。
旦那様に会える。
それは、とても…嬉しい。
がたんと小さな揺れとともに、御者席から到着の声がかかる。
侍女とともに馬車を下りれば、目の前に広がるのは白亜の城。
「大きい…」
ここが、この国の中心。
…旦那様の職場。
「わ、私の格好、変じゃないかしら?」
慌てて自分の格好に目を向ける。
「大丈夫です。奥様は世界一可愛らしいですから。
旦那様に溺愛されているくらいです。自信を持ってくださいませ」
…溺愛、はされてないけれど…。
この城に来る機会はそう多くない。
確か…そう。
子どもの頃は行儀見習いとして何度か足を運んでいたけれど、大人になってからは社交として何度か訪れただけ。
旦那様の執務室へと案内される傍ら、城内にはたくさんの人が行き交いしていた。
執務官。
近衛兵。
侍女。
メイド。
さまざまな人たちが働いていた。
はしたないとは思いつつも視線はあっちにいったりこっちにいったり…。
旦那様はこんなところで働いているんだと、今更ながら実感した。
「奥様、この渡り廊下の先が旦那様の執務室ですよ。」
と言われて、慌てて侍女の後を追う。
ふと、庭を見ると旦那様がいらっしゃった。
もしかして、待っていてくださった?
逸る気持ちを抑えながら声をかける。
「旦那さ…」
けれど、旦那様はお一人ではなかった。
繋がれた手の子ども。
微笑む先の女性。
ふと友人の言葉が脳裏に浮かぶ。
『急に旦那様から贈り物が増えて…』
『よそよそしいと言うか…隠し事?が増えて…』
『それって、つまり、“浮気”じゃない?』
旦那様には、別の方がいらっしゃった?




