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EP5 夜の公国ヴェスペラ 第41話 森喰い

試練が終わった。

その事実だけを言えば、たしかに終わった。

だが、終わったからといって、身体が軽くなるわけではない。

レインは肩を回した。

右腕の熱傷はラヴィニエに治療してもらったが、奥に残った熱のようなものが、まだ抜けきっていなかった。

ノエルは、いつも通り静かにしている。

ただ、時折、自分の指先を確かめるように見ていた。

フィアは、肩口に浮かぶミラを指先でつついている。

ミラは淡い光の粒のように揺れて、つつかれるたびに少しだけ逃げた。

「やめて」

「え、しゃべった」

「やめて、なの」

フィアは目を細める。

「……あんた、そんな感じでしゃべるの?」

「そんな感じ?」

「いや、まあ……いいけど」

ミラは、ふわふわとフィアの周りを回る。

光の粒が、帽子の縁にちょこんと止まった。

レインはその様子を横目で見た。

「なんだ、それ?」

「精霊のミラだよ」

「いや、前はもっと……何というか、そもそもしゃべらなかっただろ」

「フィーにもよくわかんない」

ミラは、フィアの帽子の上でくるりと回った。

「よく分かんないー」

「真似しないで」

ラヴィニエが微笑む。

「可愛らしいですね」

「ラヴィに可愛いって言われると、ちょっと不安になる」

「なぜでしょう」

「分からないならいい」

一方、セシルはいつもより静かだった。

姿勢は変わらない。

背筋は伸びているし、剣の位置も乱れていない。

けれど、どこか違う。

白い鎧の表面にはまだ細かな傷が残っており、髪も完全には整えられていなかった。

それでも、目は伏せていなかった。

フィアがちらりと見る。

「セシル、大丈夫?」

「…疲れては、いますね」

「認めるんだ。珍しいね」

「はい」

セシルは少しだけ困ったようにする。

フィアは、少しだけ笑った。

「セシル、やっぱりちょっと変わった?」

「そうでしょうか」

「うん。でも、悪くない」

セシルは返答に迷ったように、一度だけ目を伏せる。

そして、小さく頷いた。

「ありがとうございます」

その時だった。

赤い扉が、音もなく開いた。

部屋に入ってきたのは、ユーフェミアだった。

相変わらず、夜そのものを纏ったような少女だった。

その後ろに、アルヴァロス=ブラッドベインが立っている。

表の血王。

美しい男だった。

整いすぎているせいで、逆に感情の輪郭が薄い。

ユーフェミアが、全員を見回す。

「ふむ」

レインは嫌な予感がした。いい予感は当たらないのに、悪い予感はよく当たる。

「黄昏の森で、少々面倒なものが増えておる」

フィアの眉が寄る。

「面倒なもの?」

「森喰い《グローヴ・イーター》じゃ」

「名前ついてるじゃない」

「俗称じゃ。正式名など知らぬ」

ユーフェミアはつまらなそうに言う。

「森の奥で増えすぎた。街道側へ出る前に、少し削ってこい」

レインは額を押さえた。

「試練終わった直後に、今度は魔物退治かよ」

「休息は取ればよい」

アルヴァロスが静かに口を開く。

「森喰い《グローヴ・イーター》は、黄昏の森の内側で発生する獣型の異形です。一定数を超えると、森の浅部に流れます」

「危険なのか?」

レインが問う。

アルヴァロスは少し考えた。

「放置すれば」

「それは依頼かよ?」

「それで構いません」

「…構うんだよ、こっちは。とりあえずあんたたちには借りができちまったしな」

フィアが腕を組む。

「ヴェスペラで処理すればいいじゃない」

アルヴァロスは、淡々と答えた。

「それでも構いません」

「…任せたいのか、任せたくないのかどっちよ…」

「…」

ユーフェミアがくつりと笑った。

「眷属どもで処理できぬわけではない。じゃが、今回はおぬしらの方が都合がよい」

「都合がいいって言い方が嫌なんだよな」

「ならば、相性がよいと言い換えてやろう」

ノエルが首を傾げた。

「森喰いは、魔物?」

「おぬしらの理解では、それでよい」

ユーフェミアは言った。

「獣の形をしておる。襲ってくる。放置すると増える。ならば魔物でよかろう」

「魔物、じゃなさそうだな……」

レインが呟く。

ユーフェミアは、黄昏の森の方角へ視線を向けた。

一瞬だけ、その赤い瞳が細くなる。

「ただし、森そのものを焼くな」

レインは顔をしかめた。

「俺を見るな」

「見ておる」

「分かってるよ。制御はする」

「ならばよい」

セシルが一歩前に出る。

「討伐範囲は?」

アルヴァロスが答える。

「街道へ向かう獣道周辺です。森の深部へは入らないでください」

「深部には?」

「入らないでください」

同じ言葉だった。

だが、二度目は少しだけ硬かった。

セシルはそれ以上聞かなかった。

フィアは、ユーフェミアを見る。

「何か隠してるでしょ」

「隠しておる」

「堂々と言うよね」

「言えぬことはある。言わぬ方がよいこともある。言っても分からぬことは、もっと多い」

ユーフェミアは笑う。

「黄昏の森は、ただの森ではない。じゃが今のおぬしらは、ただの魔物退治として扱えばよい。力にも慣れておけ」

「これも試練の一環として考えろ、ということでしょうか」

「そうとも言えるの」

レインがため息をついた。

「行くしかねぇんだろ」

「そうじゃな」

「くそ」

ラヴィニエが手を合わせる。

「では、行きましょう。森を掃除するのですね」

ユーフェミアが一瞬だけ、妙な顔をした。

「……その言い方はやめよ」

「なぜです?」

「なんとなくじゃ」

ラヴィニエは不思議そうに首を傾げた。

 ◇

黄昏の森は、名の通り、いつも夕暮れのような光に包まれていた。

空は見えない。

高い木々の枝葉が重なり、赤紫の光だけが斜めに差し込んでいる。

風はほとんどない。

それなのに、枝は同じ方向へゆっくり揺れていた。

まるで、森全体が呼吸しているようだった。

フィアは、帽子の縁を押さえる。

「……やっぱり変」

レインが振り返る。

「何が」

「分かんない」

「分かんねぇのかよ」

「分かんないけど、変なの」

ミラがフィアの肩で揺れた。

「ぐにゃってしてる」

「何が?」

「森」

「森がぐにゃってしてるって何?」

「ぐにゃー」

ミラは小さな光の輪を描いた。

フィアはため息をつく。

「説明になってないけど、まあ、分からなくもない」

レインは眉を寄せる。

「お前らの会話、だいたい分からねぇ」

ラヴィニエは目を閉じ、軽く息を吸った。

「祈りの通りが悪いですね」

「ラヴィまで分からないこと言い出した」

「普段と同じですよ」

「それはそれで問題だろ」

ラヴィニエは少しだけ微笑む。

だが、その笑みはいつもより浅かった。

「魔素が薄いのではありません。濃い場所と薄い場所が、均一ではないのです。踏んだ場所によって、床の硬さが変わるような感覚でしょうか」

セシルが足元を見る。

「地面が、ですか」

「いえ。祈りが」

フィアが呟く。

「余計分かりにくくなった」

ノエルは、森の奥を見ていた。

「音がない」

全員が黙る。

確かに、森なのに音が少なかった。

虫の声がする。

だが、途中で途切れる。

鳥の羽音がする。

だが、すぐに止む。

遠くで獣が鳴いたような気がする。

けれど、それが本当に獣だったのかは分からない。

レインは剣を抜いた。

「来るか?」

ノエルは首を振る。

「まだ」

その直後。

左側の茂みが、音もなく割れた。

飛び出してきたのは、獣だった。

四足歩行。

胴が薄すぎる。

骨格が、木の枝を無理に獣の形へ曲げたように歪んでいる。形も一律ではない。

皮膚は毛ではなく、樹皮に近かった。

顔の中央には、縦に裂けた割れ目があり、その奥から黒ずんだ樹液のようなものが滲んでいる。

森喰い《グローヴ・イーター》。

それが、音もなく跳んだ。

「来た!」

セシルが前へ出る。

白い盾が展開され、森喰いの突進を受け止める。

衝撃。

軽い。

いや、重い。

質量ではなく、押し込む力が妙に粘る。

「っ……!」

セシルが一歩下がる。

レインが横から踏み込んだ。

剣が走る。

森喰いの胴が斬れる。

血は出なかった。

代わりに、黒い樹液のようなものが飛び散り、地面へ落ちる。

落ちた瞬間、土がじゅっと小さく鳴った。

「気持ち悪いな!」

レインは言いながら、黒炎を小さく纏わせた。

斬られた森喰いは、二つに割れたまま、まだ動いた。

前脚だけで地面を掻き、セシルへ向かう。

ノエルが手を伸ばした。

「少し、遅く」

空気が白く震える。

森喰いの動きが、一瞬だけずれ、止まった。

その一瞬で、ラヴィニエのモーニングスターが落ちた。

鉄球が森喰いの頭部を叩き潰す。

樹皮の頭蓋が砕け、黒い樹液が飛び散った。

森喰いはびくりと震え、地面へ沈んでいく。

腐るのではない。

溶けるのでもない。

土がそれを受け入れるように、静かに呑み込んでいった。

レインは顔をしかめた。

「……魔物って、こんな死に方するか?」

ラヴィニエは、鉄球を引き戻しながら答える。

「しませんね」

フィアが構える。

「一体じゃない」

森の奥で、枝が揺れる。

右。

左。

後ろ。

音がしない。

だが、気配が増えている。

ミラがフィアの肩で小さく震えた。

「いっぱい」

「数は?」

「いっぱい」

「だから、数!」

「いっぱい!」

「役に立たない!」

フィアは叫びながら、風を呼んだ。

視界を覆う葉が一瞬だけ払われる。

その奥に、森喰いの群れがいた。

狼型。

鹿型。

猿のように木からぶら下がるもの。

小さな虫のようなものが集まり、獣の形を真似ているもの。

どれも同じではない。

だが、どれも森喰いだった。

「多すぎるだろ!」

レインが叫ぶ。

セシルが前に出る。

「道を塞ぎます。レイン、左を」

「分かった!」

「ノエルさん、突進のタイミングをずらしてください。止めようとしなくて構いません」

ノエルは頷く。

「うん」

「フィアさん、視界を」

「やってる!」

「ラヴィニエさん」

「祈りましょうか」

「殴ってください」

「はい」

ラヴィニエは微笑んだ。

「祈りながら殴ります」

「それでお願いします」

セシルの返答は、妙に早かった。

森喰いの群れが、一斉に走る。

セシルの盾が前面に展開される。

受け止めた瞬間、セシルは踏み込んだ。

「ここで止めます」

盾で押す。

森喰いの前脚が地面から浮く。

間髪入れず長剣で薙ぐ。

さらに、レインの黒炎が、細く絞られて走る。

森喰いの胴が焼き切れる。

黒い炎が樹皮の内側を走り、異形の獣が崩れた。

だが、その背後から次が来る。

ノエルが目を細めた。

「早い」

白い揺らぎ。

突進のタイミングが、わずかにずれる。

それだけで十分だった。

フィアの風が横から入り、森喰いの脚を絡める。

「ミラ、右!」

「みぎ!」

ミラが光った。

小さな光の粒が右側へ飛ぶ。

そこに、フィアの術式が重なる。

風の刃ではない。

小さな風の輪。

森喰いの足元だけをすくう。

森喰いがバランスを崩す。

ラヴィニエの鉄球が、その頭を叩き潰した。

鈍い音。

樹皮が割れる。

黒い樹液が飛ぶ。

奥から、低い音がした。

獣の唸りではない。

木が軋む音。

土が割れる音。

根が地面を押し上げる音。

森喰いの群れが、不意に引いた。

レインたちは構えたまま、森の奥を見る。

そこに、大きな影が立っていた。

鹿のような角。

狼のような胴。

熊のような前脚。

だが、どれでもない。

体の半分は獣で、半分は倒木だった。

フィアが小さく息を呑む。

「でっか……」

ミラが、フィアの帽子の中に半分隠れた。

「やだ」

「うん。私もやだ」

レインは剣を構え直す。

「こいつも森喰いか」

セシルが答える。

「おそらく」

「倒せばいいんだな」

「はい」

巨大な森喰いが動いた。

速い。

その大きさに似合わない速度で、前脚が振り下ろされる。

セシルが盾を出す。

衝撃。

白い盾が軋む。

地面が沈む。

「重い……!」

レインが横へ回る。

だが、森喰いの背中から枝が伸び、槍のように突き出した。

「っ!」

レインは身を捻って避ける。

頬に浅く傷が走った。

黒炎が揺れる。

「燃やすぞ!」

「森ごとは駄目!」

フィアが叫ぶ。

「分かってる!」

レインは黒炎を広げかけて、止めた。

以前なら、そのまま焼いていたかもしれない。

今は違う。

炎を絞る。

刃へ。

振るう。

黒い斬撃が、巨大な森喰いの前脚を焼く。

だが、前脚は崩れながらも、地面の根を巻き込み、形を戻した。

「面倒くせぇ!」

森喰いが身を捻る。

背中の枝から、小型の森喰いが三体落ちた。

それらは地面に着くなり走り出す。

ノエルは、手を伸ばす。

白い揺らぎが、三体を包む。

フィアの風が二体を横へ押し、ラヴィニエが一体を潰す。

残る一体はセシルの剣で斬られた。

巨大な森喰いが、低く身を沈める。

次の突進。

セシルは盾を構える。

だが、正面から受ければ押し潰される。

ラヴィニエが横に並んだ。

「手伝います」

「お願いします」

「祈りを添えて」

「力だけで十分です」

「では、力強い祈りを」

二人が同時に構える。

森喰いが突っ込んだ。

白い盾と術式が、巨体を受ける。

衝撃。

セシルの足が地面を削る。

ラヴィニエの靴底が滑る。

「レインさん!」

セシルが叫ぶ。

「おぉ!」

全身に黒炎をまとったレインが跳ぶ。

フィアが術式を唱える。

ミラも、少し遅れて同じ言葉を真似た。

「束ねよ、風声。風刃ヴェントゥス・セカ

「つかねよー、ふーせい。ヴぇんとぅす・せか」

「そこ噛まないで!」

けれど、術式は崩れなかった。

ミラの光が、フィアの風に薄く重なる。

風の刃は二重に走り、森喰いの巨体へ浅く、けれど確実に傷を刻んだ。

レインは空中で身体を捻る。

狙うのは頭ではない。

大きな胴体の中心。

ただ、目の前にある巨大な質量を、焼ききる。

「――燃えろ!」

黒炎の刃が、森喰いの胴を斜めに走った。

樹皮が裂け枝が燃え爆発的に広がった森喰いを焼く。

「―――」

森喰いが大きく仰け反った。黒い炎は圧倒的な火力で巨体を覆いつくし焼き尽くす。

とどめとばかりに、ラヴィニエがモーニングスターを振り上げる。

「では、仕上げましょう」

鉄球が森喰いの横腹を叩く。

セシルが剣を両手で握った。

白い光が、剣に重なる。

セシルは踏み込んだ。

「ここで、止めます」

剣が振り下ろされる。

森喰いを両断した。

今度は、崩れた。

獣の形を保っていたものが、ばらばらにほどける。はたから焼き切れていく。

断末魔もなかった。

レインは、荒く息を吐いた。

「……終わったのか?」

フィアは森を見た。

「終わったっぽいね」

ミラが帽子の上から顔を出すように光った。

「まだ、へん」

フィアは小さく頷いた。

「うん。分かってる」

セシルは、剣を下ろさなかった。

しばらく森の奥を見ている。

ノエルが隣に立った。

フィアは、地面に残った黒い染みを見る。

まるで、最初からそこには何もなかったように。

「……この森、ほんとに何なの?」

誰も答えなかった。

答えられる者は、この場にはいなかった。

あるいは。

答えられる者は、最初から答えるつもりがなかった。

 ◇

戻ると、ユーフェミアは窓辺に座っていた。

夜の公国の空は暗い。

だが、その奥に、かすかに黄昏の森の赤紫が滲んでいるようにも見えた。

レインは部屋に入るなり言った。

「倒したぞ」

「そうか」

ユーフェミアは振り返らない。

「数は?」

「数えてねぇよ。でかいのもいた」

「なら、しばらくは静かじゃろう」

「しばらく?」

「森じゃからな。伸びるものは伸びる」

レインは露骨に嫌そうな顔をした。

「お前、あれが何か知ってるだろ」

「知っておるとも言えるし、知らぬとも言える」

「またそれか」

ユーフェミアは、そこでようやく振り返った。

赤い瞳が、レインを見た。

「黄昏の森は、そういう場所じゃ」

「説明になってない」

フィアがむっとする。

「森の入り口で枝を折って帰ってきた子どもに、土の底の話をしても仕方あるまい」

「また子ども扱い」

「違うのか?」

「……違わないけど、腹立つ」

アルヴァロスが静かに現れる。

本当に、いつの間にかそこにいた。

フィアが少しだけ肩を跳ねさせる。

「びっくりするから、普通に入ってきて」

「失礼しました」

アルヴァロスは、レインたちを見る。

「街道側への流出は、当面抑えられるでしょう」

「森の中ならいいのか?」

レインが問う。

アルヴァロスは答える。

「黄昏の森は、黄昏の森です」

「お前ら、本当に説明する気ないな」

セシルが静かに言った。

「森の深部へ入るべきではない、ということですね」

アルヴァロスは、セシルを見る。

「はい」

それ以上は言わない。

ユーフェミアが笑った。

「賢い騎士は嫌いではないぞ」

セシルは、少しだけ眉を下げる。

レインは苛立ったように髪をかき上げた。

「結局、何も分からねぇままか」

「分かったことはあるじゃろ」

ユーフェミアが言う。

「おぬしらは、あれを倒せる」

「それだけかよ」

「十分じゃ」

ユーフェミアの声が、少しだけ低くなった。

「今は、それで十分じゃ」

その言い方に、レインは黙った。

問い詰めても、今は答えない。

それが分かったからだ。

ノエルが小さく呟く。

「また、伸びる?」

ユーフェミアは笑う。

「森じゃからな」

ノエルは頷く。

「じゃあ、また切る」

その言葉に、ユーフェミアは少しだけ目を細めた。

「……そうじゃな」

ラヴィニエが手を合わせる。

「では、次は剪定ですね」

ユーフェミアは、今度こそ露骨に嫌そうな顔をした。

ラヴィニエは、やはり不思議そうに首を傾げた。

 ◇

どこでもない場所に、森があった。

空はない。

地面もない。

だが、木々は生えていた。

透明な幹。

葉脈だけが淡く光る葉。

枝の先には、小さな獣の骨に似たものが、果実のようにぶら下がっている。

その中央で、子どものような姿の者が、枝を折って遊んでいた。

エルフに見える。

だが、エルフではない。

髪は植物の蔓に近く、皮膚には葉脈のような模様が走っている。

周囲には、虫や小動物がいた。

子供は、折った枝を見て、楽しそうに笑った。

その隣に、白い服の女が立っていた。

清潔すぎる服。

多すぎる縫い目。

完璧すぎる笑顔。

近づくと、花と腐敗が混ざった匂いがする。

女は、枝の断面を覗き込むように首を傾げた。

「廃棄ですか?シルヴス」

「ううん」

シルヴスは首を振る。

「お掃除だよ、メディナ」

「面白い、面白い」

メディナは笑った。

「廃棄ではなく、環境内再配置ですね。症例としては未成熟ですが、処理過程は綺麗です」

「うん。枝は折れても、森は森だよ」

シルヴスは、折った枝を足元へ落とした。

枝は地面に触れる前に、小さな虫へ変わる。

虫は透明な木の根元へ潜り、消えた。

「外の子たち、まだまだだったね」

「外部個体群ですか」

メディナは指を唇に当てる。

「どれも症例的価値はあります」

「メディナはすぐ症例にするね」

「シルヴスはすぐ土に戻しますね」

「だって、その方がきれいだから」

シルヴスは、無邪気に笑った。

「切って、戻して、また伸ばす。森はそうすると元気になる」

「では、追加観察を?」

「んー」

シルヴスは、少し考えた。

考えている間に、肩に止まっていた小鳥が、葉に変わった。

「まだ触らない」

「理由は?」

「赤い夜の子が怒ると、森が汚れるから」

メディナの笑みが深くなる。

「あぁ、彼女ですね。珍しい症例です。処置は?」

「しない」

シルヴスは即答した。

「あれは…下手に触れないよ」

「面白い、面白い。接触非推奨ですね」

シルヴスは、透明な枝を撫でた。

「距離を測っておく、ということですね」

「うん。そういう暗黙のルール」

メディナは、完璧な笑顔のまま頷いた。

「それは残念です。珍しい症例なのに」

「メディナは我慢できてえらいね」

「ありがとうございます」

二人は、どちらも笑っていた。

笑っているのに、そこに温度はなかった。

シルヴスは、枝先に実った小さな何かを指でつついた。

それは、まだなんの形にもなっていない。

ただの前段階。

メディナは微笑む。

「アルキアに送りますか?」

「あとでいいよ」

「では、経過観察ですね」

「うん」

シルヴスは楽しそうに笑った。

透明な森の枝が、ゆっくりと揺れた。

風はない。

それでも、枝は同じ方向へ傾いた。

まるで、どこか遠くの黄昏へ向かって伸びるように。

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