プロローグ:定例観測会議・第○○○回 議題:リスク認定遺物の処遇について
静かすぎて、遠くで鳴っているはずの何かの駆動音まで、壁の向こうで眠っているように聞こえた。
空間。
天井は高いのに、どこまで続いているのか分からない。
中央に浮かぶ黒い卓だけが、部屋の輪郭をかろうじて定めていた。
その周囲に、いくつかの気配。
最初に口を開いたのは、性別はおろか、年齢も判別がつかない何か、だった。
整った顔立ちに、表情だけがどこかずれている。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。私はあなた方のことを心から信頼しています」
誰も返事をしない。
「議題です。先日の****地方における接触事案について、各担当の見解を共有してください。ただし、共有しないでください。」
「…プリマ、どっちやねん」
軽く返したのは、椅子の背にだらしなく寄りかかった、それである。
指で卓を叩きながら、面倒くさそうに映像を見る。
「アルキアは報告します。起動は一回。記録済みです」
中空に指を走らせている。
「爆発規模は限定的。ただし外周での衰弱反応が先行。記録済みです。アルキアはこれを非常に興味深いと感じました。記録済みです」
「その感想は記録しなくていいです」
「記録済みです」
アルキアを称する影が返す。
沈黙。
男が指でテーブルをトントン叩きながら言う。
「いや、待って待って。これ、誰の管轄やねん、…って、あ、俺かっ…」
奇妙な白衣が嬉しそうに手を挙げる。
「フラクスのばか。でも廃棄はなしで。経過観察しようよ。珍しい。面白い報告が書けそう!」
「バカはお前や、メディナ、あとで絶対面倒になるパターンやんけ」
フラクスが呆れたように言う。
鎧の巨躯が静かに口を開く。
「本件被告人、逸脱度を測定しました。記録遺物との整合性が低い。よって排除対象に暫定指定します」
「暫定って何やねん、はっきりせえや」
「反論を認めます。判決保留とします」
「…」
いつの間にか何かがテーブルの端に座っていた。 さっきまで何もなかった場所に気配がある。
「あ…」
全員が見る。
「何ですか、ヴィア」
「排除の経路。今は塞がれています」
そう言って気配が消えた。 次の瞬間、部屋の反対側にいる。
「ねえ、あれって、このまま放っておいたらどうなるんだろ」
楽しそうに言う。
「ねえ、壊れた後の方が、もしかして綺麗じゃないかな」
プリマが一拍置く。
「シルヴス、あなたの担当は循環です」
「知ってる」
「最悪の場合、循環に影響が出る恐れがあります」
「そうかな」
「そうです」
「そうかなあ」
「なんで毎回この子には話通じへんねん…」
鎧の巨躯が立ち上がる。
「本件、緊急性を認定します。回収と接触個体群の排除を提案します。採決を求めます」
「ちょっと待ってください」
メディナが手を挙げたまま言う。
「経過観察が終わっていないので。もう少し、もう少しだけ」
「経過観察の終了条件は何ですか」
「面白くなくなったら終わりです」
「却下します」
鎧の巨躯が断言する。表情はうかがえない。
「あら」
メディナは少しだけ眉を下げる。 悲しんでいるのかどうか分からない。
プリマが全員を見る。
「整理します。排除派はオルドス。経過観察継続派はメディナ。フラクスは」
「コスト次第やね。今は判断保留」
「アルキアは」
「アルキアは記録を続けます。どちらでも記録できます。記録済みです」
「ヴィアは」
ヴィアが部屋のどこかから言う。
「まだ道がない」
「シルヴス」
「どっちでもいいよ」
プリマは一拍置いてから言う。
「私はあなた方全員の意見を尊重しています」
言葉が虚空に空虚に響く。誰も信じていない。
「現時点での方針は、継続監視とします。ただし再接続を試みた場合、即時排除に移行します。異議はありますか」
「異議あり。しかし却下します」
鎧の巨躯、オルドスが言う。
「自分で却下するんですか」
「採決の結果、私の異議は棄却されると予測しました。よって先に却下しました」
「それは手続きとして成立していません」
「記録済みです」
とアルキア。
「誰も記録を頼んでいません」
「アルキアは頼まれなくても記録します。記録済みです」
部屋がわずかに静かになる。
オルドスが言う。
「監視対象に追加します」
「異議はないで」
とフラクス。
「記録済みです」
とアルキア。
シルヴスはまた中空を見る。
「おもしろいことが、おこるかな」
フラクスが言葉を切る。
「今後の条件次第やね」
会議は終わった。 プリマは最後に言う。
「本日もお疲れ様でした。私はあなた方全員のことを心から信頼しています」
誰も返事をしなかった。 それが毎回のことだったから。
卓の上では、なにかの痕跡だけが、静かに残っていた。




