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EP3知る者は言わず言う者は知らず  第13話 真夏の夜の夢


「――どうせ、すぐに動かなくなりますから」

奏でるように、優雅に指先を動かす。

刹那、複数のオレンジの光が着弾する。爆発音。ラヴィニエが何度目かの加護を唱える。セシルも白盾を展開している。皆、かろうじて直撃を避けている。

「さぁ、踊ってくださいまし」

その声音が落ちた瞬間、レインは床を蹴って後ろへ跳んだ。焼けた石片が靴裏で弾ける。ほぼ同時に、セシル、フィア、ノエル、ラヴィニエも散る。誰も指示を待たない。待つ余裕もない。

セシル、レインが斬り込み、ノエルが逃げ道を凍らせ、フィアが感覚を壊す。ラヴィニエの聖蓋が反撃を薄く受け流し、致命傷だけを外していく。

本来なら一撃で押し切られる暴力を、五人の連携が削っていた。

距離を取った一瞬で、レインは全員を見た。

セシルはまだ立っている。右肩に焦げ痕、呼吸は浅いが剣筋は死んでいない。

ラヴィニエは加護の維持で少し顔色が悪い。だがまだ詠唱は通る。

ノエルは消耗が激しい。けれど、あいつの術式は止め札になる。

フィアは汗を流しながらも目が死んでいない。まだ速い。動けている。

リグレツィアだけが、最初から最後まで変わらない顔で立っていた。砕けた床の中央、舞踏会の主賓みたいに悠々と。

レインは短く言った。

「全員ッ、今出せるもん全部出せ!連携で崩す!」

「了解ッ!」

珍しく、フィアが即答した。

ノエルは黙って頷く。

ラヴィニエが「分かりました」とだけ返す。

セシルは何も言わず、剣を構え直した。

対するリグレツィアは、軽く首を傾げた。

リグレツィアが小さく微笑んだ。

「わたくし、楽しみですわ。皆さんはどんな悲劇を見せてくださるのかしら」

先に動いたのはセシルだった。

「満ちよ、天秤の白耀。正しき誓いに応え、敬虔なる祈りに応えよ、

拒め、断て。聖なる御光もて此方を閉ざせ。聖爆サキュラ・デトナティオ

剣先ではなく、空間そのものが発光した。

白い。

ただ白いだけのはずなのに、視界が裂ける。床の紋様も、崩れた柱も、漂う塵さえ輪郭を失い、中央部が暴力的な光と爆発で満たされる。精密さを捨てた大出力。避ける余地そのものを潰す一撃だった。

「煩わしいですわ」

リグレツィアが初めて防御態勢を取り、爆光を右腕で大きく振り払う。

一瞬の隙が生まれる。その一瞬でレインが低く踏み込む。正面ではない。崩れた柱を蹴り、死角へ回る。

聖封オブシグナティオ!」

リグレツィアの動きが目に見えて鈍る。

さらに、

「満たせ、光よ。祝福ベネディクティオ!」

対照的にレインの動きは加速する

「閉ざせ 大聖蓋」淡金の膜が戦場全体を薄く覆った。密度を落さない。ラヴィニエも全開だ。

レインの斬撃が走る。重複した身体強化や加護が今までにない速力を生んだ。

リグレツィアの喉元へ届く寸前、左手の生んだ爆発で弾かれる。軌道が逸れ、レインは吹っ飛ばされる。が、少女は完全にバランスを崩した。

そこへ、ノエル。詠唱が開始されたはラヴィニエと同時。ノエルにしては珍しい、深く、語りかけるような詠唱…

「満ちよ深蒼。凍星、白き静寂。澄みたる雫を幾千の氷華へと圧し縮め、始まりと終焉を結びなさい。――白夜」

ほとんど音もなく、リグレツィア周囲の大気が輝き始める。刹那、大気が氷結した。瞬時にすべてを凍結させていく。

「かっ…」

リグレツィアの反応が変わる。が、声を発する前に完全に氷結に埋もれる。

完璧なタイミングでフィアが割り込む。

「墜ちなさい、審槌。

騒がしき空を裂き、眠れる紫電を我が掌へと降ろしなさい。

鳴れ、裂けて、伏しなさい。灼ける裁断の痕を刻め。雷槌ユピテル!」

遺跡が白く染まる、瞬間束ねられた雷が視界を裂いた。轟音がつんざく。

並の人間なら、いや、並みでなくても、生物が耐えられる限界を明らかに超越した火力。

「やったの…?」

とフィアが口を開くが、誰も答えない。

それどころか、誰一人として警戒態勢を崩さない。


――焦げたにおいと煙が晴れていく。

「……今のは、ちょっと効きましたわ」


「…うそでしょ」

フィアの声がひきつる。

「……なかなかですわね」

リグレツィアが少し顔を顰めている。その小さな体の所々がまだ凍っており、衣装が焼け焦げて、ボロボロである。

レインは全く警戒を解いていなかった。「――宿れ、咎人の残火。赦されざる焔よ、我が身を贄として顕れよ。舌を灼き、喉を裂き、なお灰へ還るな。纏え、断罪の黒炎――獄炎装エン・クルパエ

すでに詠唱は終えている。全身に黒炎を纏った状態で、リグレツィアの背後に回り込んでいる。

熱ではない。痛みだ。喉の奥から焼け、筋肉がきしみ、血管の一本一本が灼けながら動く。長く持たない。だからこそ、今で終わらせる。

≪咎人の炎嗟≫

黒炎が湧き上がりらせん状にリグレツィアを包む。轟轟と燃え盛った。

「今度こそ!」

持てるすべての力を集中させた。廃墟を覆っていた天蓋はすでに消し飛んでいる。地面が大きく抉れている。これで…


黒炎が消し飛んだ。

「効きましたわ…」

そこにいた。橙の光を帯びた、美しい異形が。



存在していた。

アンバーの瞳の奥に、わずかに朱が差した。

「いいかげん、面倒ですわね」

その瞬間だった。

空気が変わる。

肌に触れる魔素の流れが、一斉に反転した。広間に散っていた力が、潮が引くように、ただ一点へ吸い寄せられていく。床が鳴る。壁がきしむ。肺が重くなる。

フィアの顔色が変わった。

「…なにこれ、…ダメ、……魔素があいつに集中し始めてる」

その声が終わるより先に、全員が動いた。

「集まって!」

ラヴィニエが両手を広げる。

「顕現せよ、広域聖障――聖祷天蓋サンクトゥス・ヴェール!」

淡金の膜が一気に膨らむ。

ノエルも震える指で術式を組む。

「水よ、――深き海底!」

半透明の水が幾重にも重なり、聖蓋の内側へ滑り込む。衝撃を緩衝するための水幕だ。

フィアが舌打ちしながら両手を振る。

「やばっ、いかも……!土よ!」

地鳴りとともに土壁がせりあがる。

セシルも剣を床へ叩きつけるように構えた。

「掲げよ聖印。曇りなき誓の縁、敬虔なる祈りの柱、

侵犯を拒む 白き盾を下賜したまえ。白盾アルバ・スクトゥム

重ねる。

重ねて、少しでも防ぐ。

だが、その全てより先に、レインは飛び出していた。

「レイン!」

誰かの叫びが背中を打つ。振り返らない。

ここで受けたら終わる。なら、撃たせる前に潰すしかない。

黒炎を引きずって一直線に踏み込む。

「請え、贖え、闇の悔恨。血を誓いに、悲鳴を祈りに、肉を懺悔へ縫い留めよ――顕現せよ、棘刑の聖棺――荊棺乙女ヴィルゴ・スピネア!」

黒紫の荊が地を裂いて奔った。

一条ではない。何本も、何十本も。蛇のようにうねり、床を砕き、空気を裂き、リグレツィアを中心に一気に絡みつく。棺のように閉じる。さらに術式の中心で生じた圧が周囲の空間ごと押し潰す。獄炎装の黒炎がその荊を伝って棘の一本一本を赤黒く焼き染めていく。

拘束。圧殺。灼熱。

レインの持てる最大火力の攻撃を、発動前の一点へ無理やり叩き込む多重攻撃だった。

一瞬、覆った。

リグレツィアの姿が、黒紫と黒炎の内側へ完全に沈む。

ここで潰す。

そう思った次の瞬間。

荊の継ぎ目から、光が漏れた。

細い、白いひび。

一本。

二本。

次の瞬間には、荊の棺そのものが内側から発光していた。

リグレツィアの声が聞こえる。

「力とは…」

ノエルが叫ぶ。

「――退がって!」

間に合わない。

「…こういうものですわ!」

黒紫の荊が膨らんだ。いや、内側から押し広げられた。圧縮されていた何かが限界を越え、棘の檻を食い破る。黒炎ごとめくれ上がり、砕け、白い光が一気に噴き出す。

その中心から、リグレツィアの声が静かに響いた。

「さあ、幕を開けましょう――真夏の夜のソムニウム・ノクティス・アエスティヴァエ

炸裂した。

爆発ではない。空間の破裂だった。

押し込められていた魔素と熱と光が、荊の棺を内側から食い破り、球状に広がる。音より先に衝撃が来る。白熱した奔流が視界を埋め、石材が砕け、床の紋様が剥がれ、壁面が紙みたいに裂ける。

最初に消し飛んだのはレインの荊だった。

黒紫の棘が触れた端から蒸発し、黒炎ごと呑み込まれる。

続いてラヴィニエの広域聖蓋に亀裂が走る。

「くっ――!」

一瞬だけ持つ。

だが、その一瞬で終わる。

淡金の膜が砕ける。

ノエルの水壁は蒸発する。

フィアの障壁はまとめて吹き飛ぶ。

セシルの光盾が真正面で軋み、砕け散る。

残った衝撃そのものが、全員を殴りつけた。

レインの身体が後方へ弾かれる。

セシルが動いていた。

「守れ――!」

砕けた白盾の残滓を強引に押し出し、自分の身体をレインとの間へ差し込む。直後、衝撃が直撃した。鎧が焼け、肩当が弾け、右腕があり得ない角度に跳ねる。そのまま壁まで一直線に叩き飛ばされた。

「セシル!」

レインの怒鳴りは、轟音に呑まれた。

いくらか威力は相殺されていた。

だが…

ラヴィニエも吹き飛ぶ。広域防御の負荷と余波を真正面から受け、右腕を庇ったまま壁へ激突する。

フィアは障壁ごと持っていかれ、背中から瓦礫に叩きつけられた。

ノエルは水壁の反動ごと押し返され、床を転がる。

レインもまた、吹き飛ばされ、肺から空気を吐き出しながら石床を滑った。

遅れて轟音が追いつく。

外周が崩れる。

瓦礫が降る。

粉塵が視界を埋める。

やがて、それすら止んだ。

静寂。

レインはうつ伏せのまま、指を動かそうとした。動かない。喉が焼け、全身が裂けるように痛む。獄炎装はとうに消えていた。

少し離れた壁際で、ラヴィニエが崩れている。右腕と脇腹を押さえている。顔色は悪い。珍しく顔を顰め、大粒の汗をかいている。が意識はあるようだ。

フィアは壁に手をついて、どうにか立っていた。だが膝が笑い、帽子はずれている。そのうち、崩れるように倒れこむ。

ノエルは床に手をついたまま、術式を発動しようとするが…

「……、出…ない」

かすれた声で言った。

場を満たしていたエネルギーが枯れていた。

セシルは壁にもたれるように崩れ、右腕はだらりと垂れ下がっている。鎧は焼け、胸元から血が滲み、呼吸は明らかに浅い。

リグレツィアだけが、抉れた床の中央に立っていた。

表面にはダメージの痕跡は積もっている。だが、生命活動には全く支障がないようだ。

瞳の赤みはすでに消え、また元のアンバーに戻っている。彼女は床に転がる五人を順に見回した。

「お洋服が…。お気に入りでしたのに。」

ダメージよりも洋服が気にかかる程度に余裕がある。

ほんの少しだけ、意外そうに。

「思ったより、焼け残りましたわね…?」

その言い方は、虫か玩具に向けるものだった。

「…つまらなくなりましたわ」

興味をなくした顔で、彼女は歩いていく。急ぐ様子もない。祭壇の中心に埋め込まれた、なにかへ手を伸ばした、その瞬間だった。

一度だけ、祭壇が強く明滅した。

白い光。

次の瞬間、

沈黙した。

リグレツィアが指先で軽く触れる。

「あら…?うごきませんわ…?」

もう一度触れても反応はない。

「接続できませんわね。これは」

わずかな間。

「……本当につまらなくなりましたわ」

心底どうでもよさそうに言って、彼女は顔を上げた。

「……」

一拍。

何もない空間に語りかける。

「フラクス様」

「迎えにきてくださいな」

空気の向こうから、空気が振動する。

気だるげな声が返ってくる。

『ツィア……ほんまに、もう』

次の瞬間、空気が大きく歪む。

そして、気配が消えた。


残ったのは、半壊した広間と、粉塵の匂いと、ノエルたち5人だけだった。

誰もしばらく動かなかった。いや、動けなかった。

瓦礫の落ちる小さな音が、やけに大きく聞こえる。

最初に口を開いたのはフィアだった。

「……どうなった…の?」

帽子のつばを押さえたまま、壁に背中を預け、信じきれない顔で空を見ている。

ノエルが、床に伏したまま。

「消えた、、、」

「ほんとに?」

「うん」

フィアが大きく息を吐く。帽子がさらにずれる。直す気力もないらしい。

レインはほとんど崩れさった天井を見上げた。夜空が見える。穴の向こうに、妙に静かな星が瞬いていた。

「……生きて、るのか」

ノエルが少し考えるように間を置く。

「生きてる…」

「そう…か」

それ以上、何も出なかった。

壁際で、セシルがわずかに身じろぎする。

「全、員……生存を、確認します」

声が掠れている。

それでも、最初に他人を数える。

レインが歯を食いしばって身体を起こしかける。

「セシル」

「大…丈夫、です」

明らかに大丈夫ではない声で、セシルは言った。

「動ける、か」

「……少し、待ってください」

ラヴィニエが痛みに顔を歪めながら、それでも小さく笑った。

「ありがとう…ございました」

誰に向けたものか分からない。全員に向けたのかもしれなかった。

フィアが顔をしかめる。

「何が」

「生きていてくれて」

少しだけ沈黙が落ちる。

フィアは視線を逸らし、ずれた帽子のつばをようやく直した。

「……変なこと言う」

「そうですね」

「でも」

フィアが小さく息を吐く。

「まあ、こっちも同じ、気持ち…だけど」

その一言だけが、崩れた中央部の静寂に落ちた。

抗えなかった。どころか、全く相手になっていない。

全力を出し切って、なお遠かった。圧倒的な暴力の前になすすべなく地を舐めてた。

それでも、まだ全員、生きていた。

夜風が壊した天井のから吹き込む。

それは冷たくて、ひどく現実的だった。


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