EP2.祈りの先 5話 壊れた錠前亭
くだらない依頼をこなし、日々をつないでいるレインとノエル。
今日も「壊れた錠前亭」にて夕食を取っていた。
そこへ、久しぶりにラヴィがあらわれて
「増えてるじゃねえか!」
また、新たな事案に巻き込まれていく。
王都の夜は、表通りだけが明るい。
石畳に灯りを落とす魔導灯も、笑い声の漏れる店先も、少し奥へ入れば急に心細くなる。湿った路地の匂い、酔っ払いの怒鳴り声、どこかで割れる安酒瓶の音。華やかな都の顔をしているくせに、裏側はだいたい貧相だった。
「壊れた錠前亭」看板は傾いている。
その貧相さに似合いの店で、レインはぬるいスープを睨んでいた。
「薄い」
向かいのノエルが、匙を止める。
「……うん」
「お前に同意を求めたわけじゃねえ」
「でも、薄い」
「……そうだな」
依頼帰りだった。
荷運び、迷子捜し、酔漢の仲裁。どれも金にならず、腕も鈍る。王都に来てからこっち、まともな仕事に当たった記憶がない。
ギルド証を卓へ置くと、端の欠けた木皿がかすかに跳ねた。
「今日の成果、銀貨三枚。夢があるな」
「犬は見つかった」
「犬はな」
「依頼したひと、泣いてた」
「それで懐は温まらねえ」
「少しは温まる」
レインが眉を寄せる。
「何が」
「心」
「……お前、そういうこと言うのか」
「…」
ノエルはまたスープに口をつける。
教会に寝床を与えられてから、少しは人間らしい生活を覚えたかと思ったが、相変わらず何を考えているのか読めない。読めないくせに、妙なところだけ見ている。
だから疲れる。
別に一緒に暮らしているわけではない。ノエルは教会住み込み、レインは安宿暮らし。
ただ最近は、依頼が重なれば、こうして飯を食うことがある。それだけだ。ギルド登録の保証人になった手前、完全に無関係でいるのも座りが悪い。ただ、それだけ。
「でも」
ノエルが言う。
「レイン、あまり嫌そうじゃなかった」
「何が」
「犬を探すの」
「……お前な」
そこで店の扉が軋んだ。
夜気が流れ込み、安酒と汗の匂いに、少しだけ香のような清潔な匂いが混ざる。場違いな匂いだった。
白を基調にした外套をまとった女が、当然のように店内を見回す。白衣にも法衣にも見える、曖昧で厄介な格好。柔らかく微笑んでいるのに、その笑みの奥にろくでもないものが見える顔。
レインは露骨に顔をしかめた。
「帰れ」
「久しぶりに顔を見せた相手への第一声としては、だいぶ下品ですね」
ラヴィは断りもなく卓へ歩いてくる。
「ノエルさん、お変わりありませんか」
「たぶん」
「たぶんで返す人、初めて見ました。健やかで何よりです」
「ラヴィも、元気そう」
「ええ。ですが、神に祈るたびに、ろくでもない予感ばかり増えまして」
「そうか、元気そうでよかったな」
「ありがとうございます」
「…」
ラヴィは平然と腰を下ろした。
レインはため息をつく。
「何しに来た」
「食事に」
「嘘つけ」
「半分ほど」
「じゃあ残り半分を言え」
ラヴィは少しだけ目を細める。
「お願いがありまして」
「断る」
「まだ何も言っていませんが」
「お前の“お願い”で碌な目に遭ったことがない」
「では、今回は初めての幸運になるかもしれません」
「お前の口から幸運って単語が出た時点で不吉なんだよ」
ノエルが二人を見る。
「お願い?」
「ええ」
ラヴィはあえて一拍置いた。
「正式な依頼ではありません」
「帰れ」
「ギルドにも通していません」
「帰れ」
「教会としても、まだ公には扱っていません」
「帰れって言ってんだろ」
ラヴィは少し楽しそうに笑った。
「内容くらい聞いてください」
「聞いたら断りづらくなるようにできてんだろ、その言い方」
「ええ。そうですね」
「認めるな」
「神の前では誠実でありたいので」
「神様を方便に使っていいのかよ…」
ラヴィは微笑んだまま続ける。
「最近、下層街で妙な出入りが続いているんです」
「警備隊に言え」
「言えば大ごとになります」
「じゃあ放っとけ」
「神は常に我々を見守ってくださっています。」
「意味わかんねぇ…」
レインは黙る。
ノエルが言う。
「人が消えたの?」
ラヴィがそちらを見る。
「まだ、そういうことになっている段階です」
「曖昧」
「曖昧なまま握り潰されるものは、この都にはいくらでもあります」
レインは舌打ちした。
「で、それを俺に嗅ぎ回れって?」
「ええ。できれば穏便に」
「嫌だね」
「お金は出します」
「足りない」
「それなりに」
「全然足りない」
「では、ノエルさんへの寄進という形で――」
「それはだめ」
二人が同時にノエルを見る。
ノエルは匙を置いていた。表情は薄いままだった。
「私を理由にしないで」
一瞬、ラヴィが黙る。
「……失礼しました。今のはよくありませんでしたね」
「うん」
「素直に謝るのが逆に怖えな、お前」
「怖がらないでください。傷つきます」
「傷つく心あんのか」
「たまに」
「厄介だな」
少し間を置いて、ノエルが言う。
「でも、話は気になる」
レインが睨む。
「お前まで乗るな」
「まだ乗ってない」
「顔が半分乗ってる」
「半分」
「一番危ないやつだろそれ」
その時、ラヴィがふと視線を店の外へ向けた。
窓の向こう、路地に一瞬だけ影が横切る。
「……つけられていたみたいですね」
「は?」
「ここへ来る途中から、あまり品のよくない視線を三つほど」
「先に言えよ!」
「だって、あなたは逃げるでしょう?」
「当たり前だろ!」
外で何かが倒れる音がした。
レインが腰を浮かせる。
「てめえ、まさか俺らを巻き込むために――」
「いいえ?」
ラヴィはにこやかに否定した。
「もう巻き込まれています」
ノエルは窓の外を見ている。
「……四人いる」
「増えてるじゃねえか!」
「うん」
「うん、じゃねえ!」




