EP3 幕間:フラクスとリグレツィア
どこでもないような場所だった。
色のない空間に、ゆるく光が流れている。床も壁も境目が曖昧で、立っているのか浮いているのかさえ、よく分からない。
「ツィア」
「はい、フラクス様」
「お前、ほとんど素っ裸やんけ」
「まぁ。…いやらしい目で見ないでくださいまし」
「見てへんわ。小娘の貧相な体になんぞに興味あるかい」
間を置いて、フラクスは布を投げるように渡した。
リグレツィアはそれを受け取り、さして恥じる様子もなく肩へかける。
「ほんで」
フラクスが頭を掻く。
「どやった」
「思ったより楽しめましたわ」
「……様子見や、言うたよな?」
「ええ、ええ。ちゃんと見ましたわよ。皆さん、よく動いてくださいましたもの」
「…そういう意味やないやん…、なんでうちの奴らはどいつもこいつも言葉通じへんねん…」
「嗜みですわ」
「嗜み、って意味辞書で引き直してくれへん…?」
「引きましたわ」
「辞書がバグってんのか、ツィアがバグってんのか…」
リグレツィアは小さく笑っただけだった。
「それで?」
フラクスが片眉を上げる。
「“あれ”は」
「壊れましたわ」
フラクスは数秒、何も言わなかった。
「……お前が壊したんやろ」
「勝手に壊れたのですわ。」
「いやいやいやいやっ!一部始終見とったわ。完全にやってもーてたやんっ」
「…ただの余波ですわ」
「おまえ…」
フラクスはため息をついた。長く、呆れたように。
「…まあええわ…接続の芽が潰れたんなら、結果としては最悪やない」
「ですわね」
「ただし」
「名前、教えたやろ」
リグレツィアは布を整えながら、つまらなそうに首を傾げる。
「礼儀ですわ」
「……お前な」
「礼儀は大切ですわよ、フラクス様」
「そうそう、礼儀はどんなときでも…、いや!あかんやろ!俺らの仕事わかっとるんか?」
「はいはい。フラクス様はいつも細かいですわね。
…禿げますわよ?」
「禿げるかぁ!…でも、もし禿げたらツィアのせいやからな…」
「それに。名も知らぬまま壊すのは、少し無粋でしょう?」
「…時々、お前が怖いわ…」
フラクスが目を閉じる。
「あかん。会話するだけ無駄や」
「いまさらですわね」
「…ほんまにな」
少しだけ、沈黙。
流れていた光が、二人の足元でかすかに揺れる。
やがてフラクスが、気のない調子で口を開いた。
「で」
「はい」
「なんか、拾えたんか」
リグレツィアは、すぐには答えなかった。
珍しく、ほんの少しだけ間を置いた。
「ええ」
「二つほど」
フラクスの視線が上がる。
「二つほど、記録にないパターンがありましたわ」
リグレツィアが微笑んだ。
さっきまで戦場で浮かべていたものより、ずっと薄い笑みだった。
「ほう」
「少し、妙でしたの」
「妙?」
「一つはアルキア様の確認済みのパターンでしたの。ただし現代に発現しているのは珍しい」
「もう一つは」
「……アルキア様に確認しましたが、記録が見当たりませんでしたの」
フラクスの指先が、ぴたりと止まる。
光の流れる空間が、急に静かになったように感じられた。
「抜けがあった、いうことか」
「あるいは」
リグレツィアは楽しげに目を細める。
「最初から、帳面の外にいたのかもしれませんわね」
フラクスはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「面白いでしょう、フラクス様」
フラクスが「……まあな」といい、顔をしかめた。
「コスパ悪そうやのに、ちょっと、興味湧いてもうたやないか」
「ですわね」
「ほんまに、お前は」
「フラクス様も、お好きでしょう? 予定にないもの」
「嫌いや」
即答だった。
だが、そのあとに小さく続く。
「……嫌いやけど、放っとくと後で高ぅつく」
「まあ。では、やはりお好きですのね」
「うるさい」
フラクスが吐き捨てるように言う。
リグレツィアは、くすりと笑った。
「でも」
「…ん?」
「退屈では、ありませんでしたわ」
フラクスは少しだけ目を細めた。
「……せやな」
気のない相槌みたいでいて、完全には否定しない声音だった。
どこでもない場所に、リグレツィアの笑いだけが、妙に長く残った。




