頑磨は友だちが少ない
オタク学園は1~6年の校舎と7~9年の校舎、10~12年の校舎に分かれている。
校舎と校舎の間は歩道で繋がっており、あらゆる学生の移動が許されている。
頑磨はすれ違う10歳の女子に話しかけていた。
「ねぇ、君、今暇?」
「やめてください! 通報しますよ!?」
少女は人差し指をずびしと顔に突きつけた。
ただただ、面食らう頑磨。
「いや、話しかけただけじゃないか」
「いいえ、可愛い女の子だな~、うへへ~という顔をしています」
「うーん……それはまぁ、そう思っていないわけでもない」
自分で言ったにも関わらず、可愛いと言われて少女は赤面していた。
そこへ近づく、やたらと毅然とした態度の女生徒。
「ちょっと、何をしているの頑磨!? 通報しますよ!?」
「お前もかよ!?」
登場したのは、早見メニアであった。
「私の可愛い妹に何をしているの?」
「なんだ、こいつお前の妹だったのか。道理で顔は可愛いのにキツイと思ったぜ」
「「なっ!?」」
早見姉妹は顔を赤くして、たじたじとなった。
二人は普段からともすれば傲慢とも見えるほどのプライドを見せる美少女であり、いわゆる高嶺の花。
そういう女の子は、可愛いと言うような純粋な褒め言葉は逆に慣れていないのである。
「その、いたいけな少女に声をかけて何をしているのかと言うのだ。まさか、ナンパじゃないだろうな」
顔を赤くしたまま、眉を寄せるメニア。
「違う違う、オタバトの相手を探してるんだって」
「はあ? こんな小さな子にオタバトを挑むっての? 正気?」
「だって、誰も応じてくれないからよ」
「それで低学年の子を毒牙にかけようというのね、最低だわ」
「最低だわ」
姉妹の腰に手を当てて、見下すようにふんぞり返るポーズは、胸の大きさ以外はそっくりだった。
二人の女生徒から最低呼ばわりされて、頑磨はため息をつく。
「悪かったよ、じゃあな」
とぼとぼと歩き出すあまりに情けない背中に、二人は思わず声をかけた。
「「待ちなさい」」
「あん?」
姉妹は生まれながらの持っている者 である。
財力、知性、教養、美貌。
そういった恵まれた家庭は、恵まれている自覚がある。
そしてその、責務を感じている。
ノブレス・オブリージュ。
持っている者は、持たざる者へ、それ相当の対応というものがある。
「あなたのような可哀想な人を、見過ごすわけにはいきませんわ」
「かわいそすぎて、かわいそうですわ」
「俺って、そこまで哀れなの?」
本当に可哀想な顔をする頑磨。
雨ざらしの捨て犬を見るような顔をする姉妹。
メニアは妹の肩をポンと叩いた。
姉の意図を汲み取り、一歩前に出てビシッと決まったポーズをとる。
「わたくし、早見ベノラがお相手させていただきますわ!」
これほど堂々たる名乗りを上げる10歳はそうはいないだろう。
「すまねえなあ」
これほど10歳に媚びるのが似合う男もそうはいなかった。
二人は相撲の立会いのように顔を合わせて、目線をぶつからせたまま頷いた。
「「オタバトを申し込む!」」
どこからともなくすぐにやってくるジャッジ。
「8年生松岡頑磨と、4年生早見ベノラのオタバトを始める!」
「お題は、新世紀エヴァンゲリオンのキャラクター当てクイズ。」
「「望むところ!」」
観客を引き連れて、二人の女子がやってくる。
「さぁ、今回のオタバトは年の差バトルです! 実況はおなじみ、ヨッシー改。キャラクター当てクイズということですが解説の中野さん」
「キャラクターを特定できる情報から当てるクイズですね。キャラクターに対する深い知識が問われます。今回はエヴァに限定されていますが、エヴァはとにかく設定がいっぱいありますから。これは難しいと思いますよ」
「おっと、早くも早見さんが問を作りましたよ」
『妹の名前がヒカリ』
早見ベノラはお手並み拝見とばかりに、頑磨にテロップを見せた。
勝負を決めるというよりは、当然知っているんでしょうね、というニュアンスだ。
観客は多少のざわめきを見せる。
問題の意味は誰もがわかったが、ほとんどの生徒は答えがわからない。
「答えがわかるんでしょうか、松岡くん」
実況を聞き終えたと同時に、答えのテロップを出した。
『洞木コダマ』
答えを見て、早見メニアは嘆息する。
「このくらいは当然、か」
正直なところ、メニアは当然答えられると踏んでいた。
ベノラは、小手調べのつもりだったこともあり、特にショックということもない。
頑磨はこの姉妹から割と評価されていた。
「この問題はどうですか、解説の中野さん」
「そうですね、もともと洞木三姉妹が新幹線の名前から来ていることも有名ですし、エヴァ新幹線の際にビジュアルも起こされているのでエヴァファンなら当然の知識というところです」
「なるほど、さて次は松岡くんの問題提出だ」
『名前の由来が、愛と幻想のファシズムでゼロと呼ばれてる男』
頑磨は極めて無表情にテロップを出した。
勝ちを確信していたゆえに。
「な……」
メニアは絶句していた。
愛と幻想のファシズムという小説から名前をとったキャラクターがいるというのは割と有名なことだ。
フルネームで使用されているのはトウジとケンスケ。
しかし、そのどちらなのかは、この問題では元となった小説を読まないとわからない。
つまりこの問題はエヴァに関する知識を超えている。
そして、その小説は、10歳の少女が読むのは早すぎる内容だった。
そうでなくとも、読む人はそうそういないだろう。
なぜならオタク学園で題材とする小説はラノベに限られる。
エリートであればあるほどラノベとマンガしか読まない。
そういう学校なのだ。
実況はしばらく自分の仕事を忘れていたが、静かすぎる現場の空気に気づいて慌ててマイクを握った。
「こ、これは一体どういう問題ですか? エヴァに関係あるのでしょうか?」
「ありますが、これは難問ですね。本編では触れられていないので」
瞳を上に向けて、思案していたベノラはペンを取った。
『相田ケンスケ』
「え゛ッ!?」
答えを見て頑磨は素っ頓狂な声を上げた。
まさか答えられると思っていなかったのである。
「な、なんで」
「まぁ2択としたら、トウジよりケンスケを答えにするかなって」
「な、なんと」
10歳の少女はドライな勝負師であった。
必ずしもすべてを知り尽くしていなくとも、最後は当てずっぽうでも構わない。
そういう意味では頑磨はまだオタバトをわかっているとは言い難かった。
ベノラはエリートゆえに百戦錬磨である。
まだ幼い容姿ながらすでに戦いにおける狡猾さを身に着けていた。
運任せなどプライドが許さないというような安い考えを持たない。
全力で勝ちに行くことが本当の誇りだと、教え込まれている。
周囲の観客もこの少女のことはよく知っていた。
「さすが早見家だな」
「なんと堂々たるオタバトなんだ」
「はぁはぁ……べノラ様踏んでください」
「小皇女という二つ名は伊達じゃない」
ベノラは惜しみない賛辞を平然と浴びる。
いつものことである、少女は毅然と立っているだけだった。
それをみて驚愕した頑磨は、少女に声をかけざるを得なかった。
「お前、上級生を足で踏む趣味があんの?」
「よりもよってそのセリフに食いつかなくていいから!? 踏むわけ無いでしょ!?」
ベノラはスルーするスキルに長けていた。
一方頑磨は空気を読む能力に欠けていた。
妙な二つ名の方には興味がなかったが、変態の言うことは無視できなかった。
そして、一旦流した話をもう一度クローズアップされたことにベノラは困惑した。
「じゃあ、あなたが勝ったら踏んであげるわよっ!?」
「え、いや別にいいです」
「はああああ!?」
そのやり取りを見て、メニアはまずいと感じた。
ベノラは完全にペースを乱されている。
頑磨は極めて平常心をキープしており、もはや勝敗は決したかに見えた。
「わ、私が踏んであげるっていうのに、黙って踏まれればいいでしょ! よだれを垂らして喜べばいいでしょっ!?」
一人喚き散らす少女を横目に、問を書きなぐる頑磨。
オタバトは特にルールとして明言されない限り、先攻と後攻は毎回同じである必要はない。
頑磨は10歳の少女相手に全く大人気なく、勝つつもりであった。
「悲しいけどこれ、オトバトなのよね」
そう言いながらテロップを出した。
『ムサシ・リー・ストラスバーグの同僚の女の子』
テロップを見た観戦者は、皆一様にぽかんとした。
「は?」
「誰?」
「まじで誰?」
頑磨は……スベっていた。
すごい問題だ! という称賛はなく、こいつ何言ってるの? という反応。
頑磨は、もはや恥を感じていた。
「えっとー、解説の中野さん、これは一体」
「ムサシがもうわからないですねー。お題を間違えているんじゃないですかね?」
解説が職務を放棄してしまうほどだった。
「わかりませーん」
ベノラはあっけらかんと答える。
悔しがるそぶりなど全くない。
ついにジャッジが沈黙を破った。
「松岡くん、答えはわかるか」
「えっとー、霧島マナです……」
勝者になるとは思えないほど、か細い声だった。
「誰?」
「そいつも誰だよ」
「答え聞いてもわかんねーぞ」
ひそひそ話とは思えないざわめきが頑磨を追い立てる。
もはや泣きそうであった。
「鋼鉄のガールフレンドのヒロイン、霧島マナで間違いない。勝者、松岡くん」
ジャッジは頑磨の腕を掲げたが、それを称える者は誰も居なかった。
「帰ろーぜー」
「べノラ様可愛かったなー」
続々と去っていく観客達。
そんななか早見メニアだけは爪を噛んでいた。
エヴァというジャンルの縛りにおいて、鋼鉄のガールフレンドの話題にするとは……。
まるで勝てばよかろうなのだーッとでも言いそうなヒールじゃない。
とんでもない転校生がやってきたものだわ。
しかし、一目置いているのはメニアだけで、他の人物は距離を置いていた。
ベノラは敗北の悔しさなど微塵も見せずに頑磨に近づいて言った。
「やっぱり踏みましょうか?」
それは敗者が勝者を見る目ではなかった。
勝負が始まる前よりも、哀れみを持った眼差しだった。




