36話 槍無双
機甲国家フォーレンの南門。
その上空からネルが戦場を俯瞰する。
ジグリビア勢の多くは人間で構成されているが、そのほとんどが防衛人員だった。
綺麗に列をなし、均整の取れた布陣が配置されている。
魔法を無力化させる盾を構え、さらにそこから広い範囲に結界が張られるている。
あの盾自体にそう言った機能が備わっていると見て間違いないだろう。
かなりの広範囲で、魔法を防ぐ結界が展開されていた。
その最後尾から、たった一人の女があり得ない数の魔法を放ち続けている。
正確には、女の頭上に幾つもの光の球が出現し、そこから様々な魔法が生まれていると言った方が正しい。
その人間離れした能力を見て、ネルとメリエスはあれが異世界人であると断定した。
「問題はあの女だね」
とは言え、既に突撃させた【スカイランスライム】が、最前線のジグリビア防御陣を蹴散らしている。
ここでようやく戦場へと到着したキンギルは、上空を見上げて唖然としていた。
キンギルだけではない。
魔法合戦を繰り広げていたフォーレンの防衛軍ですら、突如現れた真っ白い飛行物体に驚いている。
それもそのはずで、たった一回の滑空による攻撃は全てが物理的な刺突。
魔法を防がれて手を焼いていた防衛軍にすれば、あっという間に盾持ちの軍勢が半数近くにまで減ったのだ。
これが驚かずにいられるだろうか。
対照的に。
ジグリビアの軍勢は、上空背後からの奇襲に襲われ、大いに混乱を来していた。
状況を把握出来ない点では、ジグリビアもフォーレンも似たようなものであるが。
危機意識と言う点で見たら、天と地ほどにも差があるだろう。
「な、なんだこの鳥は? いや、竜……か?」
「後ろだ! 後ろから奇襲がきたぞ~!」
単純計算。
一匹当たり、一回の攻勢で五人の人間を軽く屠った。
一塊になったジグリビア軍の背後に、一斉の滑空奇襲。
横一列に並ぶ鋭い槍が空から舞い降り、まるで雪かきでもするかのように通り過ぎていった。
綺麗に整列していたのが、こんな形で仇となるなど思いもしなかっただろう。
戦場には、ポカンと空間が出来上がる。
敵味方関係なく、竜でも現れたのかと勘違いしたっておかしくない。
現にそう思っている者は多くいた。
しかし、見た目がそうなのだから、あながち間違ってはいないのだ。
「なんだ、あの白い竜は……あんなに小型の竜初めて見るぞ」
「お、おいまた来るぞ、呑気に観察してないで逃げないと!」
一瞬の出来事に、ジグリビアの人間達は思考が追い付いていない。
戦場ではそんな少しの油断が命取りとなる。
まあしかしこの場合、常に警戒していようともスカイランスライムの追撃からは逃れられなかっただろうが。
そんな危機感を持ったからなのか、残り五十余りの軍勢は蜘蛛の子を散らすかのように、散り散りになって逃走をはかろうとした。
のだが。
上空から向けられる眼がそれをさせなかった。
「な、なんだ? 足が、足が動かないぞ!」
「おい、どうなってるんだこれ!」
「足が埋まっていく……くっ、抜けないぞ! 早く逃げないと……」
「だ、ダメだ、白い竜が向きをこっちに変えちまった……おしまいだ」
「ま、魔聖の道に栄光あれ! ジグリビア万歳!」
異能でもって、いくつもの魔法を放っている異世界人以外。
一カ所に集まっているジグリビアの残存部隊の全てに対し、移動する事を制限したのだ。
メリエスによる『情報の転位』によって。
残り五十の軍勢に狙いを絞り、接地する土地の情報を書き換える。
土中に含まれる【粘性土】の割合を増幅させ、彼らの足元は緩い粘土状となり地面へと埋まっていく。
粘り気のある地面に足を取られ、身動き出来ない。
混乱する兵士たちは、ただただ襲い掛かる脅威が来るのを眺める事しか出来なかった。
魔聖教国の信者でもある彼らは、逃げる算段を失い、口々に教典のような文言を口にする。
その全てが、ジグリビアへの崇拝を如実に表していた。
大魔聖教国ジグの民はその教義を微塵も疑っていないのだろう。
その声はネルがいる上空にまで響いてきた。
ある種、ここまで洗脳した手腕と手際にネルは感心すらしている。
「魔聖教国の兵は自らの命すら教義に捧げてるんだね」
ポツリとネルがそう溢した、次の瞬間。
スカイランスライムによる第二波の攻撃が襲い掛かり、戦場には祈りと悲鳴が混ざった断末魔が鳴り響いた。
残すところ、異世界人の女ただ一人。
しかしそれでも、女は一心不乱に見慣れない能力で魔法を撃ち続けるのだった。
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