37話 鎮圧
既に大勢は決している。
ロッケス山脈で戦火を上げ、オリビア派閥の隙を突いた奇襲。
そのジグリビアの企みは潰えたはず。
それなのに、異世界人と思しき女は攻撃の手を緩めようとしない。
状況を理解していないのだろうか、と小首を傾げたくなる。
『準備は終わった?』
『ええ、ここら一帯の情報は全部かき集めたわよ』
僕がジグリビアの軍勢を一掃している間、メリエスには別の仕事をしてもらっていた。
フォーレンと拠点の遺跡を繋ぐ区間の情報集め。
この後、フォーレンを傘下に収めた後に行う仕上げの準備に繋がっているんだ。
そんな確認事項をしてる合間にも、異世界人の女は魔法を撃ち続けてるね。
地上へと降りるついでに、魔術【魔動】で壁を作る。
フォーレンの防衛軍を守るように、異世界人の魔法が半ばあたりで掻き消されていく。
僕が着地するのを見て、さっそくキンギルが駆けつけて来た。
「お、おいネルくん。一体全体、君って奴はどこまでおかしな使い魔を持ってるんだ」
「いえいえ、全部スライム、Fランクの魔物です」
「あれのどこがFランクなんだい? Aランクの翼竜種並に、いやそれ以上の強さじゃないか」
「そうですかね? 使い魔として自在に操られたAランクの魔物は恐ろしいですよ? まあ、それは置いとくとして、あの女を黙らせましょう」
徐々に女の魔力が切れて来たのだろうか。
そもそも異世界人の能力も魔力を根源としているのだろうか。
それすら不明の不可解な力だよね。
これまで築いてきた魔族の常識では計れないのかも。
『待ってネル。異世界人の能力の源が判明したわよ』
『魔力じゃない、のかな?』
メリエスがそれに気付いたのと同時、異世界の女に異変が起こった。
頭上に浮いている、魔法を発射させていた光球が一気に半数近く消滅し、女が片膝を付く。
『はやくあの能力を止めた方がいいわね。あの女の力の根源は自身の生命力よ』
それを聞いて、僕は慌てて飛び立っていく。
ジグリビアの情報を入手できる機会を失うのは痛いからね。
『使い捨てって事かな』
『そうね。どうせ異世界の命だからと……非道に徹するあたりジグリビアらしいわね』
非道か。
僕たち魔族にすれば、利用できる命は利用するのが普通だからね。
彼らのやり方が、間違っているかどうかは僕には分からない。
でも僕はこのやり方は好きじゃない。
異世界人クボタは、彼自身がおかしな性向の持ち主だったからなんとも思わなかった。
じゃあ、目の前のあの女はどうだろうか?
既に表情が見えるくらいまで接近しているにも関わらず、彼女は逃げようともしない。
更に、自分の命を削ってまで能力を行使し続けている。
だけど。
その顔からは、悲壮感のような感情しか見えてこなかった。
あれは、自ら望んで戦地に赴いた戦士の顔じゃないよ。
『メリエス、あの女の能力封印できる?』
『出来ると思うわ。ちょっと待ってね』
その間、あの不可思議な光球へとスカイランスライムを突撃させてみる。
がしかし、どうやらあれは不可侵な存在のようだ。
あれ自体には物理的な衝撃も与えられないし、魔力による干渉も不可能だった。
だったら、あの女を直に叩くしかない。
「や、やめてぇぇぇぇぇ! 来るな来るな来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」
接近する僕を見てか、女はようやく自らの窮地に焦り出したみたいだ。
だけど、もう彼女の生命力はそこまで残されていない気がする。
遂に両膝を付き、腰も落ちている状態で、青息吐息でなんとか叫んだように聞こえた。
と、女の頭上にあった光球が全て消える。
とうとう生命力がつきたのだろうか。
それとも、メリエスの転位眼で能力を抑え込んだのか。
『もうこれであの女はただの異世界人よ』
『ありがとうメリエス』
どうやら、メリエスの眼の方が先に仕事をしてくれたみたいだね。
「光が、なんで出ないの? どうして! 何なのよ!」
能力が使えなくなった途端、女はヒステリックを起こした。
同時に【魔動】を使って、彼女の身体を拘束する。
いつだったか、レイミーにもそうしたように。
「ああああああっ、殺さないで! お願い! こうするしかなかったんだから仕方がないじゃない!」
身動きが取れなくなり、今度は命乞いと言い訳を口にしている。
そこへ僕はスッと飛んでいって、彼女の目を覗き込む様に屈みこんだ。
「初めまして。僕はネルテスタと言います。あなたは異世界の人間ですよね?」
「な、なんなのよこの世界は! あんただってその角があるって事は魔族とか言う変な生き物なのよね? 勝手に私たちをこんな世界に連れて来て、人体実験さながらな酷い事をしておいて、今度は戦場で戦って来いですって? なんで私たちがそんな事をしなければならないのよ!」
怯えたかと思えば、今度は僕に怒りの矛先を向ける。
彼女の中では今、自身の理性が追いつかないくらい目まぐるしく感情が溢れてるのだろうね。
しかしやっぱりこの女は、無理矢理ここへ向かわされたようだ。
『この女の記憶は?』
『名前はサユリ・イイジマね。クボタと同じ異世界から来たみたい。でもこの子はクボタと違って、無為な殺生を好むような人間じゃないわね』
『なるほど。引き続きジグリビアの情報を全部抜き出しておいて』
『了解よ』
さて、この女をどうしようか。
ジグリビアに対する人質にはならないだろうし、右眼があれば彼女の供述など必要なしに、記憶を盗み取る事が出来る。
「イイジマさん」
「なんで私の苗字を知ってるの? やっぱりあなたもあの『魔聖教』とか言う変態の仲間なのね?」
「いえ、僕はその魔聖教とは敵対関係にある魔族です。あなたは何故あいつらの言うなりに戦わなくてはならないのですか?」
ひとまずこれで、フォーレンの防衛は成功した。
そう判断したからか、キンギルがホバースライムに乗って、僕の隣まで駆けつけて来た。
「弟が……私の弟が魔聖教の生贄だとかにされちゃうからよ……だから仕方がないじゃない……訳も分からずここに連れてこられて、人体実験のせいで植え付けられたこんな恐ろしい力を撃ち続けてこいって言われたら……そうするしかないじゃない!」
「そうですね。あたなにはあなたの事情があるのでしょう。でも、僕たちにはそれ関係ないですからね。そもそもあなた方はその力の代償を知ってるんですか?」
「関係……ないわよね。そうよ、もうこんな世界じゃ誰も助けてくれない。お父さんもお母さんもいないんだから……でも、弟には私って言う姉がいるの! だったら姉として弟を守るしかないじゃない! 代償? そんなの知らないわよ!」
ここで、これまで黙っていたキンギルが一歩前に出て僕を手で制する。
「ネルくん。このお嬢さんを少しだけフォーレンで保護したら駄目だろうか? いや、もちろん君にこれから国の行く末を任せるのだ、まあ国王様が認めればの話だがな。しかし、フォーレンはもう君に頼らざるを得ないだろう。だから君の判断をあおぐよ」
何を考えているのかな。
キンギルはこんな不穏分子を内部に引き込むつもりだろうか。
『この女役にたつかな?』
『ふふふ、役に立ちそうよネル』
どうやらメリエスは、イイジマの記憶から何か重要な情報を引き出したみたいだね。
『じゃ、それは後でゆっくりと聞こうかな』
『そうね。キンギルはこの異世界人の話を聞いて、迫害され騙され続けた亜人と重ねて見えてしまったのよきっと』
なるほど。
だったらまずはフォーレンへ引き上げて、イイジマの処遇は国王との謁見の後でもいいか。
ロッケス山脈もダレルさんの動向も気がかりだけど、今は配下を、仲間を信じるしかないね。
僕は僕で、今出来る事をやるだけだ。
さあ、フォーレンをこの手に治め、僕の拠点を大幅に拡大させるとしよう。
お読みいただきありがとうございます。
今後も週一か週ニのペースかと思いますが、引き続き更新いたしますのでどうぞよろしくお願いします。




