早見メニアの一存
「オタバトしませんか?」
「やだよ」
「オタバトしてくれませんか?」
「お断りします」
「オタバトさせていただけませんか?」
「またの機会にでも」
松岡頑磨は誰からも相手にされていなかった。
10歳相手にエゲツない勝ち方をしたことで有名になり、誰も勝負を受けてくれないのだ。
「誠に恐れ入りますが、オタバトをしていただけないでしょうか」
「え? お兄ちゃん誰?」
スパーン!
頑磨は巨大な扇子でシバかれた。
「幼稚園児に何をやってるの、あなたは!?」
扇子の主は早見メニアだった。
「なんだメニアか……お前よく俺の前に現れるよな」
「あ、あなたがいつも変な行動してるからでしょうっ!?」
実際は頑磨を見つけたメニアはストーカーのようにつきまとっていた。
正直なところ、メニアは頑磨が気になってしょうがなかった。
初めて自分よりオタク知識がある同世代の人間を見たのだ。
エリート中のエリートである自覚があるメニアにとって、彼の存在は興味深い存在だったのである。
「だってよぉ……俺、昼飯もまともに食えないんだぜ」
頑磨は序列については興味がなかったが、単純に困っていた。
この学園は序列が全て。
ランチは序列順で選ぶことが出来る。
弁当の人間も含まれるので、全員分の食事は用意されていない。
序列最下位の頑磨は基本的に食事がないのだ。
頑磨は家族が居ないからこそこの学園にやってきたのであり、いつも昼飯抜きという状態が続いていた。
成長期の彼にとってはとても辛いことであった。
「ふうん」
メニアは正直なところ、ダイエットしたいと常日頃思っている。
やたらと肉付きが良いタイプで、男性からは人気があるが、女性からは好かれない。
朝も昼も、栄養バランスのいい食事をさせられているので、どうしても太りやすい。
頑磨のことを憐れむことは無かった。
農作物も調理も人が介在しないで完成する時代だ。
単純に腹が減って貧窮しているという気持ちを共有できなかった。
「じゃあ、私の昼食を半分あげるわ」
メニアは特に偉そうにすることもなく、そう言った。
極めて合理的にそう判断したのである。
ダイエットになってちょうどいいと。
「おいおい、何もしてないのにそうもいかないだろ。」
幼稚園児にヘコヘコしていた男にしては、やたらと偉そうに言い放った。
まだプライドというものが存在していたことに若干の驚きを隠せないメニアは、若干上ずった声をあげた。
「問答無用であげるわよ! あなたが私になにか出来ることなんてないわよ!」
「よろこんで足を舐めさせていただきます!」
「なんで!? 舐めなくていいから!?」
「しかし、妹は要求していたぞ?」
「妹だけだから! ……いや、ベノラもそんな変態じゃないから!?」
メニアは困惑していた。
やはり、いつものペースを乱す存在なのだ、この男は。
だが、あくまで厄介なだけの存在。
私の敵ではない。
そういう風に思っていた。
「だけどよぉ、ずっと昼飯半分貰って生きていくわけにもいかねえ。勝負を受けてくれないか」
メニアは頑磨を評価していた。
底の知れない知識に恐怖していたと言ってもいい。
だが、負ける気はなかった。
それは想像すらしたことがなかったというのが正しいかも知れない。
事実、負けたことがないのだ。
故に自信がある。
しかし、今までの常識が通用しないということも理解していた。
「俺とオタバトをしてくれないか」
頑磨の言葉に、メニアは興奮した。
恐怖と、歓喜と、畏怖と、快感が入りじまった、それは武者震い。
メニアにとって、はじめての感覚。
負けるかもしれない、そう思える初めてのオタバトであった。
「いいわよ、妹の敵討ち、してあげるわ」
自信満々な態度に誰しも見えたが、彼女の声は震えていた。
そして空気の読めない頑磨は、極めて自然に戦いを挑むのだった。
「「オタバトを申し込む!」」
その声が聞こえる範囲には誰もいないのに、どこからともなくやってくるジャッジ。
「大変だ―! メニア様がオタバトするってよ―!」
野次馬があっという間に集まった。
無敗の有名人がオタバトをするのは学園においてニュースである。
「8年生松岡頑磨と、8年生早見メニアのオタバトを始める!」
両手を合わせて感謝を示す頑磨に対して、メニアは久しぶりに緊張していた。
しかし、それをおくびにも出さない。
メニアはまさにオタバトにおけるエリートであった。
「お題は、グルメ漫画に出てくる料理に関するクイズ。」
ジャッジの宣言に、周囲から歓声があがる。
雑音にかき消えないように、頑磨とメニアは大声で応える。
「「望むところ!」」
メニアはお題を聞いて、有利だと思った。
早見家は普段からグルメ漫画を再現した献立が出てくるからだ。
そんなことができるのは、早見家くらいだろう。
更にオタクは基本的に食事に興味などない。
それはおそらく頑磨も。
ランチが食えないような男に、グルメ漫画は不利だろう。
高級料理を食べたことがなければ答えられないような問題があれば勝てる。
一方、頑磨は前回のようにドン引きされないようにするにはどうすればいいのか悩んでいた。
みんなグルメ漫画って言ったら何になるんだ?
めしばな刑事タチバナか?
極道めしか?
食の軍師か?
わ、わからん……。
頑磨は転校生のため、授業で習っているものが何かを知らない。
父親相手に話したことはあっても、オタク友達がいないので何が有名な作品なのかもわからなかった。
酒のほそ道ならみんな知ってる……のか?
などと考える頑磨であった。
「本日もよろしくおねがいします、実況のヨッシー改です。両者とも、難しい顔ですね~、どうですか解説の中野さん」
「そうですね、グルメ漫画というのはなかなか幅広いジャンル設定ですよね。相手の知らないような、マイナーな作品で攻めるんじゃないですか?」
「やはりそうなりますかね」
そんな実況と解説がされる中、頑磨はみんなが知っている作品を選ぶのに苦労していた。
「さぁ、ついにメニア様がペンを取った~」
『美味しんぼでの、あん肝の作り方』
「お、おっと~、メニア様はグルメ漫画の王道中の王道、美味しんぼで攻めてきましたよ!? どうですか中野さん」
「授業だと7年生の"青年向け漫画(基礎)"で習いますが、頑磨君は知らないと踏んだのでしょう。授業で習うのは四万十川の鮎とかシャッキリポンとか有名などころだけですからね。あん肝は私も知りませんし」
メニアは爪を噛んだ。
……そんなわけないでしょう。
この松岡頑磨が美味しんぼを読んでいないなんてことは思っていない。
ただ、フォアグラより旨いあん肝と記載されていても食べたことはないはず。
さすがに食べたこともない料理のことは覚えていないのでは。
お父様の気まぐれで実際に捌いているところを見たことがあるから覚えていますけど。
まぁ、私はフォアグラのほうが美味しいと思いますけどね。
「これって口頭で答えていいのか?」
頑磨の質問に、ジャッジは首を縦に振って答えた。
「えっと、吊るして、口から水を入れて、皮を剥いで、腹を割いて、肝を取り出して、蒸す」
頑磨は指を折りながら答えた。
メニアは、思わず笑ってしまった。
なぜだ。
なぜわかるのか。
メニアはひょっとしたらこの男なら答えられるのではないか。
そう思わないわけでもなかった。
それにしても、あっぱれとしか言いようがない。
「あってるよな? よかった~。ファミコンで苦労したから覚えてたぜ」
またしても、野次馬がざわついた。
「ファ、ファミコンってあの……?」
「あぁ、ゲームの歴史の授業で最初に出てくるアレだろ」
「ファミリーコンピュータだっけ」
「ファミコンで美味しんぼのゲームがあるってこと?」
「そもそもファミコンやったことあるやつなんているか?」
メニアもまばたきを忘れるほど、目を見開いていた。
ファミコンをプレイする?
あのドットで構成されたゲームを?
発想すらしなかった。
確かにドラクエをリメイク版ではなくあえて初代で遊ぶというような話は、一部の好事家がすると聞いたことがあるが。
なぜ、美味しんぼを!?
メニアは美味しんぼのゲームが存在することすら、知らなかった。
「そうか? 美味しんぼとめぞん一刻のファミコンはバカゲーとしては有名なんじゃないのか?」
ば、バカゲー……!?
メニアは戦慄した。
名作、いや超名作だけでもやるべきゲームが山程あるのに。
読むべき漫画が、見るべきアニメが大量にあるのに。
このバカは、バカゲーをプレイしているというの?
「どうですか中野さん、有名なんでしょうか?」
「いや~、私はさすがにファミコンはやったことないですね~、ポートピアなどは知識としては知ってますが……」
頑磨は何気なく答えただけだったが、やはり周囲はドン引きだった。
そんな空気を全く読めない頑磨は、まだ周りが引かないような問題を考えていた。
「おっ、これならどうだろ」
そう言って、頑磨はフリップを堂々と出した。
やっぱりアニメ化している方が有名だろ。
そう考えた頑磨だが、新しい作品にしたほうが知名度があると気づかなかった。
『OH!MYコンブのハイぬーぼーキャラメルのレシピ』
キョトンとしたのは、頑磨とジャッジを除く全員だった。
ほとんどの人間は何を言っているのかすら理解できなかった。
「ど、どうですか中野さん?」
「え、ええ。コミックボンボンで連載されていた漫画ですね。アニメ化もされてます」
「な、なるほど」
「リトルグルメと呼ばれるお菓子なんかを使った子供でもできる料理を作るという……グルメ漫画……ですね」
メニアは作品を知らなかった。
そして、当然だが家で再現料理は出なかった。
なんでなのよ。
焼き立て!!ジャぱんだって、将太の寿司だって、鉄鍋のジャン!だって、食戟のソーマだって。
私は実際に食べたことがあるのよ?
なんでOH!MYコンブなのよっ……
メニアはお金持ちであるがゆえに、庶民のお菓子は食べたことがない。
しかし、これはオタバトである。
メニアは全力を尽くすしか無い。
先程解説の中野さんが言っていた。
お菓子を使ったレシピだと。
そして、どう見ても料理名がそのまんま!
うかつなり、松岡頑磨!
料理名からレシピが十分に推測できる!
『ハイチュウとぬーぼーをキャラメリゼする』
若干の不安に一筋の汗を垂らしつつ、フリップを出したメニア。
「なぁ、ぬーぼーってなんだ?」
「さぁ? メニア様はご存知みたいだが」
「高級食材なのかしら」
そんな声が聞こえてきて、メニアは思った。
えぇ~!?
私は知らないけど、庶民が食べてるお菓子なんじゃないのぉ~!?
心の中では恥ずかしさで泣きそうだったが、持ち前の気丈さでポーカーフェイスを保っていた。
「お~、ぬーぼー知ってるなんてやっぱスゲーなメニア様は。大昔に販売終了してんのに」
知らないわよ!
そんなとこで感心しないでよ!
多分商品名だろうなって、なんとなくわかるでしょ!
という言葉をぐっと飲み込むメニアだった。
「でも惜しかったなー。ハイチュウじゃなくてハイソフトのハイなんだわ」
頑磨のセリフに、ボッという音が出そうなほど、メニアは顔を赤らめた。
「メニア様、当てずっぽうとは珍しいな」
「ハイチュウが好きなんだよきっと」
そんなオーディエンスの声に、もはやポーカーフェイスは保てなくなっていた。
メニアはハイチュウを食べたこともなかったが、ハイソフトについては聞いたことすらなかった。
「松岡くん、正解を」
ジャッジが頑磨の回答を促す。
正しく答えられなければ、引き分けになってしまう。
「砕いたぬーぼーを、少し温めたハイソフトにかける」
「な、なによ、それ」
レシピとは呼べないほど簡単な工程に、思わずメニアは食って掛かってしまった。
少なくとも、キャラメリゼは正解だと思ったのだ。
「キャラメルはどこにいったのよっ」
メニアは珍しく、冷静ではなかった。
それもそうだろう、オタバトでは初めての敗北を目前にしているのだ。
ハイぬーぼーキャラメルの、ハイがハイソフトなら、キャラメルは何だというのか。
「え? ハイソフトはキャラメルだけど?」
しれっと、間の抜けた声で答えた頑磨。
メニアは、もはや羞恥で全身が赤くなっていた。
じゃあ、ハイぬーぼーか、ぬーぼーキャラメルのどっちかでいいじゃないの!?
そんな事を言えるわけもなく。
「うわぁ~ん! ばーか! 頑磨のばーか!」
そう叫びながら逃げ出したメニアを、ジャッジ以外は、口を開けてぽかんと見送った。




